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誰が許した異世界転移  作者: カノ ハル
魔にありて対はあらず
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ⅣーⅡ 殻に帯びた水滴

 出立の掛け声が下ってから体感で三十分くらい、既に後ろは見えなくなったかもしれない。春明の前には行軍の前列の男たち、横は吉郎に並んでもう一人名前も知らない誰か、脇は羽黒様が馬上で目を光らせている。そして、


「後ろのキラキラどうにかならないか」


 何故か片木梨様じゃなくて井双路様が今は背後についているという。はじまってから片木梨様が説明しながら自分の隊をまとめなおして、ギロリと自分を一睨みされたのでまた後ろに来るのだろうかと胃に棘を刺しながら覚悟していたら、パカパカと隊の前にいってしまっていたのでおかしいとは思っていた。で、隊の編成自体も変わっていって近条路様の隊が後ろに来たことでこういう配置になったのだが、後ろのキラキラと前のギラギラとどっちがよいといいかねる有様である。

 春明がそう思ってもざしざしと行軍は進んでいく。無駄口を叩いていた前半とは思えないほどにそれははっきりとした歩みだった。春明の移動した先にいた、先日の男たちはこちらを見ようともせずひたすら前を向いて歩き続けている。ただ、見ようとしてない様に振舞ってはいるがちらちらとこっちへ目線がきていることだけが分かるので、おそらくは昨日の騒ぎを周りから聞かされたからだろう。朝メシ時にも確かに彼等は立屋が近いはずなのにその姿が見えていなかった。行軍が始まる時になって、羽黒様がつれてきたのでどこに居たかは知っているが言えないだろうとも。怖いものみたさと、いつ自分が襲われるかもしれないという恐怖が重なっているからの確認作業かもしれない。


(まぁ、自分も変な能力使われて意識失ったとかだと、何されたんだよという恐怖だけしか残らないだろうしなぁ)


 春明としては、其処で更に相手に追い討ちをかけようとか、借りを返してやろうとかいう気持ちもないが、それをわかってもらえるとは到底思えなかった。現状を知っている吉郎さんだって朝の時点で困った表情を少ししていたし、回りが一歩引いたように見えたのも、私はわかっている。

 結果、足音ばっかりが響いている行軍がこの近条路隊後方に限って続いている。周囲は少し話す声が聞こえたり、あるいはがしゃがしゃと言った金属同士のこすれあう音がするくらいだが、この場のいたたまれないような、腫れ物が出来たような空気に比べればマシに決まっているだろう。峠の反対側から降り注いでくる夏の日差しに回りも黙っているようだが、鳥の声や下を流れている川の音は変わることはなさそうだった。

 昨日のように気味の悪い羽末の声も聞こえてこないから襲ってくる予兆は無いということなのだろうか? 春明もそう思い出していたが、動きが変わったのがあるのをみれば、自分の思い違いだったらしい。

 誰かの足元にある小さな小石が転がりながら峠道の脇をそれて坂を転がっていくと、必ずそれの先を見るものがいて、何事も無いかを確認していた。峠の道外列に当たる部分にいるものはその担当らしく、だれかしらが飛ばした小石ひとつの音でも逃さない。報告をあげるのは有事限りだったが、只転がっていく石でも羽末の到来を警戒して、昨日よりも周囲は警戒していた。波のように伝わってくるかすかな動きにも、内列にあたる春明に伝わる頃には少し足並みが乱れる程度である。その程度ならまだいいが、春明は警戒よりもある一つの小事に悩まされていた。

 むせ返る汗と土ぼこりのにおい、だ。


「うーむ」


「どうした? 春明、腹具合でもおかしいか? あれだけしか食わんのではもたんとだからいったが」


 思わず唸ってしまったが、足が痛いの何とか黒乃がどこかに仕舞っている鞄にのなかにあるハンカチかタオルで傷を覆うとしてもだ。さておいても、この行軍の面々がどうやったって汗臭いのを何とかして欲しいとかいったら、困った顔をされるいや、困るというかふざけるなという憎悪をもたれるのだけは分かっている。春明もこちらにきてからざっと一、二、およそ五日ほどは経っているのに身体を洗えないでいる。次第に足の痛みもだけれど不潔でいる事が苦痛になってくる頃合いだった。歩きながら自分の手の平を開いてみれば汗と土ぼこりで手相の線がはっきり見える。顔とか手はは少し水を使って洗いはしたけれど、これだけでは追いつかないのだろう。鏡があったらはっきり今の自分の姿をみてみたい。あっちの世界だったら遭難者扱いはいかなくても、大学でこのスタイルだったら誰も寄り付かないだろう。

 実際に大雨の中でのびしょぬれもカウントしたって四日目突入でお風呂に入っていないという事態は、山登りを体験した時以来だ。それも僅か数日だけだったから耐えられたことで、この服はもともと山道とか、長期を歩くのに向いている服じゃない。と、自分の姿をみてさらに溜息一つをつく。そして後悔した。

 むせるのだけはこらえたけれど、実にこの香ばしいというか目にしみる臭いの群れの臭いをすってしまったせいなのは言うまでもない。気にしたら最後で、もうきつい香りにしかならなかった。 正直身体を拭くなり何なりしたくてたまらなかった。がちゃがちゃという汗臭い鎧といい、服を洗うという概念自体が薄そうで、剣道部時代の胴着や面を洗っても取れなかった臭いのレベルじゃない。衛生っていう理念というか、清潔といったそういう感性を、きっとこちらの人間はわかってはくれないだろうというのだけは春明は感じていた。


「お腹がすいているわけではありませんよ、思うところがあるだけでして」


「何かしらあると? お前も術眼もちだろうから、何かを感じたか? 」


「い、いえその」


 ずずいっと吉郎さんが顔を寄せ、真剣な面持ちで聴いてこられて尚更私がこたえるわけにもいかない。足並みは乱れないようにしているが心配をかけられてそういわれては、春明はキリリと心が痛くなってくる。

 急いで斡辰の国へ戻るためにこうして汗をかいて、命を危険にさらしながら峠の道をたどっている彼等へ汗臭いです、やってられません。とは口が避けたっていえるわけが無いじゃないか。言っていられない事情があるのもわかっていて、それでも言いたくなってもだ。

 先日に斡辰から言われた通りならば、引く事はできないし戻ったら一ノ白の手の中に戻る事になるだろう。今こうして吉郎さんに話しかけてもらうことさえ私は出来なくなってしまうのだ。

 だがそれでも言いたい。この汗臭い部隊が何とかならないのかと。ただ、目の前の吉郎さんだけは何とかしなければなるまい。ええいと、春明はその場限りでなんとか言葉をつくってみた。


「いや、ちょっと術式の具合というかそう言ったことがね。大したことじゃないさ。ただ、きっと今日も羽末(うすえ)が来るだろうって考えると、力のさじ加減について考えないといけないなと思って」


「ああ、……そうさな。ただ、後ろには井双路様達の青首隊がいる。片木梨様が先日は後ろだったけど今日はあの方だからな。安全とまではいかないかもしれないけど、少なくとも命の保障はあると思っていいといえるが」


 背中側をちらりと振り返ると、井双路さんが少しだけニコッと笑い返してきた。同じ隊の中でもどういうわけかあのイケドルさんはこういった汗と泥とで蓄積されたような臭いがしてこないような印象がある。隣に居る隊長格さんはそうでもないが、馬上でも清清しいくらいに俗に言うイケメンオーラを放っているような気がしてくる。

 斡辰様が水の主属性だとして、片木梨様は雷?なのか分からないけれどバリバリいっていたから恐らく副属性のなにかかもしれない。だとしたら、井双路様のあの爽やかさは風とかの術力属性じゃなかろうか? 属性についてなんだか聞いてはいけない気がしているので、その場は彼のあの空気が綺麗になっているように見えているのは、きっと顔のせいだということにして、春明は痛い足をこらえての行軍についていくのだった。

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