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誰が許した異世界転移  作者: カノ ハル
魔にありて対はあらず
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Ⅳ-? 喰らふに値あり

 時は過ぎつつも日が傾きだしたころ、日の光も届かぬ黒い狭間に幾つものひらひらとしたものが舞い集っていく不思議な光景が織田峠を抜ける手前で起こっていた。幾つものたなびくその姿は人が長い布を幾つも放っていった様な美しい光景だ。谷間を流れる川音には、鳥の鳴いている声も少ない、いや、鳴き声は潜められてしまった。

 たなびいているその姿に一筋二筋と線が入り、丁子(ちょうじ)浅黄(あさき)色に見える布に鮮やかな文様が浮かび上がる。浮かび上がった目玉文様は、それ自体が動きその狭間に向かって目線を向けていた。一枚、二枚とその数は増えていき、さざめく音が峠にある裂け目近くに集まっていく。切り立った崖にあたるそこは、人が上るにはおおよその足がかりもないようだ。ヒビだけがはっきりとした形を刻み、そこが唯一の足がかりである。

 はためきをともなって、いくつもの翼がその壁に張り付いていく。張り付いた者から順次そのしまい込まれた瞳を開きつつ一対のみを開かせ、今か今かと主を待ちかねる犬のようでもあった。その数は、およそ五十はあるだろう。水面付近に浮かび上がっているもの達は、水中から其処に行こうとはせずに、水上の岩にはりつきひたひたとその身を風にさらしている。

 水の中にいるもの等も含め、これらは、すべて羽末であった。

 斡辰に向かい、切られたモノも多かったが、それでもまだ数は余りある。

 多数の羽末が大小問わずにその岸壁に群がる様は、さながら巨大な蝶が群を成しているようにさえ見えるだろう。境目を花芯に見立てれば、取り巻くその様は花咲く文様のようになっている。びっしりと連なったそこに、最後の羽末が壁面にひたと張り付くと、視線の群はヒビに自然とむけられた。うごめいていたそのはためきが押さえ込まれ、ひょうと流れる風にもそれは微動だにしない。羽末たちが動きをとめて一拍、静かに何かがする音が割れ目から聞こえた。


「よく、つどったつどった」


 裂け目からは女の声音。かすれて聞こえるその声がヒビの中を通って聞こえる割に、なぜか老いた様に聞こえもすれば、甲高くも聞こえる。その声は、女が実在する不明性を高めていた。そも、人が入ることのできない場所からその声が聞こえたのは何故だろう。姿は見えない女の声にまざりひたひたという足音のような音がその境目から聞こえてきた。

 女の声に答えるように花の芯に近いあたりにいた羽末が、大きく羽ばたくと一斉に壁面にある羽末たちが風をまきおこす羽ばたきをおこす。一頭の他より一回り大きく、目の数も六つという羽末が風を鳴かせるような低い声で産みの親へと答えた。言葉にならないその言葉に、女の妖の声がうなづくように答える。


「そうか、そうか。せっかくのばしていた羽が切られてしまったか。

 して、肝心の我の餌はいづこにうつるか?

 一の奴腹につけられた傷を癒すには、ただ人ではとてもたりぬ。

 門外人でなければ我が飢えの痛みは鎮まらん」


 平坦な声はどういった感情をもっているのかをつかみかねるだろう。人として話している言葉ではないそれでは、ひび割れからきしきしと音鳴りばかりさせていた。と、岩の淵にいた羽末の一匹がなにやら包み込んでいたらしい腹のあたりから、裂け目へとぐいと身体を滑り込ませるように、隙間へと吐き出したものがあった。

 どしゃりという、水気を含んだ音に、大きいその塊は、入り口付近で少しだけ身体を動かしたように見えた。


「あ、……あっ」


 女の声とはまるで違う、はっきりとしたその声は男だ。裂け目に押しやられた塊は人だった。意識も朦朧としていた男の目に飛び込んできた昼間の光と、岩の隙間に身体を挟まれる痛みが、彼の頭をはっきりとさせていく。

 最初に浮かんだ疑問はどこかということ、次に足がやけに痛かった。光に当たる岩の隙間に指をかけようとした男の手は、むなしく宙を掻いて届かない。そも、掛ける手が其処にはなかった。それでも、男は伸ばした手をなんとか光の先へと掴もうとしたが、足を何かがつかんでいる。

 後ろを振り返ると、其処にあるのは自分の足をつかんでいる白い何かで、捕まえている足を振りほどこうと動かしても、痛くて動きが取れない。

 何故? そう思ったとたん、男はふわりと体が浮くのを感じ、ついで痛みをともなっていた身体を何かが包んだ。人の手ではない何かに包まれる感触はまるで、厚地の覆いのようだと思っただろう。包まれた意識を最後に、男はその心を閉ざされた。


 咀嚼する音が聞こえ出し、ヒビに潜んでいた何かは献上された食事を手早く済ませてしまう。飲み込む音さえ聞こえなかったが、羽末がもってきたものにも少ないながら術力を含ませている何かがあった。彼女にとって肉はどうでもいい。だが、彼にとっては肉の味が至上だった。


「ふむ、しまりは悪くないか。肉として男ではまずいものが多いが、この男は術力を含んでいたの右の」


「わたしも、ひさかたぶりに食しました左の。この軍属、水の気があるおかげか汁気がいいですね」


 食べた肉の品評をする二人の声は、食べたものに対して味をみる食通のそれと似ている。いくつかの砕ける音も、食感の強いものを食べているだけにしか捉えていないらしい。骨の砕ける音がいくつか続き、男と女の言葉はやれそちらの所が、こちらのところがと、まる出違う部位の味をみているようだった。話す声は高低の違いが僅かにあるだけで、その音はほとんど同じに聞こえる。

 咀嚼音が完全に収まってしまうと、男と女の声音が同時に同じ言葉を話した。


「肉が足りぬ」


 ただの一言にしか過ぎないその言葉で開いていた瞳を一斉に伏せ、羽末たちが壁面にひたとへばりつくように身体をかがめる。恐れを抱いたそれぞれに構わず、男の声主はモノどもへとぐるりと目線をめぐらせるように洞穴からその姿を現した。

 あらわれたのは、不可思議な面をつけている白い塊だった。口も無ければ鼻もないその面には太い筆で描かれた円を模して作られている飾り文様がついている。角の映えているその面は、まろみを帯びていてまるで卵のようなすべらかさだった。どこでモノを見ているのかとも思えるそれの中心に、羽末たちと同じような瞳の文様が描かれており、その面を向けた方向が顔を向いているのだろうとだけ分かる。

 面の後ろに僅かに房毛のような束がついているのも、おそらくは飾りなのだろう。


「術力が足りぬ。貴様等を生み出した我の命、よもやわすれたわけではあるまいぞ。

 人をつれよ、術力あるひとをつれよ。この命を昨今守れてないのはどういうことか? 」


「ヒィイイイイオォォ」


 男の声音に先ほどの六つ目の羽末が答えた。白い面がぐるりと壁の横に張り付いているその羽末を捉える。すると、男の脇から別の何かがざわつきながら伸ばされてくるではないか。

 しゅるしゅるという音を立てるその何かは白い紐のようで、羽末に向かって伸ばされていくと瞬時に、左右から六つ目の羽末を巻き込んでしまった。いかに布のような体つきとはいえども、羽末とて厚みはある。縛り付けられた羽末の体についている瞳が苦しげにその瞳をぎょろぎょろと動かして、声なき痛みをあらわしていた。周囲に集っていた羽末たちもその有様に虫が逃げるように壁面を後ずさりしつつさわさわと音を立てている。


「そんな報告はいらぬ。私が欲しいのは次の手を出す為に、貴様等がなにをもってきたかだ。夜に仕組むために、欲しいものをもってこいといったのに、これだから末モノは」


「左の、そうせめてやるな。なになに、末モノなりにやろうとはしておるよ。我等のような頭がないものを無碍に扱ってやるな。それに、そいつはやっと大きくなった一匹ではないか。

 今ソイツをなくしてしまうのはもったいない」


 言葉を続けて言ったそのあとに、もう一人、いや、形の無いもう一つの白い塊が卵面へと仲裁をするようにその姿を現して言った。


 

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