Ⅳ-Ⅴ 理は正、欲が実?
立屋に誰も入ってこないことを確認して、影をじっと見つめるとすぐに金色の瞳が見つめ返してきた。入り口は開いているので出てきはしないが、黒乃も用件があることはわかってくれているようだ。ごわごわとする草の上に座りなおして、春明は本日三度目になる心話をはじめた。
『御方、ご用件は何でしょう? 随分とわかりやすく彼を追い払われましたが』
(しかたないでしょう。吉郎さんというか、男性にはあまり聞かせたくない話だしね)
ふと、そう心話をしてから春明はふむと考えた。いや、思っていてそうだとしていたが、ちょっとした疑問がわいてきたのだ。イメージの中で長い身体を見ても結局判別はつけれられないだろう。
(ちょっと質問。黒乃は一応は男っぽいしゃべり方をしているけどその、荒神って性別って存在しているわけ? 性別的な意味で異性だとしても、今回はどうしてもで譲りたくない話だから話さないといけないけど)
黒乃の金色の目がきょろりとまた動くと渋そうに細められる。なんだろう、性別の話をされるのはいやだったんだろうか。ただ、喋り口調からするとどうしたって斡辰様に近い喋り方をしているので雄だとは思っていたのだが。
『いや、御方。私どもに性別はございません。強いてあげればどちらかによるかという話だけになってくるでしょう。私は若輩の部類ですが万年を生きる荒神にとっては、それこそ性別など不必要ですからな。なにせ、寿命がない』
(ああ、そうか。神様というだけあってやっぱりそこは超越しているのね)
確かにそうだ。永遠なら生き物として増える必要はない。ん? 確か精霊とかの類なのだろうか? 精霊だとしてもやっぱり向こうの世界の童話にでてくるような取り替え子をするような感じもないだろうと思われる。それに、チェンジリングは妖精の話だ。性別が無いということで春明は区切りをつけると、さてと、黒乃に強く視線を合わせた。今までのなかでかなりの気迫のこもったこの視線に、黒乃も身を引き締めて尋ね返した。
『御方、性別というのが今どう関わってくるので? 』
さわさわと影の中を期待するように動き回っているのをみると、どうも彼はもっと高い意識の元自分に頼み事をする主がいると思っているようだ。腕組みをしなおして、しっかりとした構えをすると、黒乃も心話で通じているはずの影から、顔だけを浮き上がらせてこちらに聞き入る様子である。それに応えるよう、一層の強い意志をもって春明はこう切り出した。
(きまっている。これから男たちに見えないように川へいくためにどういう術式を使うかを考えるためだ。毛嫌いするわけではないけれど、少なくとも肌色が遠目からでも分かるような河原になんぞいけない! 男の人にこういうことを相談するのもあまり、って、どうした)
影が盛大に波紋をもって沈んだ。浮かんでいた顔どころか金の目まで見えなくなる沈みっぷりだ。沈んだ先に問いかけると、奥のほうでうごめく感じがして、其処から水面まで上がってきている状態にはなった。心話が切られた訳ではないけれど、話しあぐねるかのような沈黙の心話が伝わってきていて、あの長い身体を自分が腕を組んだように組直しているらしい。五つ数えるくらいには黒乃はまた目だけ浮かび上がらせてきたが、影にほとんど沈みきっているようなその目は期待を裏切られたと本当にそのまま消えてしまいそうだ。
(おい、あのな。こっちにしたら大問題。一応花の乙女が、盛大に大騒ぎしている男の裸の群れに飛び込むわけに行かないんだよ。けど、この影の術式服には適応できているけど、服意外だと顔にはなんとか出来ているみたいだが、凹凸が大きいところだったらそうはいってられない。違う? )
話したくなさそうだが春明は、この術式をかけたときの話は覚えていた。もっと上位の術を使えば完全に男として変装出来るがと黒乃は言っていたではないか。その言葉からでてくるのは、この姿はかろうじて服を着ているから男としてごまかせてはいるけれど、脱いだらばれる。そういう解釈になるだろう。黒乃もその説明をきいて少しだけとぐろを緩めはしたけれど、やっぱりこの問題が何なんだといわんばかりに、口調はそっけなくなっていた。
『御方が服を脱がぬ限りは外を覆っている術式はとぎれることはございませんが、肌をさらすことになるという通り。さすがにこの術式では、ごまかし切れませぬ』
確かにそうだろうとも、だが服を脱ぎたいという事もあるけれど、春明が問題にしたいところは違っている。男たちに紛れて水遊びしたいと勘違いされている可能性もあったので、目的だけはまず伝えなおさなければ。
(違う。確かに服を脱ぐ脱がないのはなしだけど、まず目的だけ簡潔に言う。
ようは、体を洗う。これが目的。で、そのために必要な術式を聞きたいの。好都合な隠蔽術式とかあったらうれしいなと期待はしているけど)
『御方、御大の術力で私とお話しできるようになりましたとて、いささかその話というのは、術力の無駄遣いでないではございませんでしょうか? それに、汚れと言いましても、体を拭くなりするなればここでよろしいのでは? 』
やっぱりこの式陣はわかっていなかった。身体もだけれど、着替えもしてないこの服装でいるのも耐えられないのだとは素っ裸がフォーマルスーツである彼に分かるわけもないのだ。足の怪我もだけれど、一度は手当てをしたところを洗うなりなんなりして清潔に保つほうが治りも早い。反論はある程度は考えられる事だったので、春明もそれなりの対策は準備してきていた。黒乃とは短い付き合いだが、彼の弱点かもしれない言葉を知っているのだ。
(くどい、汚れというか、これは既にメンタルヘルスの問題って言うこと。わかる?)
『め、めたうる?』
(いえてない。いい、健全な精神は健全なる肉体に宿るって言うことわざがこっちの世界にはあるの。肉体は精神に影響を及ぼし、精神が悪ければ肉体に影響を及ぼす。どっちかを保っていようとしたってバランスが崩れるの)
『は、はぁ。ばらす?とは』
やはりそうらしい。カタカナ英語がこちらの世界には通じにくいのだ。何度かカタカナを使おうとして口が回っていなかったのはみていたが、早口で言い回しをすればご覧の通り。カタカナ発音に気をとられて少し言いように隙ができる。勝機をみつけた春明は音のない舌戦で早口にまくし立てていく。
『お、御方? 健全な状態にという事柄はわかりますが』
(いい? ハードワーカーだって個々までひどいブラック企業ばりの拘束を受けているかどうかは謎だけど、私はアラウンド二十の女性なのよ。五エスの中にだって清潔にと言うのは含まれているの! これ以上私がメンタルバランス崩したら、最悪もとに戻らないかもしれないの!
だから水でそれを清める必要がある! わかった? )
色々と関係ない単語が満載している話だったが、黒乃はくるくると目をうごかして内容を推察しようとして心話で発音を繰り返しているが、一度言ったことをもう一回言う気はない。同じ発言をしろって言われたって早口に心話をしすぎたせいで、春明自身も何を言ったのかを言い直せないのだ。あーとか、め、めたばという単語が繰り返されコレで後一息で黒乃を、説得させたと思い込ませることが出来る。そう思った時だった。
「お前何してんだ? 春明」
地面に浮かんでいた金目はあっという間に消え、自分でも驚くほど肩をそびやかせたと思う。あまりの驚きに心臓の脈拍までおお上がりした。そびやかした肩のまま、ぎぎと顔を向けると、立屋の入り口に顔を覗かせている、あの低い背の男がいた。隣に立っている青年は胸元あたりくらいしかその姿は見えていないが恐らく一緒についてきたのだろう。春明はさらに視界に飛び込んできた色で顔が固まった。上半身を脱いでいる聡円と、おなじく傷跡もしっかりと見える夏緒のガタイのいい肌をはっきりと見てしまったのだ。
「なんで水浴しねぇんだ? おい」
黒乃を落とそうと後少しでと言ったところだったのに、一転、こっちが窮地に立たされていた。




