ⅩⅩⅦー沈みし夜に火が一つ-④
昂ぶっている心に余裕などない、だが春明の心がそうであったとしても黒野の言葉は続けられる。ぐるりと巻きついた身体を吉郎がしたように立たせ上げ、彼女の式陣は続けた。
『御方、進まねばあなたはその犠牲の原因となっただけ。彼らへの贖罪や謝罪を望むなり、今あるモノたちを律するなりする事なく、ほうり出す事と同義になるでしょう。
私の主はそのように弱いものでしたか? 先ほど御大の御前にも関わらずわたしの頭をひっぱたくくらいの強気の主ではございませんか』
「そ、そうだ。春明は私にも頬を張るだの、強い口調だのだっただろう。たしかに」
『確かに御大からのお言葉も確かです。内に刻むべきでしょう。ですが、御大だけでこの世は成り立っておらぬのです。
望むなれば、貴方が辛くとも、あなたは立っていかねばならない。御大と契約を結んだ式陣士にならねば、今この場の全てが泡となる』
吉郎の言葉を途中から奪い取るように黒乃が繋げていき、不満そうに眉を寄せた彼と一匹は、私を見てそう言った。自分の心の喧騒はいまだに鳴り止まない。治められる場所もないのに、彼らの言葉が伸ばしてくれた手のように思えた。
これが只の慰めなら、自分は二人を振り切って心に入れないように締め出しただろう。わからない慰めなんていらない。門外人の思いを知りようもない二人からそんな事を言われたら、只でさえ信頼の言葉を忘れそうになる今人間嫌いにでもなっていたかもしれない。
責任という言葉と、何とか言おうとして形にならない吉郎さんの言葉は、とてもじゃないが慰めではない。ただ、沈もうとした自分を引き上げてくれただけだ。
それでも、引き上げられた春明は、幾らかの大量に噴出していたさっきの術力のような思いを制御できるくらいに落とし込むことが出来た。震えですこしだけ寒いような気もする、けれど、立ちすくまなければならなかったような浮遊感はなくなっていた。
「……な、ぐさめというか、……二人とも、ごめん。
謝ってばかりだけど、頭を少しだけ戻してもらったよ。ありがとう」
笑うことは出来なかっただろうが、二人に対してそういうと目じりにたまりそうになっていた雫に為る前の水滴をごしごしと乱暴にこすった。吉郎さんがちょっと目をしばたたかせたが、少しだけ元気になった自分はわかってくれたらしい。
「俺は、おれこそ何も出来てないから。礼なんていらない」
お互いそれこそこれが演技だと思えていたが、一歩だけ、彼と黒乃の近くに自分がよることが出来たのかもしれないだろう。笑顔をみせあったり、単純に泣き出したりするよりも、ずっと確実な何かを感じれた。
『御方が、戻ってこられて何よりさて、話もほどほどですが結界が解けるようですので私は影に下がります。御大のゆるしがえられたのならば、いつでも私は傍に従いましょうぞ』
巻いていた長い胴はするすると鱗の感触を残して、影の中に消えていき、春明や吉郎の目にも黒乃が言ったとおりの結界のブレが見え始めた。結界越しで見える二人の影も、まもなくみえてくることだろう。
陣幕に戻った斡辰は水術の一種である含色術と呼ばれる術式を解除し、元の銀の髪へ色を落としてもどっていく。水術の下位術にあたる術式は色が抜け落ちていくと、その色彩の元となった土の色へと落ちていき、足元にわずかな水溜りを作り出した。瞳の周囲に作らせていた術式も同様に解除して、金の目が鮮やかになった。
「お戻りになられましたか、斡辰様」
「遅いとは言いませんけれど、なにがありましたかね」
片方は眠っているはずだったのだが、どうもこのおせっかいの二名は未だにおきていたらしい。自分の幕の外側で二名が立っている気配と影がある。答えるか答えないか、考えあぐねていたがどの道彼ら二人に話していなかろうと伝わっているだろう。自分の術式発動から春明の術力が漏れ出していたのも察知していたはずなのだから。
「勝、岩、お前等どっちかねているはずじゃなかったのか。たしか勝は休めといっていたはずだが? 」
「仰り様はごもっとも。ですけれど、あなたが結界を発動させていたのに気づかない術眼もちや、術力使いはございませんよ。岩をとめるのも苦労しました」
井双路の声と幕をゆっくりとたくし上げる音が重なり、向こう側に居た二名の姿がはっきりと現れる。井双路の飄々とした顔は崩れていないが隣に居る皮紙と巻物をもっている片木梨の顔はいつもの二割り増し程度には硬くなっているような気がした。おそらくいなくなっていることがばれるのは前提にあったが、予想よりも怒っているらしい。
「あー、岩、言いたいことがあるのはわかる」
「ほう、じゃあ私が何を怒っているのかを尋ねられてもよろしいですかね? まず、その、帯剣しているものを置いてからですが」
ぴしゃりと言い切った岩の言葉で真っ先に宝剣を編んでいた術式ごと解呪して腰に納めている姿へと戻す。宝剣を持ち出したことがかなり怒りにふれたらしい。隣で井双路が目線をさっと自分から逸らしたのもおそらく、ごまかしきれなかったからだろうとも。皮紙を握ったまま斡辰へと一歩踏み出した片木梨の顔は不機嫌や、イラつきといったものを固めつつも、呆れの成分が一番多い表情だったろう。
宝剣を腰から外しつつ後ろの台座に置いたが、それでもその表情は崩れそうにはおもえなかった。
「わかった。わかったが、宝剣をもっていったのも結界を造る際に、俺だって誇示する必要性があったからで」
「その結界を造る術力を補いつつ、周囲へと圧をかけてよらせないためでしょうとも。存じております。ですが、御大がそこまでせずとも、御大のお力のみで結界を構築させる事もできましたでしょう!」
怒鳴らずとも芯まで響くような低音が斡辰へと放たれる。耳をふさぐことは流石にしないが、彼の声は自分が春明に言ったような声よりも心底人の心へと差し入れる強さをもっていると、斡辰は思うのだった。
結界に関しては片木梨の言いようも確かにあるから反論は無駄だろう。だが、
「結界は構築できたとしても、今回は宝剣があったほうがよかったと思う。術力放出を押さえ込むだけじゃない、アイツの術力容量だと余計な力も使っていただろうからな。あとは、放出を抑えつつ無傷でとはいかなかったと俺は思っている。流石に一ノ白が選抜して引き抜いてきた式陣士だ。
術力量は通常の門外人の倍はあるだろう」
そう、春明の術力を受けながす事はできただろうが、術力を拮抗させるように発動していたとすれば、術力同士の反発が起こっていたかもしれない。春明の術力は暴発を最初にしていたが、その暴発は最後収束して、吉郎を押さえ込んでいた複数名に対して過大な力として暴発から方向性のある攻撃へと変異していた。割って入った時期が一歩遅かったのならば、地面に跡を残すほどの数撃が彼らに降り注ぎ、休息していた地に血なまぐさい香りが沸いていた事だろう。
「ほう、斡辰御大本人がそうとまで仰るなら、我らに一言も告げずにそれを持ち出したことへのお話もお聞かせ願いたいものですが? 」
「う、いやぁ、まぁ、井双路ならそれこそ意図を察してくれるし、片木梨もそうだろうと」
「なら、私がこれほどまでにご理解いただきたいというお話を進めてしまっても構わないという事ですな。そも私ども三首は~」
語るに落ちたとは正しくこれになるだろう。片木梨の斡辰に伝えられている三首の宝具からの話は、たっぷりと四半時は続けられる事となるのであった。




