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誰が許した異世界転移  作者: カノ ハル
魔にありて対はあらず
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Ⅳ-Ⅹ 同道には三つの意思

 いなくなった井双路の姿を二人は探そうとはしなかった。下がった髪をうっとおしそうに斡辰はかきあげたが、顔は落ちていく水流を見ている。流れていく落水の音にはもう彼がそこを通っていたかもしれない痕跡は残っていないだろう。同じ属性のアイツが通る経路なら分かりきっている。


「水煙がいっちまったなら、隊のやつ等には分からないだろう。仕方あるまい。近条路、探させる振りはさせとけ。おそらくアイツはどこかしらでみつかるだろうよ」


「御意。しかし、どうなさいますか? 吉郎といい、今回の事を起こしたもの達は」


 再度の処断を加えるにしては今回はどうしたものでもあるまい。斡辰は処断をくだす必要なし。注意だけをしておけというと、近条路を幕から立ち去らせていった。後に残った二名の方でもどうとすることもないと、後は消えた井双路が戻るのを待つだけだった。水音だけは鳴り止まず、日差しをさえぎる木の枝振りが水滴を受けて少し輝いている。斡辰の髪に留まっていた水分も少し抜けてきており、髪先の雫だまりももうついてはいない。


「井双路がいくことについて、お考えがあったでしょう? 斡辰様」


 口を開いたのは後ろに控える様に立っていた片木梨だった。彼も斡辰と同じ方向を少し後ろから見つめていたらしい。ただ、彼の表情は疲労のような、沈んだような瞳をしている。水場の近くで汗も引いただろうにその眉間にはしわが刻まれ、どこかしんどそうな顔に見えていた。


「ありはした。というより、俺とお前より出張るのはアイツが多いと見当つけていただけだがな」


 斡辰も片木梨のその態度に、何も言わずに少しだけ冷めた目つきで水流の落ちる先で起きているであろう騒ぎを聴いている。春明が戻らない限り続くであろう騒ぎだが、大事にもなるまい。

 金の目を伏せるように静かにそれを眺めている彼からしても、昨日の一件に何も思っていないとは言い難かった。春明の言葉をきいて何故か底の方で沸く怒りには遠い熱の感情がうごめいた事がその証拠だろう。

 早く帰りたい。そう、彼女は確かに言った。


「岩よ、あいつは早くに帰ることを切に望んでいた。昨日の暴発のあとでな」


「……御大に対してですか」


「そうだ。そういう顔してるんじゃねぇよ。俺等が一番事情通だというのを伏せているからこそ起こっている事態なのは、お前も理解しているだろう。でなきゃ、お前も井双路に近いことでもしたんじゃねぇか? ま、俺も事が事だったらそこまでしていたかとは思うがな」


 いなくなった井双路の前で話すことでは無いと、斡辰はそういう口ぶりで片木梨へと話しかける。彼の知っている事情は、少なからず春明に今は伝えるわけにはいかない。片木梨も、斡辰とまではいかないがそれを理解していた。式陣のあの口調の違いからも恐らく、自分たちが考えている事とはまるで違う事を考えているに違いあるまい。そして、それは人が良かれと思っていることとは遠くかけ離れているのだ。未だそれを互いに理解するわけにはいかない。整った鼻梁に強い水の匂いが抜け、胸中に涼しさをはらんだ空気が入り込む。深く息を吐き出しても熱をおい出すにはまだ至らない。斡辰は強がるように夜に向かって言った彼女の声を思い出す。強く言っているのは口調だけで、その実は不安だらけなのだろう。

 ただ、それに今は哀れみを起こしている時も惜しいのだ。


「御大、いえ、水守宗様。ですが、あの暴発をしてもあれだけの威力をだしていると、当人はきちんと理解しえていないのです。術力放出が出来る門外人は多い。ですが、術力の総量が多い門外人だとしてもあそこまで術力操作を行えた事例は少なくとも国内での伝承では聞きかねます……影の術式を正式に使えてないにも関わらず発動させているのもおかしい。

 術式を補助するために助発を御大から学んだとは聴いております。ですが、それでもその助発を使いこなせることがよいことだとあやつは思わなんだでしょう」


 片木梨の言葉には怒気は含まれておらず、棘もない声音だった。黒乃によって術力を捕らえている今、同じく彼女の方向をみている片木梨の顔は、春明が鉄仮面と称したその顔とは言い難い。外名(そとな)にたがわぬ岩のような重みのある声は、彼女が負っているものに対して彼の僅かな本音を交えていたのかもしれない。口調では硬すぎて取り付かせないようにしてみているが、それでも彼は人だ。片木梨の羽織が水流の風に僅かにはためかされ、そして一歩斡辰へと歩がふみだされる。

 振り向いた斡辰の目も同じように思うところがあるのだろう。不思議と片木梨の目をみていると先をみるのが重くなるような気がした。


「助発を使いこなせば、確かに術力の使用は格段に性能がよくなるだろう。そりゃそうだ、術式を正当に使えるようになり、こっちの世界の流儀に乗れればそれは楽だろう。

 だが、そいつはこっちの世界に馴染んでいく事になる」


 それに気づいても、契約しているなら逃れることはもう出来ない。仮契の仕組みを聴いているが、主人と従者がそう楽に契約を切ることができるなら、契約を逃れるための逃亡者が出ることはないのだ。

 斡辰は片木梨にいいつつ、自らの術力を放出すると水球を二つ作り出した。ふわりと浮かぶ作り出した水球は一つは木の葉と枝を巻き込んでおり、一つは清らかな水のままだ。手遊びのような気軽さで作り出した水球を片木梨もじっと見ていた。緩やかに回転を続けているそれは、斡辰が手で操作するようにお互いを引き合わせていくと、綺麗なままだった水球に枝葉の混ざる水球がくっつき、流れが一つへと導かれていく。お互いを含んでいき一つとなった水球には一回り大きくなった水流と、そこに流れる枝葉たちが乱雑に回転している。


「門外人であるアイツの望みと離れる事になるのを喜ぶことは無いだろうな。だが、それでもあいつは元の世界に返りたいと思う事で一歩と踏み出した。現実とは、顔を背けていく事になっているのに気づいた頃にはか」


 そういうと、大きくなった水球を斡辰は指先で軽く突いた。術力で出来ていた水球は、斡辰の一つ突きで形をくずすと、下へと流れ落ちていく水にその形も残さず落ちていく。水球一つに強い水流、流され形さえ残さず消えていったそれは彼女を思わせた。


「やつが思っているほど楽であればいいのですがね。門外人のことも、式陣士となってしまったことも、後はやつが受け入れるかどうかでしょう」


「理解ができたところで頭の回転がいいやつだが、諦めを拒否するなら受け入れもしがたい。

 岩よ、俺がアイツを見込んだことは間違っていないとは思っている。俺の選択は俺が下した事だ、はじまりから躓いたみたいに思っているかもしれんが、切っ掛けをつかんだのはあいつじゃない。俺だ」


 斡辰の強く言い切った姿に、先ほどの言葉を連ねていた本人とは異なる冷たさがまた戻ってくる。それは、斡辰として国を率いる立場にあらねばならない男の姿だ。まだ春明のことは些事にしか過ぎない。だが、いずれ一ノ白とぶつかる種になった事はもう確実である。自国に帰ってからでも悩みの種は尽きないが、それでも選択をした事を間違いだとは斡辰は思っていなかった。

 国力が足りない、式陣士を召喚する為の法陣士が足りない。自国の足りないものはあまりにも多い。一ノ白をそれこそ掠め取ってでも、未来に続くためには彼女を取りこぼすわけにはいかなかった。


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