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誰が許した異世界転移  作者: カノ ハル
戸惑いの歩み
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Ⅰ-6 何処の国かや

今回は兵達視点で何が起きているのかを書いてみました。

兵達の考えとは?

「おねがいします、おゆるしください……まだ巡り年も迎えておりません。おねがいいたします。班長閣下」

「あー、きこえねぇな? 俺の手を噛んだんだ。相応の無礼をした。俺の言っていることに違いあるか? 村長」

「いえ、無礼はしている事は確かであります。ですが」

「ですが、なんぞいらん。あいつらに任した時点でその無礼を一部認めてやろうと言っているんだ。察しろ」

「そ、そんな!!」


 悲痛な声をあげ、目に涙を浮かべて村長はある男の前に懇願していた。少しばかり前に山の中に逃げていった娘は、年も足りぬ乙女だ、温情が欲しいと。

 だが、土器(かわらけ)で出来た酒杯を男から投げつけられて、くだされた言葉は、タエに無体を働くと決めきった非道の意志だった。


「連れてけ、まともなもんでも持っているかと思ったのに、どぶろくと猿酒だけじゃ、足りもしない」

「へぃ。おい、来い。おっさん。いや爺か」

「お待ちください、どうか、どうか!」

「るせぇ、たたっこんじまえ。どうせ、日の目なんぞねぇんだ。今からぶち込んだってかわらねぇだろ」


 衿ごと首根っこを捕まれて、土の上を引きずられながら村長は、空き家の中へ連れて行かれた。

 大きく燃える村の中央にある焚き火の明かりはとても強く、男たちが蹂躙した村の薪を半数は使っただろう大きさだった。村の男たちがほとんどいないのは、猟と出稼ぎに借り出されているせいもあっての事だと聴いてはいたが、ここまで形にはまった襲撃は小気味がいいものだ。


「ふーぃ、ま、悪い酒じゃぁねぇしな」

「そうそう、班長、一番いいのがまだとってあるんだ。あっちはこれからだろう? ちびっこいのが終わったらそれの分でトントンじゃないすかね」

「おーう、そうさな。ま、そんな足もねぇ娘っこだ、来たら慣しで、そっから本番だなぁ。

 おら、さっさと注げよ」


焚き火の中央、村の入り口を正面に五人の男たちが酒盛りをしていた。男達の隣で酌をしているそれぞれの女性の手は震え、満足に酒を注ぐ事はできない者もいる。空いた土器を目の前の女へむければ、一瞬怯んだ女性が、同じように怯えて徳利を傾けた。腕には赤いあざがつき、ひどく打たれたそこは痛いだろうに声も出さずに男へと酒を注ぐ。

その様が可笑しいらしくガハガハと笑った。抵抗を試みた一人は、男達の背後で胸元を朱に染めて動かない。恐ろしさに見開かれた瞳は瞬きもしなかった。同じように、倒れ伏しているものたちもだ。

 敷かれたゴザに縄座布団を下に、満足げに集めた村娘や(おうな)、翁、を見れば、優越感に浸れる。小規模な村ゆえにそれほどの人数がいるわけではなかったが、数名は見目がよい娘に、女がいた。

逃がした一人も顔は整っていたし、賢しい真似も捕まえた奴らに躾けられる。戻ってきたらそのときに味わえばいい、男達の真ん中の席に座っている男はイヤらしい笑いを浮かべた。

男は、村を襲撃した斡辰(あつしん)の末兵達を束ねている志坂(しざか)一太という者だった。


「まぁ、明けるまえには終わらせるつもりだ」

「ひっ」


 そう言って、志坂(しざか)はゆるりと女の背を撫でた。

 盃に口をつけて喉を鳴らして呑む酒はうまい。何より上の目が届かぬところでこう言ったことができる時が一番にうまいのだ。志坂は、酒を飲みつつ女たちをじっとねめつけ続けていた。


 いつまでも昇進しないのにも辟易していたところでいい憂さ晴らしだ。この村の事は潰されていたと報告すればいい。緋マダラの背の村なんぞそれこそ、諍いの種だろう。

一夜の遊びの出来事に後々の追及を領主がかけるほど、今は整っていないのだから。


「まぁ、緋マダラにはアレだが様々だぜ、一ノ白(いちのしろ)にな」

「班長、それは言えねぇですぜ。あの鉄仮面やらの前でいったら首が飛んじまう。あ、でも、いまあるじ? っていうんか、まぁ、国の頭が変わったばかりならそうもねぇか」

「ばっかだなぁ。おめぇはよ。

三ツ首なんぞ、箔付けにつけられただけだろうが。それこそ、片田舎のこんな辺鄙なとこに来るわきゃねぇ。影武者だろ、影武者」


 酒を酌み交わしながら男達は不満を次々と紡いでいく。こんなへき地までやってきた国長なんぞ聞いたこともないのだと。

 まして、緋マダラと揶揄されるこの国境があるかないかも分からなくなった土地にやってくるなぞ正気の沙汰ではない。


「どちらにしても、訓練なんぞかったるい。境村なんざ伝承限りだろうが。んなあやふやな物に係わってるから、緋マダラの国境。

一ノ白(いちのしろ)斡辰(あつしん)だかわからねぇ場所が出来たんだろ。上が馬鹿なんだろ、ばー、かー」

「ちがいねぇな。しっかしまぁ、人様の酒のうめぇ事だ」


 ぐびりと他の物たちも酒を更にあおる。が、ふと村の入り口を見る配下の男は赤ら顔にこう言った。


「隊長、未だこないようだぜ。

治郎佐(じろうざ)葉ノ吉(はのきち)、それから一元(いげん)は何していやがるんだか。

 あんな小娘に手間取ってるのかよ」


 志坂の隣で大きな腹を震わせた巨漢が女を引き寄せて息を吐く。一揃いの武具を着けているその姿だけをみると肉に武具がまとわりついているようにしか見えないほど、巨漢の肉体は分厚い。

 志坂も体つきからすれば貧弱な部類ではないが、隣に居る巨漢、剛平(ごうへい)に比べれば一回りは小さく見えた。


「剛平。どうせとっ捕まえた後に、やることやってんだろ。あいつら所構わずだしな。

 ……まぁ、気にするなら行って貰ってもいいんじゃねぇか」


 思いついたように、志坂(しざか)は女を見る目を止めて自分の兵達を確認した。あの調子者二名は遅いかもしれないが、獲物にがっついているのを急かさなければ、時間が足りなくなるかもしれない。そう思った。そして、にんまりと口元を緩め、この宴に手を出していない者へ命じた。


「こういう時にも、楽しめてない奴にも流儀を教えてやろう」


志坂が荒く溜息をつくと、顎で一人の仲間を指図した。


「俺、ですか? 」

「お前以外に誰がいるって言うんだ、吉朗(よしろう)


 吉郎と呼ばれた男が背後から、別の兵士に蹴り出された。土に手をつかされ前のめりになった姿なのに、彼はこの兵士達とは違って見えたかもしれない。

兵士達の集団の中で身を整えていて、仲間だと言うには吉朗の人相は野卑た風ではなかった。実際、吉郎は彼らのとばっちりのせいでこの集落を襲う羽目になった半分は被害者でもある。


「班長には、従う。そいつが決まりだろ? 

 いい加減何時までも俺に慣れないのが気の毒でなぁ」

「ひひっ、お優しいなぁ志坂(しざか)様はよ」


 大きく火花を散らせて薪が爆ぜた。吉朗は、その言い分に「はい」としか答えられない。前のめりになった状態からも顔を上げることは出来なかった。

 班それぞれに定まった決まりが存在している。

絶対とされる掟、「班の頭には従うべし」これが彼を縛っていた。


「お人好しさんには、それこそ冷徹なり、剛力なり覚えてもらわにゃならんからな。もちろん、元、(かばね)つきの坊ちゃんだろうとそりゃ変わらんな」

「はい…………」


じりりと頭部に炎の熱か、恥からくる怒りか顔をあぶられた様な熱さを感じる。戦向きではない性格が班を纏める隊長に見咎められ、好戦的であるこの志坂の班へ回されてしまったのである。

 変われといわれてもすぐすぐに人のなりなんて変わるわけがない。まして、小戦での武勲が多いこの集団は、反面その粗暴さと軍の風紀の乱れもひどい班だった。

 吉郎はそんな者を頭に頂いた自分の不運を嘆くしかなかったのだ。たとえ今のように命令をされても、背けはしない。顔に出さぬように心掛けても、班の全員相手を出来るだけの実力は求めるだけ無駄だ。僅かばかりの抵抗で、自分が逃がしてやった数名がなんとか逃げ切る事を願うばかりだった。


「で、では行ってまいります。志坂様」

「おう、いいねぇ、志坂様っつーのは。その呼び方のできるお前さんのそういう所だけは俺は買ってやりたいねぇ」

「そうそう、ついでだから相伴に預かってきな。その顔じゃ、そっちも初めてだろ? 下ろしてもらってくればいい」

「ちっがいねぇや! ははははは」


 同時に複数の男たちの笑いが吉郎に向かって響いた。男達の笑声を受けつつ、礼をして立ち上がる。

背後の狂乱の宴から目を逸らしても、行く先も悲惨だ。

吉郎は治郎佐と葉ノ吉が探しにいった先、村から出た山中の道へと小走りに駆けていった。


 村の入り口付近まで来ると、酒盛りの火も遠くなったが、今夜の事を考えると気が重くなってくるばかりだ。女たちを捕まえてあの志坂の一派が何もしないはずがない。その後のことも……。

 わかってはいても、無力さと自分の弱さに握った拳で、手甲の結び紐が軋むほど力が込められる。力では志坂に勝てないのが吉郎にもわかっていた。しかし、従うのも嫌だった。

どちらにもつけない己はどうすれば。悩みつつも村の入り口を超え、吉郎は分け入った後のあるところまで松明を掲げて歩いていく。


 その時、道の向こうで何かがやってくる気配がした。


「けもの? いや、何も見えないが。治郎佐、葉ノ吉か?」


 すでに少女をなぶり、此方に連れてきたのだろうか? しかし、男達二人の松明も見えなければ、その姿形はない。

 それなのに、何かの気配がする。


「……なんだ、いったい。獣にしてはおかしい。人の、ような」


心臓が一拍跳ね上がり、その先へと松明を掲げるが、自分の影が伸びるばかりで何もない。

茂みの影やら草の陰影に木の陰、どれも同じだ。自分が触れた枝葉の音以外には、虫の声もする。だのに


「こわい」


おもわず、恐怖の言葉を吉朗はもらしていた。人とはどこか違っている、獣でもない。しかし、生きている。魔獣と向き合うときのような薄らざむい気配は、左右に振った松明の明かりでは振り払えなかった。


 気配はこちらが目をやったときまであった気がした。だが、それならどこへ?

 吉郎が惑うように松明を掲げていると、プツりと、張り詰めた糸が切れるような音がした。同時に襲ったのは身体の全ての力が末端から抜けていく奇妙な感覚。いちと数える暇もないほどにそれは上へと駆け上っていった。

 至った先に吉郎は意識をとざす。何かに切られたような感覚と共に、その意識は山の闇と混ざっていった。

 吉朗の姿がみえなくなり、更に待つこととなった志坂(しざか)達は流石におかしいと思い始めていた。


「頭。吉郎の奴もきやがらねぇです……。どういうこった? 逃げやがったかあの野郎」

「アレがそんなこと出来るタマかよ。女もまともに抱けねぇ、まして餓鬼相手でまともにする事もできねぇだろ」

「分かっていて行かせ班長のそういう所が俺はいいところだと思うぜぇ。いやー、わかってるわかってる」

「ほざいてろ。しっかしなぁ。それだったら治郎佐達がとっくに引きずってこねぇのが気になる」

 

 へなちょこの吉朗がのされて、山に置いてきた三人が戻ってくるのは分かるが、全員が戻ってこないのは不可解だ。

酒を回してきた女達の顔をみるに、自分たちへ供する酒自体がなくなる程度には時が経っている。だが、一向に四名は戻ってこなかった。残る五名はそれぞれに村の入り口を見ているが、ちらちらと此方を確認する目がうっとうしい。

 女達もおかしなことが起きているのが分かったらしく、ざわざわと怯えて、何が起こったのかと顔をあわせていた。


「おい! ババアに女ども! ひそひそすんな邪魔くせぇ! 」


 志坂の大きな怒声が場の全員へ叩きつけられ、それぞれがシンと黙る。パチパチと爆ぜる薪の火も先ほどから少しずつ勢いを落としていて、どこか心許なかった。


 じゃりっ


「あ? 」


 そんなパチパチと燃える火の音に紛れ、一歩、どこからか足音がした。途端に、土器を離して志坂(しざか)が抜刀する。燃える音に紛れていたが、確かに今足音がした。


「は、はんちょう?」

「おい、耳すませろ。なんかいるぞ」


じゃりっ 又、一歩。砂を踏むような音が聞こえた。


 その音に残りの四名が同時に刀をぬき、三名が村人の両脇に、志坂と剛平がその足音の先へと刀を向けた。


 じゃりっ、じゃりっ、じゃりっ


 規則正しく聞こえてくるその足音は、獣にしては少ない。人の足音だ。

 志坂は気配を探るように村の入り口を見ているが、姿は見えない。只、音だけが確実にこちらへと向かってきている。そして、焚き火の近くまでその音は迫ってきた。


 けれども、姿は見えないのに気配だけはするばかりだ。


「解せんな・・・・・・。あやかしにしては妙なやり方しやがるが、この近場であやかしの出た話は大昔のはずだ」

「そんな大昔の奴が今更? 敵兵にしちゃ姿も見え?! 」


 剛兵がそう答えたとたんだった。志坂はその場から転がり焚き火の傍まで逃げると、剛平と三人の男が同時に倒された。いや、足から崩れ落ちた。上に張られていた糸をすっぱりと断ち切ったように、四人は動かない。

 間一髪を逃れた志坂の頬にはうっすらと引っかかれたような爪あとが残り、その時、今までの視界がもやのように陰っていたのだと思う出来事が起こった。

 霧に阻まれるような黒いもやが目の前に残っているが、その先に一人の何かが立っている。

 男とも女ともどちらとも取れる中性的な顔立ちに、掲げた右手の先には長い長い黒い爪がテラテラと輝いている。志坂は、確信した。

 こいつが、俺たちを襲ってきた何かだ。


主人公が最後に姿を現したのにも理由があります。

本来ならこうならなかったはずだったらしいのです。

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