Ⅳ-Ⅵ 訳無しは泡に消え
春明は肌色二名にどういったものかと固まっていた。今まで黒乃と話していたのが分かっていればこの格好もおかしくないとは思える。あぐらをかいて地面を見据えて腕組みをしていた格好はちょっと考え事をしているには、変な格好ではないだろう。ただ、最後の最後で黒乃を追い詰めるため地面を指差しているのは明らかに何をしているという格好である。
「いや、ちょっと術式の具合をみていた、だけ、なんだが」
ばらけている脳内の単語を繋ぎ合わせていき、それらしく整える作業の頻度は本当に増えた気がする。春明の動揺しきっている様子に、聡円と表に立っていた夏緒が屈みこんでこっちを覗いてきていた。上半身に何も身につけてない二名が並び、肌色が入り口にいっぱいという嬉しくはない光景を直視しないようにと視線を外した。
本当に男なら男の裸なんて気にもしないし、筋肉の自慢あたりくらいはしそうなところだろうが。生まれもったもの故にそれだけは出来そうにない。彼等には以前お高く気取っていると見られているし、見る気も無いということで通せるだろう。だが、
「術式わざわざこんなところでする必要はあるのか? 」
聡円のぐさりと来る言葉にたじろぐ。いや、確かにこういうところでするものじゃないかもしれないがと、一瞬考えて次の一手を!
「自分の術式だと、まともに動いて無いと前に話さなかっただろうか? だからこうして人目につかないよう訓練を」
「だからったって、そんな薄汚れたままで術式しなきゃなんねーの? 」
顔はそれほど動いてないはずだが、春明の内心は次から次へ繰り出される攻撃にたじろいでいた。命の危機とは別で危機感を抱かせる相手がまさかこんなところに出現するなんてと、黙っていると目の前で指していた手をつかまれてぐいっと、聡円がひっぱろうと力を込めた。唐突だったので春明が体勢を崩せば、かがんでいた夏緒がそれを腰からひょいと担ぎ上げる。
「な、なにすんだ! 訓練中だって言って」
「いいからとっととまずは体洗っちまってからにしろ。折角休息するってのにそんな格好でいたって休息にもなりゃしねぇ。うちのお偉いさんは「休憩は自由にしてろよー。明日が山になるから気持ちを新にしとけー」っていっただけだぞ? 片木梨様の隊がどうか知らんが」
「春明、そのままよくない。俺もそう思う」
そういうと立屋から夏緒に担がれたまま外へ出されてしまった。立屋の外の光で目がくらんだが、夏緒が立屋から離れていくように歩いていくのでそれをとめるために春明はなんとか言い訳をつむぐ。
「一人にさせてくれ! あとあとで自分で身体くらい洗える! 」
「おまえさんなー。今の時間くらいだぞ? 昼間のうちにみんな身体を洗うのはここが夜には山からの水で冷たくて洗う事もできないからだ。門外人の服だってそいつはお前の一品しかない大事なもんだろうが。今洗っておかずにいつ洗う気だ」
聡円が横からそう言ってきているが、そりゃ確かだけれど、あの肌色地獄に行きたくないんだって話だ。担がれている状態で後ろからついてきている聡円はにやついていて、こっちが困っているのを承知で水場に連れて行こうとしているらしい。担がれているせいで前の風景はみえないが、周囲が面白いものを見つけたと、通りすがりにこっちを笑ってみているので、余計にばたばたと暴れた。だが、夏緒は相当力が強いようで春明の力程度では少し身体をゆらすだけで、動じていない。
ゆっくりとしているが確実に水場へと向かっているので明らかに上半身肌色の率が上がってきており、春明はありったけの抵抗を試みる。
「怪我があるから見られたくないんだよ! それに俺は一人のほうがいいんだ! 」
「一人、危ない。だからこの前水場に、一緒にいった。忘れたか? だからダメ」
夏緒がそういうと、どよどよとした声が直ぐ近くまで聞こえている。立屋を立てた場所まで水場はそんなに近くなかったはずなのに時間が足りない! 夏緒のほうの説得も間に合わないかもしれない。春明は水場が近くなるほどに焦り、言い訳も思いつかなくなってきていた。背中をバンバン叩いても、夏緒は止まらずに水音が近くなってくる。
「おい、何しているんだ!? 」
ついに南無三と術式を使ってでもとめようかと春明が決めた時、正しく天の助けとばかりに吉郎さんの声がした。もちろん後ろを向いているから見えてないが、声ぐらいは見分けがついた。タイミングがいいとは思えないことが多かったが、彼には感謝をしたい。現在の水場周辺は肉の群れが多過ぎてとてもじゃないが目も空けていられないので、傷が痛い様に見せてできるだけ自分の身体を見るようにしているが、少し視界に何かを見てしまった気がする。
気のせいだと思いこむようにしてそれ以上はと、春明は思いに蓋をして、吉郎へと声をかけた。彼ならきっとわかってくれるはずだ。
「ああ、吉郎さん。申し訳ない! この二人が水浴びにと世話を焼いてくれているのだけれど、生憎と自分ひとりが言いというのだが聴いていただけなくてな」
「んな薄汚れた術式使いが、隊にいるのがおかしいから連れて来てやっただけだ。吉郎ー? ははぁ、お前さんか、こいつと組まされているっていう兵っつーのは。一人でおいていっているんじゃねぇよ」
「彼なりに事情があるというから先にこちらに来ていてくれと俺は言われただけだ。怪我もしているし水を汲んでくるなりするつもりだから、君達につれてきてもらわなくても大丈夫だ」
本当に助かった。よくはわかっていないかもしれないが、それでも自分の実情をしっかり知っていてくれている人が、これほど助けになっているのにひれ伏したいくらいに感謝を表したいとも。夏緒さんに担がれている状態でそれは出来ないし、今は彼にお尻を向けている状態なのが申し訳ないが。春明がそう思っていると、聡円の口を尖らせる顔が目に入ってきた。
あ、と思ったが遅い。彼なりの好意でつれてきてくれたのに春明のあからさま過ぎる態度はしっかりと感じ取ったらしい。彼は渋い顔をしつつどうしたものかと口を尖らせつつも考える素振りをしていたが、やおら、さっきと同じようにニンマリと笑って見せるなり、夏緒をちょいちょいとつついた。夏緒の背中にいるせいでぶら下がっている状態だが、何をするのかとその手をみていると、聡円はそんな春明へぺしりと頭を一つ叩いた。
「いてっ。何するんだ」
「しったこっちゃねぇかよ。へぇへ。おい、夏緒。とっととやっちまおう。これは丸洗いしちまったほうがいいってことだ」
へ、と春明が思うと夏緒の頷いた振動が腹のあたりに伝わった。するっとそこにあったはずの夏緒の肩が外れてしまう。いや、夏緒の肩から動かされたのは自分でと、変なところに思考をつかっていくのは何が起きているか追いついていないからだろう。
「おい、待てっ」
そういう声が聞こえた気がするがぶんっという風音に、騒ぎ声と野次が飛ぶせいで、本当に聞こえたかどうかは定かではない。
すぐに体がふわっという変な浮遊感をともなってちょっとだけ、投げる姿勢の夏緒の姿だけがぶれて見え、続くように背中から落ちていく実感に空と周囲の肌色としろっぽいものが目に入って、次の瞬間には冷たい透明感と滲みすぎて水疱ばかりの光景。息を軽くとめられたが、冷たさにぶるりと体が震えた。
好意も過ぎれば迷惑。断り方を間違えたせいなのはわかっていたが、入りたくなかった男まみれの流川遊泳場に投げ入れられてしまったらしい。




