紅茶とナイフ。
企画『お茶同盟』の参加作品の一つ。
気に入らない。幾度と無く私のやる事に口を出してくる。生きるためにこっちはなりふり構っていられないんだ。たしかに助けられた恩義はあるけれど、性格的に相性が悪いのだと思う。
女だからと油断して近づいた数人の男を物理的に叩き潰した私は二振りのナイフを鞘に納め、腰まで伸びた銀色に輝く髪を一つに束ねる。体の所々に返り血を浴びており、真紅の瞳で付着した血をどこかで落とさなければいけないと考えていると年齢不詳の男が敬語で話しかけてきた。
「おや、そんなに血を浴びてしまっては綺麗な銀髪が汚れてしまうよ」
「だからなんだっていうの。髪が汚れたら力がなくなる訳じゃないから構わない」
「まったく……。少しは女の子らしくしてみたらどうですか?」
周囲に敵がいない事を確認してから瓦礫の山の近くで一息つくが、男は構わずネチネチと言葉を重ねる。こんな荒れた国で女の子らしくしろとか頭がどうかしていると思う。そんな事したら男どもの食い物にされるだけなのだから。私は誰のものでもない私なのだから、他人に私の生き方をとやかく言われたくはない。
このスーツを着た黒髪の男こそ、とある事件で窮地に立たされていた私を助けてくれた人物なのだが本心は何を考えているのか解らないのだから信用ならない。
「うっさい! そんな事より、教えてくれない?どうやったら強くなれるの?」
「またそれですか……。どんなに強い力を得ても、その様な荒れた心では制御できませんよ?」
「やってみないと解らないじゃない」
「それも一理ありますね。いいでしょう。では私のテストに合格したら、教えてあげます」
微笑を浮かべる男に少々苛立つが、合格すれば教えてもらえるのだから今だけは我慢しよう。男はどこからかティーカップとティーポットを取り出して安定した瓦礫の上に置いてポットの中身をカップに注ぐ。色からして紅茶なのだろうか。今ではだいぶ貴重な物を持っていたり、相当の金持ちなのは違いない。私があの男より強くなったら奪い取って売り飛ばしてやろう。
「わかったわ。ところで、あんたの名前なんていうんだっけ。長ったらしいのはどうも覚えられなくて」
「そうですか。では、執事とでも呼んで下さって構いませんよ」
「それ名前じゃないと思うのだけれど。ま、いいか。それでどうしたら合格になるの?」
「私がこのカップに注いだ紅茶を飲み終えるまでに、私の体に一撃当てられたら教えてあげます」
楽しそうに微笑む執事。身長差もあってか見下されてる気もするのが中々気に入らない。肌身離さず持ち歩いている二本のナイフに手を当てる。片方はこの国の軍に所属していたけれど、今は行方不明の親愛なる兄さんに無理を言ってプレゼントして貰ったサバイバルナイフ。もう片方は今は亡き祖父の家に飾られていた代々受け継がれてきたと言われるブッシュナイフ。
サバイバルナイフを左手で引き抜いて、カップを持っている右手を狙って右から左へと裂く様に振るう。
「おっと危ない。紅茶が飲めなくなったらどうするんですか」
「……わざとらしい」
「そんな事はないですよー。本当にびっくりしました。てっきりブッシュナイフの方で斬りかかってくるのかと思ったので」
空を切ったサバイバルナイフをちらりと見ながら答えつつ、紅茶を一飲みする。その仕草も様になっているから余計に私の神経を逆撫でしているのに気付かないのだろうかこいつは。今度は一気に間合いを詰めてナイフで喉を標的にして突き上げるもギリギリの距離で横に逃げられてしまうが、想定内。更に一歩踏み込んで私は空いた右手で掌底を打ち出す。これで決まりだと私は確信した。
「私から仕掛けないとは言ってないですよ」
「え、ちょっと。……え?」
執事に踏み込んだ足を払われて掌底も届かずバランスを崩す。周囲には瓦礫が散乱しており、当たりどころによっては致命傷になってしまう。この一瞬がスローになったかの様にゆっくりと感じる。足払いをした執事本人は冷静に掌底で突き出していた右腕を掴み、思い切り引き寄せて二人が体を密着させるような風になる。異性とこんなにべったりと密着したのなんて誕生日に兄さんに抱きしめられたくらいだ。
「すいません、大丈夫でしたか?」
耳元で囁く様に声をかけないでほしい。小さな優しさが私にとって弱さになってしまうのだから。私は黙って顔を伏せる事しかできない。彼が心配そうにしてるのに気付き、慌てて誤魔化すように顎目掛けて頭突きをしてやった。痛かったのだろうか一瞬だけ執事は苦悶の表情を浮かべ、距離を取ったが直ぐに平静を保つのが少し気に入らない。
「ほら、これも一撃に入るでしょう? これで教えてくれるのよね」
「……やれやれ。そういう事にしてあげます」
顎を赤くしながらも執事は紅茶を一飲みした。痛いなら我慢しなくてもいいのに格好良く気取っているので私は鼻で笑ってやった。優しさなんていらないから、その生温い紅茶みたいな関係を続けさせてほしい。温かい紅茶だと私のナイフはなまくらになってしまうんだ。手放さなかったサバイバルナイフの状態を確かめながら鞘に納めるのを待ってから、執事が私に向かって指差した。
「貴女は、言葉で表現し難い不思議な力を信じますか?」
「……それは超能力とか魔法とか魔術とか胡散臭いヤツって事でいいの?」
「胡散臭いとは失礼ですね。それらもちゃんと実在するから名前があるのですよ。あと、私のは少し別物です」
眉間にしわを寄せていた私に対して笑顔を浮かべるけれど、存在が胡散臭い気がしてくる。どうやら顔に出ていたらしく溜め息を吐かれてしまった。そんな不安定なものなど信じたってお金にもご飯にもありつけるとは思えない。執事の強さは別物というなら見せて欲しいものだと言うと今度は目を細めながら紅茶を飲み始めるのだが、どこか視線が鋭い気がする。
「私のは体術で言う所の、気というやつです。一般的な気とは違うのですが、生命の流れとかそういう様々な物の流れを体で感じ取れるのですよ」
「へぇ。それで何が出来るんの?」
「何も出来ません」
「……ごめん、なんて?」
「ですから、何も出来ません」
我が耳を疑ってしまい、再び聞いても未だに信じられない。この執事は強さの秘訣を気だと言うのに何も出来ないと平然と語るではないか。しかし彼はそれが問題ではなく、その応用が大事だという。執事は私に笑いかけて手を差し出してくるのだが、これはどういう意味だろう。
「では、行きましょうか」
「ごめん、意味わからない」
「強くなりたいんでしょう?人によって潜在能力は様々なのです。それを開花させに行きましょう」
「見返り求めたって何もないよ」
「構いません。私は貴女との勝負に負けてしまったのですから、それだけです」
胡散臭い笑みを向けられ、躊躇してしまうが私は手を取った。私自身から求めた強さがそこにあるのなら、そうして私はこの年齢不詳の執事と共に旅立つのでした。
個人的に戦闘シーンが書きたくて仕方なかったので、お茶とバトルを無理やりねじ込んでみました。
拙い文章で短くはありますが、読んで頂きありがとうございます。