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誰が許した異世界転移  作者: カノ ハル
風きりの谷駆け
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Ⅲ-Ⅶ 峠にあるを知れば

 出立の号令がかかってからの行軍は、歩き始めからはそれほどにならなかったというぼんやりとした記憶になりかかってしまっている。

 春明の隣で同様に荷物を背負っている吉郎も、今は口数少なくその行軍にあわせるように動いていた。

 峠に行くまでの道のりは凄く平坦で、家もほとんどみえなければ田畑も点在しているところが少ない。あるのは牧草地帯のような感じで、放牧でもしているのだろうかと思われるが、肝心の動物の姿はまだみていない。早足でいくといっていたわりに馬や、自分と同じように歩いている歩兵たちのスピードは日ごろ街中を歩いていた自分のそれに比べるといくらか遅く感じる。

 ただ、いくら行軍が遅いと感じても全体行動中なので目立った行動はできない。

 全員の姿を見る事はできないが、先頭にどうも斡辰様はいらっしゃるようで、続いて井双路さんがその隣を併走する形で隊を率いているらしいのが遠目に見える。山中にいくまでは平坦だといっていたが、春明たちはなだらかな丘陵地帯を休まず歩いていた。

 終始無言でもそれ以上、それ以下の文句も言いようがないのは、その背後の存在である。


「何で後ろにお偉いさんがくっついてくるんだろうな」


「そうさな。いつもなら黒首様だとついてもうすこし違う位置におるさな」


 ぽそぽそと小さく話しているまだ若い少年と青年の境になる彼らの言い分だが、答えをもっている春明はそれには何もいえない。向かっていくさきには幾つかの山が見えていて、その先が斡辰の国だという話しをきいてはいるが、車ならかからない距離をこの大人数で移動となるとそりゃ確かに時間も掛かるだろうさ。移動に使うのだけでも半刻で支度のすぐに出立という流れも、まぁぞろぞろ動くなら仕方がないだろう。

 でも、その動きだって分かるし、私ごときには伝えられない事柄だって多いのだろうさ。だけどだ。自分を見張っているのが羽黒さんだけでなく、まさか片木梨様がその後ろにつくなんて思うだろうか。


 堂々とした姿が様になっているが、堂々としすぎているというか濃茶の色合いをしている赤い鬣の馬に乗っているあの威丈夫がお偉いさんじゃないわけないのは、誰だってわかるだろう。

 何も言わないが目線がこちらを時々見ているのだけは感じていて、それに黒乃が反応しているのもわかる。現在でわかっているのは、近条路(きんじょうじ)直轄(ちょっかつ)の部隊が片木梨様の隊の前にきていて、その後ろにたしか戒渡(かいど)さんがいっていたし??なんとか様の部隊ともう一グループが後ろを固めているらしい。井双路(いそうじ)様たちの後ろの隊もちらちらと後ろを見ようとする事も出来ずで前からくるであろう視線の塊がないのだけは、あの鉄仮面に感謝する事にした。



 春明の姿を目視できる範囲にもってきているとうの鉄仮面と呼ばれている本人は、馬上で行軍全体の配分をみている。直ぐにも出立できたことで斡辰様からいわれた『霧守(きりもり)』が動いている気配を術眼で感知するまでもない。井双路(いそうじ)も気配を捉えたことでさらに距離をおかれたのか、それとも隠されたのか怪しいが、霧守達の気配は今は沈んでいる。


「片木梨様、前のあの珍妙な服装が話に出されておられた、術式使いだったということでしょうか」


 難しい顔をしている彼と同じく騎馬をしていた、河原毛(かわらげ)色の主は顎にも届きそうなふさふさとした白眉の目で春明を眺めつ問うてきた。顎のあたりにあるそがれているような傷のせいで顎にひげはまるでないけれど、その傷は古く、既に肌の色と僅かに違う限りになっている。腰に下げている太刀は片木梨に比べれば小さいが、背中にある大きな矢立と馬横に備えてある使い込まれた獲物には、時代を感じさせる風格があった。


「江藤様、そうです。まだひよっこもひよっこですが。斡辰様のお考えですが、先を見たいと仰っておいででしたから」


「ほほっ。相変わらず年上への礼を欠かさぬが、貴方様は既に私より上のもの。気を使うところを違えておりますよ。

 ふつうに姓を称をつけずに呼んだところで構いませなんだものを」


「性分でしょうな。斡辰様にも折に触れたときには言われます。ですが最初に教わった師へは皆々敬意は忘れられるはずもありません。江藤様」


 そう言っている片木梨の顔が少しだけ穏やかになるが、やはり前を見据えるとその思考は切り替わってしまう。斡辰の黒首(こくしゅ)としての役目を思い出すほど、先に待っている峠の二褄魔(ふたつま)を退けるにしてもやりようがあったのではないかと。たかが式使いにもみたないこの存在にここまで軍を乱す事自体がおかしいのではなかろうか。

 行軍中でなければ筆を走らせて考えをまとめるものを、手綱を握り軍の後ろの要をになっている今ではそんなこともできそうにはない。


「ふむふむ。だが斡辰様の目利きで見出されたのなれば、あのなよっこい若造もそうとはいうておれまい。しかし、門外人(かどとじ)の若造にそれほど直ぐ術式士の才を見い出すとは、流石斡辰様ですなぁ。私には性別不明のものとしかみえないですよ」


 片木梨の顔が江藤のそれを聞き歪む。最初に陣中で倒れた時も男か女かといった話で大盛り上がりをしていたもの達について思い出すと、真実を知っているのは自分たち三名と近条路、それ以外では羽黒が知るくらいだろう。

 実際、まだあの式使いの女については、男の姿を装っている女だといううわさは残っているし、男と信じていないものが大半だ。馬の足並みにあわせてゆられている江藤も、その噂を信じていない方に属している。


「俺も性別不明だとは思っていますがね。まぁ、男だったらとアイツからいい出しましたもので、ならば示してみろという話しにはなっておりますよ」


「ほう、やはり、捕まえたときは女だなんだと騒いでおりました者どもが多かったのですが、実際に触れた方から聞くお話のほうが真実味がございますなぁ」


 そういわれてふと思い出したが、確かに自分が先に触れていたのだった。ただ女の体をさわったとそれほど意識は置いていないし、今もそうだ。これからの事を考えていればそういった目で見るつもりは毛の先ほどもできない。


「術力を使い切っているあたりで、己を知らぬという未熟者です。鍛えなおすのにはお手をかりるかもしれませぬ。江藤様」



 言葉の後をおうように、小さく春明はくしゃみをした。ほこりが舞っているこの道のせいだろうが、喉もいがらっぽいし水が飲みたくなってきている。

 足音に、馬のひづめといくつかの引き台車の音が混ざっていていくらかの声がするが、しゃべっているのは馬上にいる人が多い気がした。高く上った日に暑い空気が土ぼこりを浮かせて、足回りの色合いは茶色だ。

 しかし、大体が黒い色合いで統一されている鎧たちのなかで、陽光を反射して複数の色がちかちかと黒の群れに踊ることがある。

 たしか、三色の色で動いているこの軍は、銀を体の一部にもっているのが斡辰様の親衛隊に近いもの、逆に色がついていなくても鎧のどこかしらに青や黒の文字で属している隊の番号が振られていて、それが井双路様や片木梨様といったそれぞれの隊に分かれているといった形だと、早い説明で羽黒さんが言っていた。

 分からないようにしたほうがいいのではないだろうかと、春明は尋ねてみたが、功を揚げたものがその武勲を示さずにどうするのだ? という返しを聴いてからは、そこには触れないようにしている。

 血なまぐさい話になるが、日本の戦国時代のベースは少しあってもやはりまるきり違うようだ。

 槍をもっている人は少ないが帯刀していない人がいない、おそらく身分が低いであろう人物でさえ高価なものでないが刀は持ち合わせている。あとは、術を使う人らしい人物も若干いて、それは騎馬をしている場合としてない場合もある。

 何がいいたいのかといえば、自分の丸腰姿こそ場違いだということだ。短刀を差していたところでやっぱり短刀は短刀で、戦力外通知に等しい。なのはわかっているが、行軍中に最初のほうはずっとちらみにひそひそ笑いで、耳を塞ぎたくなった。


「武器がないのは自分のせいじゃないんだけどなぁ」


「器量不足だろ」


 隣からじゃないどこからともない声に、あわせて小さく吹き出すような笑いが交じる。こうなのだ。ちいさな呟き一つだろうとそれにたいして揶揄がとんでくる。

 羽黒様も隣の馬上からみているのに、何も言ってはくれないし、それを注意するということもない。丘陵地帯のはじめから中ほど、ずっとそういった感じだったので話す気力もなくなってくるわけだ。


「気にとめないように、とはいいたいが。春明はそれをきにしているんだろ? 深く考えないようにしろ」


「よっ、仲のよろしい事で」


「気にしても仕方がないとは思うようにはしています。けど、やはり慣れるのには時間がかかりそうです。こういったことはどう返したものかとおもってしまいまして」


「ものしらぬってか」


 会話の最中に交じってくるこの合いの手、周囲の何名かなのはわかっているのだが誰が誰なのかを特定するのも面倒になってきて、吉郎さんとの会話は今では合いの手がはいってくるのを当たり前に考えながらはなしをしている。


「峠にはいるころには、それもなくなるさ。二褄魔の峠に、いくころにはね」


 吉郎さんがそう、峠の事について話しをすると、合いの手はぐっという声をだして乗り遅れたようにつまった。黒い甲冑のむれからの忍び笑いも潜んでしまい、ただ鎧同士のこすれる金属の音に、足音がつらなるだけになってしまう。

 先にある、通らなければならないその峠を考えないように、そう思って揶揄を飛ばしていたそれぞれの一般兵たちの言葉は、吉郎の一言にあるって行く今へと引き戻されていった。



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