Ⅳ-ⅩⅡ 胸中に小鳥
水中から見上げていると、術力を放っている経路はどうやらこの岩に囲まれているところの下からだが、井双路もその隙間には流石に入れそうにはなかった。確かに春明くらいの体格ならこの横穴を通れるだろうけれど、流石に自分のような男ではここへと入る事はできそうにない。
それでも、これだけ近い距離からならば春明に水伝を使用する事で、どうなっているのか位はうかがい知る事ができるだろう。既に複数発動している術式のうちにもう一つ併用して使うのは少しばかり面倒ではあるが仕方あるまい。井双路は小さく、水伝と、唱えると春明を対象として術式を発動させた。
「わっ? 何」
高い声が直ぐに響いてくる。どうやら彼女はまだあの中にいたようだ。
安心下の半分だがもう半分は残っている時間がないという焦りになる。井双路は繋がった水伝を確認しつつ、春明へと声をつなげた。
「やっ、突然つなげて悪いね。だけど随分と苦労してそうだから。俺から何か出来ないかと思ってね」
伝えている声音に少しばかり感情がはいったかもしれないが、それを差し引いてもこちらに出てきてもらわなければ対処も出来ない。井双路がそういうと、間をおいて式陣のほうから答えがあった。
『井双路様、御方は貴方様のようには水中で自在とまで動けませぬ。まして多数に術式を扱う事を行使すれば気渇を起こします。御方にご助力頂けるお言葉は大変助かりますが』
「が。何が言いたいのかな? 」
含みをもたせた最後の一文が妙に引っかかるが、続けさせる他あるまいと、先を聞くと春明の困った声がそれに答えた。
「いえ、その、井双路様。大変申し訳ないんですが出た先の事で実は困っていまして。
この服文字通りの一張羅でして、あがった先で身体を乾かさないといけないけれど、それを見られるわけにもいかない。しかも、男の大群の中で脱ぐのはとてもじゃないですが、私はそういった趣味はございませんのでどこかで隠れながら身体を乾かせないかという話しをしておりました。はい」
「つまり、出た後の事心配して動けなかったと? 」
一瞬目を細めた後、井双路は思わず爆笑した。術式を使っていなかったら大量の泡が吹き上がるほどの爆笑で、水伝つたいで春明たちが困惑するほどの爆笑だ。腹がいたくなるほど笑うのなんてどれだけ振りだろうか、井双路のひーひーと笑う声に春明から
「何がおかしいのですか」
と、至極真面目な返答がきたのだがそれがまたおかしい。
「いや、いや。あー、笑った笑った。いやね、そこにいくのかと。まず其処じゃないだろう」
そう、窮地を脱するために悩んでいるべきところではないのかと思っていた。考えてみれば確かに女性であり、こっちに来たときの服装のままだ。服のかえどころという話も無かったのだろうし、そうという話も出来なかったに違いない。井双路は水中からそういったことを考えるとふむと、水中で腕組みをして春明に言った。
「んー、出た先での服を乾貸せる場所の提供、まぁ、なんとかできるかねぇ。あと、術式でどういう状態で其処までいったのか聴いてもいいか? 場合によっては術式を使いながら出てもらわないとという形にならざるえない。いや、そうするしかないだろうな」
「え、では乾かせる場所ってあるんですか? 立屋に戻してくれるだけでも充分なんですが」
そう言った春明に井双路は駄目だと、言った。術力をいくら助発を用いて使えるようになったとは言えども、昨日のあの暴発を知っている自分たちとしては、春明にそう乱発して術式を使われて気渇という状態になってほしくは無いのだ。そして、立屋にもどりました、それで解決ですね。とするには時間がたちすぎている。
「春明の事を探すのでまだまだみんな一生懸命だしねぇ。ここで、立屋に戻って一言もなしって済ませたらどうなるかの検討はつくだろ? 俺だったらどうしているって言わないんだと文句のひとつは言うところだ」
「はい。そうだと思います。立屋までどうやっても影で覆うにすると術力が足りないと黒乃にも言われましたし、何より、収拾がつかないだろうと」
「式陣からもお説教をもらっていたわけか。なるほど。で、術式について話しを聞けるなら、隠蔽する術式と、息継ぎの為に術式を使ったのかと予想しているのだが」
井双路が促がすと、春明は使用した術式について二種類を大まかに説明した。呼吸をするために影を管にした術式まがいで、こちらは術式の形は無い。もうひとつは岩に似せる影を造り出すという式陣を技の媒介にしてしまうという、何ともな技だ。井双路はどちらかを使えないかと踏んでいた。だが、呼吸のできる術式を使用せず影の術式による隠蔽の術式を使用する策はコレでは使用で出来そうには無かった。
水中の揺らぎの中で思い悩んでしまうが、井双路の悩みが水伝にも反映されたのだろう、春明が心配そうにこちらを伺ってきているが、それには少し待ってくれと返すしかない。隠蔽に式陣を使うという事が今回は問題なのだ。呼吸の術式に関しては井双路の霧の術式のほうが圧倒的に優位にあるが、隠蔽の術式を個人に発動するならまだしも、春明を包み込むまでとなると時間が掛かる上、術式の発動が察知されやすい。折角隠れてきた意味がなくなってしまう。
かといって隠蔽術式を発動せず単体で移動するわけにもいかない、何故ならば。
「春明ちゃんが術式を使ってこの窮地を切り抜けたって言う、結果が必要なんだよ今は」
「……えーと、術式許可がいるとかっていう話で、術を使うという事はやらなくちゃいけないけど、ばれないようにすると言う話があって、わけがわからないんですが」
春明の困惑した声に井双路も、ふぅと溜息をついた。水の外の騒動はまだ続いており、近条路がそれとなく助力をしているだろうがそれも効果は薄いらしい。さっきから飛び込んでくる男たちが増えた気がした。春明自身も体力を消耗しているだろうと考えても、事情がわからないとまた大事になるだろう。
「説明すると長いから、簡潔にいおう。まず、春明ちゃんは術式を使う。術式使いで契約している術者っていうのは、基本的にその力を買われて契約するものだ。
契約者になった相手が、つど主人である契約者主に常に助けられているっていうと、契約している意味自体がなくなる。まぁ、春明ちゃんが影の術式もちで門外人で裏事情があるから色々といい様があるけどな。つまりは、契約者として面目立たせないと、俺等の威信に関わるわけ」
「長いですが、それでも簡単なんですね。あと、どうしてちゃん付けに途中からなったんでしょうか? 井双路様」
妙なところでこの子は耳ざといモノだと思う。内容のほうはワカッテイルのだろうから聞き返さなかったのかと思うが、ゴボリと水流にまた近くで男が飛び込んだらしい音がした。
井双路が首を動かして横を見れば、褌一丁で飛び込んでいる見覚えのある大柄な男だ。でかさのおかげで水底まで一気にいけるらしいが、この男がここまで来ているという事は近づいているのと見つかるまで間が無いということになるだろう。
ぼこぼこと見えない水中で目を開いて春明をさがす姿は素晴らしいが、さて、本当に時間が無い。春明が声を送ろうとして来たのをシッと切らせると、男が水上に上がっていくのを見届け、井双路は術式をどう発動するかを、春明に説明する間もおしそうにこう言った。
「よし、時間がないからそれは後。とりあえずめいいっぱい息をすったら影を自分の体に吸い付ける、さっき足を補助してい技を全身にかけろ。そっからは俺のところまで来い。なんとかする」
春明に有無を言わせず井双路はそういうと水伝を切り、すぐさま二人分になる霧の術式、現霧を発動させ流水で周囲を覆いつくして、彼女が姿をあらわすまで待つのであった。




