Ⅲ-Ⅴ 話にて 時経つ
陣笠で焚いたおかゆが、こちら側で食べる初めての食事だった。本来ならもう少し水を少なくして炊くそれを、羽黒さんが数日間はたべていないという自分に対して食べやすいようにしてくれたらしい。
椀にたまっている白い御飯を塩と、なにかの付け合せのようなちいさな漬け物で食べていくのだが、羽黒さんは食べる早さも喋る口調と同じように早かった。
すぐさま半分以上をかきこんで食べきってしまうと、椀と陣笠ををもって近くの水場へ洗いにいってしまった。よくみればまわりのほうもその様をみて、遅い早いの違いはあるが、春明よりも食べるのが遅いものはいなかった。
「おそいもんだ。そんなんじゃ直ぐに四半刻たってしまうだろ。直ぐに食べて、腕と、頬を見せろ。ぬり薬くらいはあるからそれで傷に病鬼がはいるのを払わんとな」
「申し訳ありません」
短くそういうと、頬傷が顎をひらくと痛むが、構わないようにして残っていた椀の残りを全部かきこんだ。口の中いっぱいになったおかゆと塩辛さにむせそうになりながら、春明はやっとのことで食べきったのだった。慣れてない食事に胃袋がびっくりしているが、生憎とそれを許容してくれる環境ではないのでこの先荒れないように祈るばかりである。影からちらりと目が覗いていて薄いその気配で、ここが限界なのだろうというのだけをあのまっくろは伝えている。話しかけるのもダメな状態というのがどういうことなのだろう。感づかれないようにというのもそうだけれど、それ以外でなにか是非を問えるような意思疎通が出来ないと、斡辰の三つ首たちの意見だけに従わないといけない気がしてくる。いや、契約を結んだから当然なんだけれど反旗を翻そうという事ではないんだと、自分で自分に言い聞かせていた。
ざっと洗物をすませてくると羽黒さんがすでにもってきていた一枚の布と、そこへ幾つかのお椀や道具をしまいこんでいるところだった。その横に置いてある二枚貝のような物体が、おそらくぬり薬になるのだろう。深緑色のすこし粘度の高そうな個体がそこに多くも少なくもなく盛られている。
「その盛っている椀、薬は、お前への支給になる。大したものでもないがしっかりとそれくらいは抱えていけ。風呂敷も持ち合わせていないようだから、こいつももっていけという近条路様のお達しだ。大事に使えよそれと、短刀だ。ありあわせだがないよかマシだろう」
近条路様からと聴いて、いつのまに受け取ったのだろうともおもったが、なんでか風呂敷と椀をまっさきにもたされた腰に下げる太刀をもたない兵士がここにできてしまった。いや、武器をもたない、武器を下げていない兵士ってどういうことだろう。そんなことを思っていると、もう既に羽黒さんは荷物を片付け終わっていて、あとは自分の馬に括ったもの以外ではほとんど持ち合わせているものはない。陣笠まで馬の横腹のあたりにかかっていて、何時でも出立できるようだ。
塗り薬のことを聞くまでもないだろうからと、ゆっくりと頬にその緑をぬりこんだが、大変しみる効果もついているという説明がなかったので大きく顔をゆがめて、パンパンと膝を叩いていたのだけは、多めに見て欲しい。
もたされた薬をその他の傷口にも塗りこんで、しみるのに耐えてから、二枚貝をとじておいてあった紐で結びなおすと、もたされた風呂敷にうまく茶碗とあわせてくるんで背負えるようになおす。川のはしまで言ってのぞくと、なんともみすぼらしい新兵〔役立たず〕といった風情の自分が川に写っていた。太刀も下げていなければ鎧も着こんでいないこの姿で男の格好だからなんともいえない。
黒乃の目で何かしら言いたげだが、どうしたものやらといった風情でその先が継げないようだ。一般人ともいえない変人をこれでどうしろっていうんだろう。
そう思いながら羽黒さんが呼んでいるので、その場から離れてまた彼が座っているとろ火の焚き火の前に春明は歩いていった。
呼ばれたところでとりあえず、行軍しているここがこれから斡辰の国へとかえろうとしていること、さらに説明されていないが、急いで通るであろう道には化け物がいて、そこを通ることになるので警戒を怠ってはいけないだのといった説明が続いていく。そして、羽黒さんが説明する背後では、かろうじて男の姿をしていてもやっぱり、その、目的がすごくわかりやすい視線を送ってくる奴らもいた。
近条路様の手前で表だってみないだけで、そういうことは別段取り押さえて罰則をという形でもないらしい。ただ、近条路さんから陣につくまでの道中で大きい隊を複数わたってきたのもあったせいか、多く別隊からわざわざ見物にくるという物好きもでている。時間はどうしたんだお前等って聞きたいのを我慢して聴いていると、羽黒さんが後ろの気配を知りつつ平静の顔で冗句をいってきた。
「お前人気者だな。まぁ、捕って食われそうな顔をしているから仕方ないが」
「羽黒さん、すいませんが冗談でもやめてください。自分はその気はありません。あと、そういうのを受け取ったことありそうな羽黒さんはどう断っていますか? できるなら参考がてらに聞かせて欲しいんですが」
羽黒さんの前で陣の主要な部隊についての説明や、補給、これからのことについて聞かされているのだが、あまりの視線の多さで正直やってられそうにない。みられながら授業を受けるなんて発表以来で、そも人前にたつことは好きじゃない。そんな自分と同意見だったのと耐えられなくなったらしい黒乃がぼそりと心話で一方的に話しかけてくる。
『御方、しかたありますまい。本来なら私が表立ってでていればこういう事もないのですが、御方の身分では私を隠しながらというとどうしても姿を覆っている今の状態以上は、実害がでない限りは』
つなげてきた黒乃も男たちの目線がイヤであるようで、春明の影の内側で腹の底でひびくようなうなり声をたてた。羽黒さんがその音に空を見上げたが、雷ではないので何もありませんええ。
首を軽く傾げつつ、羽黒さんはその手の事についてを思い出したらしく、どこか苦い顔をしているような、遠くを見るような目をしていた。
「ああ、俺も新兵で入った頃はそういった体でみられたこともあった。まぁ、そういうときはどうしていたといっても、来る奴来る奴をたたき返すしかないな。五回を越えればよっぽどの物好きじゃないかぎりは、足を運ばなくなる。あー……咲町や、春売もおらんところじゃないから、そうまではならん」
言ってしまった後でこんな話をするんじゃなかったという顔をされても激しく困るのだが、春明にそう話した羽黒の口調はすこぶる歯切れが悪かった。
まぁ、初心な小娘でも自分はないので多少のそういった話くらいだったら流せるし、気にしないで欲しいと。短く言うと羽黒さんもそれ以上は何も言わず、また行軍についてと峠についての話に戻ろうとした時だった。
「お、このこかー。見た目はいいな」
そんな話をしていたせいなのか、一人からからとわらいながら春明の隣に遠慮なく腰を下ろしてきた男がいる。隣まで誰かが歩いてくるのは分かったが、まさか座られるとは思わず体がびくっとすると、バンバンと肩を遠慮なくそいつは叩いてきた
「春明ちゃんはそこまで気にしなくてもいいと思う。何せ、羽黒の隣に堂々と座っていられるあたりで、下手な奴は手をだせねぇよ。あ、俺は別だけど」
大変なれなれしい無精ひげの男性が隣に座ってきたものだと、春明はまじまじと彼の方をみてみた。羽黒よりも彫りの深い顔をしているのに快活そうな男の方は自分の事を揶揄したりはしても、特にこれといって深くそれを掘り下げるつもりもないらしい。新参者として春明の値踏みをしにきただけのようにだ。
「建臣、おまえの六番はどうしているんだ?副官なしでいるのがそれとも六番の流儀か」
「おおこわ、六のほうなら上官である新城様がいま通達すませて各自で、行軍前の準備ってところ。俺は既にそういった類だけは済ませてきているから、遠慮なく春明ちゃん……ん? 男なの? 」
「でなかったらどうみえますか」
「あー……男か。でも見た目だけでもぜんぜんいけるし、俺のところに夜こない? なんだったら呼びに来てもいいけど」
「興味がありませんし、なによりそういう事をするために雇われた者ではないのでご勘弁ください。建臣様。
その、お名前を未だ伺ってないので失礼ながら建臣様とおよびいたしました」
男だと分かってからでも遠慮なく肩を組もうとしてくるあたり、人と人との垣根がすこぶる低いのだろうと思うが、正直なれなれしくされるのが好きではないので、彼の強引なアプローチにはちょっと春明は引いていた。
建臣と名乗った男は、どうも話を聞く限りでは羽黒さんと同じ立場の別の隊の副官らしいが、誰が誰の隊を任されているのかは分からないが、おそらく、彼は井双路さんの受け持っている隊のひとつだろうとみて間違いないと、どうしてかわからないが思えてきた。
飼い主に似るのは犬だけど軍隊でも思考って似通うのかしら? と、は随分と疑問が残るが、この勘は間違っていないと絶対に思える。
そんなことを考えながら答えを待っていたのだが、健臣さんとよんだ彼は、にんまりと笑うと、肩を抱きつつこう話してきた。
「おう、お堅いお堅い。俺は六番隊の片木梨さまの軍になる、六番隊副官の戒渡 建臣という。戒渡様でも、建臣様でもおれは姓名よびどちらをしてもかまわんよ。ただ、俺以外なら姓呼びにしとけ、名呼びできるのは親しい人間だけだからな」
さっくりと勘を裏切ってくれるが、よりによって堅さでいったら私の倍を行きそうな片木梨さんと同じ隊ですかと。そうすると、現在いる八番隊の近条路さまと、六番隊の新城様が片木梨様の部隊で、あとの七隊はそれぞれが斡辰様と井双路様の部隊に割りふられるわけになるのか。




