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誰が許した異世界転移  作者: カノ ハル
戸惑いの歩み
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Ⅰ-5 何処【いずこ】の国かや

黒之と契約したときの、その近隣にあったとある部隊のおはなし

 幾つにも分かれた国が治めている、大陸、日都の本(ひつのもと)。ここは、その国の一つである斡辰(あつしん)の国であった。

 千年より続く国盗りの戦と、その間にあるわずかな平穏。それを繰り返しこの大国は三国の大国と周辺にある中小の国家が治めていた。

 平穏の時は長くて数十年。小さな乱や変を含めるならば一年内のものもあり、平和とはほど遠い。この斡辰(あつしん)の領も、領主交代を済ませ列強の隣国と渡り合う為に、領土を巡礼していた。領域の掌握を済ませるには、防備を整える。それに各地に封じられている領土の結界を見て回るのも当然だった。

 斡辰(あつしん)領と、一ノ白(いちのしろ)領の境が近くにある月の照る四御端川(よごはがわ)、野営を敷いている中規模の軍がそこに在していた。

 領地を変わる毎に編成を変え、領の人間をとりかえつつしてきたこの訓練は後半分。百名単位の大人数がそれぞれで、たき火と宿営の準備をおこなっている。大所帯の訓練の成果は善し悪し半々といえばいいが、そうとは言えなかった。


志坂(しざか)は、どこにいったというのだ!」

「奥の山で夜行軍代わりに、山中を駆ってくると。ついで、山の肉を取ってくると言づてを残してございます」

「……明日の呼び出しになる日の出、それまでに戻せ」

「はっ、探して参ります!」


 若い青年が膝をつき、そう年の変わらない青年から叱責を受けていた。川端から、四御端川(よごはがわ)の流れをわたり対岸の山へと続く道へと向かい、数歩踏み出す。

 この時期の山から流れてくる水は冷たく心地よいが、夜営の時点で水の中に入るのは気合いが要るだろうに。夜風が涼しいし、向こう岸に渡りきる頃には冷え切ってしまうだろう。

 その青年がすねまで入りきる前に、深い声が足を止めさせた。


「まぁ待て。羽黒(はぐろ)徒士(かち)に行かせる必要までは求めておらなんだぞ? あの方々は」

近条地(きんじょうじ)様、しかしながらお呼びが掛かっていることも事実。いくら姓つきであっても御大将からの命に逆らうはあり得ぬ事ではございませんか」

「……それも含みであろうよ。見ておられないと思っていられるのも今のうちだろうさ。羽黒(はぐろ)、あのものには別の頼みをしたいが良いかな?」

「いえ、滅相もございません。

 おい、待て。近条地様からのご命令があるそうだ。戻ってこい」


 若者は、ホッとしたようにして、川の手まえからざふざふと戻ってきた。


「はっ、なんなりと。御用命ください」

「うむ。では小吉、儂の代わりに四御端川(よごはがわ)側、東の寝ず番の二番手を任せたい。まだ一番手も立ってはおらぬが、諸事情故にな」

「承りましてございます。東の二番手でございますね、では早速向かいます」


 近条地が命令をすると、青年は片膝をつきその場で礼をした。ついで、後ろでに下がり陣営東へと歩き去って行った。青年の後ろ姿を見もせずに、羽黒(はぐろ)と呼ばれた青年が近条地へ尋ねる。


「……ほんとうにアレでよろしいとお思いですか? 近条地様。

 志坂(しざか)を探しに行くのが徒士では難しいようでしたら、私が承ります」

「気にするな、羽黒(はぐろ)。それになぁ、決まったことをあの方が翻すようには到底思えん。御方のお考えを儂らが考えるには、不遜ではあろうが」


 いいえ、と羽黒(はぐろ)は否定した。この川に来るまでに行われてきた事を考えるに、志坂(しざか)は必ず相応の処断をくだされなければおかしいだろう。遠征訓練の定かでこの始末、苦い思いに羽黒(はぐろ)の顔が渋面を作る。


「不遜など、近条地様はかの方々の血と縁づいておられるではありませんか。……徒士のものに覆背午【ふくはいご】の乗手を追わせようとさせた私こそ愚かです」

「はっはっは。オマエのその真面目さが良い方に買われておるのだ。悪しを認め、正す素直さは宝ぞ。まぁ、もうちっとばかり力を抜いても良いやもしれん」

「しかと承ります」

「それが、堅いというておろうにのう…………。

 まぁ、此度の遠征訓練でだいぶ見直さねば成らぬ所も多い。我らが見ていてもそう思われる所がちらほらとある」


 四御端川(よごはがわ)にいたるまでの道中を思い出して、近条地は羽黒(はぐろ)と同じく口を結んだ。視線の先にはたき火が幾つか。いずこから持ち込んだのか、配布した酒以外の酒精のニオイがある。まして、配布した酒は次の領地で買い入れるまではなかったはずなのだが。

 

「ここ三十年はまともな戦など無かったからのう。小競り合い程度では鍛えるもなにもない。平定すれば終わる

 平和ボケしている輩には、発破をかけねばなあ」

「左様です。ですが、この有様は」

「ゆえにだろう? 我らが見ている中でどういったことを為すか、それを確認し、報告せよというのは」


 見ているのに気づきもせずに、少年くらいの年の頃のものも交えて酒盛りをしている。通達しているのになんたることだろうな? といいつつも、酒の匂いには若干うらやましさもあった。


「んーむ、ちと酒は恋しいが一ノ白(いちのしろ)の領域近くにあるならばという通達があったからのう。大国の動きはいつも先見に影響する」

「近条地様、……ここは噂の通りなのでしょうか」

「おう、流石じゃのう羽黒(はぐろ)。そうよ、緋マダラの背中とはよう言った物だとおもわなんだか?」

「そこまでだとは……」


 四御端川(よごはがわ)のむこう、青年がいこうとしていた山を見つめて、口を濁す。ここは、本来の協定の境だったならば斡辰(あつしん)の領地であるはずなのだ。

 だが、近条地が多くを語らずとも、緋マダラの背中で察しがつく。織田(おりた)峠、この吹花山脈。山脈を境として国を分けているはずの境は、織田峠にあるもののせいで境が変位しかかっていた。


「まぁ、あれもどうこうせねばならんなぁ。手を出すのか、それとも押しつけるか。儂としては前者をしたいところだが」

「手を出す方が良いと? 被っているのは我らではないですか、近条地様」

「ふふふ」


 近条地の含んだような笑い方に、羽黒(はぐろ)は不可解だと、兜を脱いでいる短髪の顔を見上げた。

 なぜだろうか、その顔はどことなく惑っている若者を楽しんでいる様な目をしていた。


「いやな、斡辰(あつしん)の竜頭が三首になったという事を複雑にしたというのは城住まいの方々の短慮よなぁ」

「はぁ……――。私ども、下級のものにとって上の方々のお考えは従うのがまず第一ですので」


 騒動の一端を知っている、加担している近条地の身としては城内で騒いでいる者らこそ言われるべき事があるだろうに。近条地の含みを詳しくは羽黒(はぐろ)は知らないが、視線をやると、さらさらと手元にいつの間にか寄せていた対巻物の片方を伸ばしていた。

 半分ほど伸ばされた巻物には、すでに何名もの名前と、その名前ごと二重の線で消されたものとが連なっている。


「えー、トウオ、ししどう、(かばね)つきの江井(ごうい) 早利。術力持ちではありませんが、重結晶持ちだと思われます。属性は【命】、そこらのヤマブドウを摘んできた物ですが、活性術式を使用しての果実酒でしょうな。……昔に下賜されたものでしょう」

「下賜も随分と気安くなった物だ。恐らくは先代か先々代の頃だろうとも。大盤振る舞いの時代があっただろう? その頃にばらまかれた代物だろうな」

「では? こちらも対象とするおつもりでしょうか」

「……理由付けが大変になるだろうなぁ。ああ、だが【命】属性の品は戦場では文字通り命綱になる。酒を造るための物にするにはいささかどころではなく、勿体ない」


 近条地の言葉が皆まで終わる前に、羽黒(はぐろ)の巻物に、江井の下で黒く塗りつぶされた丸が描かれた。羽黒(はぐろ)の覚えている限りではこれは五人目になるだろうか。


「勿体ないと言っていられないのでしょう? 近条地様。

 私は早耳ではございませんが、それでも先ほどのお話以外に、不穏のお話は伺っております。備えておかねばならない。それが」

「ああ、そうだ。皆まではいわずとよいわ。のうのうと暮らしておった我らがこれから変わらねばならぬ。内も外もな」

「はっ、もちろんです」

「そうして、あの方々を助け、国を守らねばならぬのだ」


 怠惰であった時は変革の時に変わりつつある、良き方向に向かう為にこそ、今のうちに整えなければならない。

 そんなとき、山から吹き下ろしてきた風の中、頬に緊張を走らせる何かを近条地は感じた。

一瞬、例えるなら雨の降り始めた一滴。それくらいに小さな波紋だった。口ひげを軽く引っ張って口元を紛らわしたが、なんだったんだろうか。


「近条地様? いかがなされましたか」

「ああ、魔獣かの? おそらくだが狩りでもしよったかのう」

「はぁ」


 大きくはないし、その程度で収まったなら大したことはない。近条地は、そう思うと、川から身を翻して自分の宿営場所へと戻りだした。月はわずかに傾き、空から落ちだして、夜が深くなっていた。


 同じ月の下で、近条地が感じていた事を感じ取っていた物がいた。

 その者にとって、一滴は水ではなく蜜の滴りのように濃い一滴だった。明らかに分かるそれは、見聞だけでなく直に覚えさせられた術力と同じだ。


「……だれだ一体。そうそうに呼び出しをかけたのは」


 ひとりごちたが、幸い聞きとがめる人物が今は席を外している。座っていた椅子から立ち上がり、波長が来た方向に身体は向いていた。何度も覚えさせられた感触、その波長に違和感。


一ノ白(いちのしろ)か? ……だがこんな所で使うはずもない」


 教えられた事が確かならアレは大局面に用いられるはずの代物だ。こんなまともじゃない国境に指す一手としては、悪手。使った奴が大国ならいいが、宣戦布告紛いになりかねない。

 脳内でもう一度反復して考えるが、あり得ない筈だ。


「……イワとカツに話した方がいいか」

「何が?」


 自身の横から声がした。見慣れた茶髪がこちらをみて、その先の言葉を待っている。


「俺の勘違いじゃないなら式陣(シキジン)が出た。しかも、この近隣だ。イワツグも一度起こせ、訓練遠征自体を取りやめすべきかどうかを話したい」

「穏やかじゃないなそれは。式陣(シキジン)がでたって、それはまさかさっきの術力のことか? 凄く僅かだったから山の魔獣が狩りをしたのかと思ったが」

 茶髪の青年の言葉に、首を振って彼はかえした。


「間違えるはずはない。国長の継承の際に教え込まれた術力と一致する。気のせいで済ませる事は無理だ。

 式陣(シキジン)が契約を交わしたのならば、気を張らせろ」

「了解した。なら、イワにはすぐに戻るよう俺が出張ろう。さしあたって警戒するのはどの方角だ。そちらを重点で固めておくのだろ」

「任せる。方角は咲花山脈を向いてやや西。波長の範囲からすれば俺の範囲だとすれば、昨今の調子だったら一里(約3.9km)以内だ。ほんの僅かにはなるが警戒をそれぞれの部隊長に、下隊長には魔獣の話で通しておけ」

「わかった。で、斡辰(あつしん)としてはどう動く?」


 立ち上がった自分の隣でかがり火がパチリとはねた。赤と橙にまざる色が銀髪を赤金や琥珀酒の色あいに光らせ、夜の中でも鮮やかに見えた。

 同じく、色をうけてまざる瞳の色は深い赤の色になっている。


「ただの式陣(シキジン)だったなら。潰す」


 決断は速やかに、この軍を率いている成り立ての国長は意志を示したのだった。


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