Ⅲ-Ⅳ 駆け足の教者
それは、近条路様がつれてくるから少し待て、といい場を離れた時だった。周囲の隊長格とそれに続いていた何名もが離れていった中で、数名の男たちはどこかに行くでもなくその場に残った。観察すると、腕章のようなものが巻かれている人物が一人いて、その人物がつけているのは八の字だ。
「おう、何見ていやがるんだ。たかだか能力があるってだけのなよっちいやろうが。
モノがついているとはとても思えねぇ外見だしよ。こりゃ、まっさきに逃げ出しそうだ」
シモネタを使いつつのこっちへの暴言というか、つっかかりは自分からすればひどく昔の陳腐なチンピラが使うような台詞回しに聞こえてくる。時代がずれているのは自分だから、彼というか、むさい男その一が言っている言葉のほうが実は場にあっているのだろうと思うと、どこかあり得ないと思いたい。挨拶するのも場違いだろうし、何か言い返してももっと暴言を増やすだけだと思えば、自然と目線をそらして何事もなかったのと聞こえなかった風にしたくもなる。
「おい、お高く留まってるんじゃねぇよ。術式士だろうがなんだろうが、抱えられたのが斡辰様だからって俺らの話はききたくもねぇってか?あ?」
威圧をかけてきてこっちが話していようといまいと関係なくするつもりなのだろう。笑声も揶揄に近いものだし、目線をそれで合わせても喧嘩を買うことになる。何も答えないでいるのに、男が焦れて「聞けよ! 」というきつい声が向かってくる。
近寄ってきている男からは、汗のにおいがきつくしていて、日数を経ていると思われるその体臭に目がしみた。ほこりとそれの混ざった匂いは酷く耐え難い。僅かに顔をしかめたのをみてとったらしく、胸元のシャツをつかまれぐっと自分の顔を相手に向けさせられた。
「戦のいの字も、女もしらねぇような青白ひょうたん術式士に、軍属なんてできるわきゃねぇっていっているのがわからねぇか? ああ? おい? それとも聞こえねぇかよ! 」
「余計な事をはなすことを許可されていないためです。近条路様からそう伝えられているものを安く破るわけにはいかず失礼いたしました」
「はっ、しゃべれるじゃねぇか。しかしなりが貧相なら声も貧相だ。野郎にしたってこりゃモノも腐ってそうだ」
息が臭い。思わずざわざわと自分の肌があわ立っていき、黒乃がそれに反応しているらしく踏まれている自分の影から一本だけ爪を覗かせて、男の足の筋か、それとももっと痛いところかと危ない選択をしだしていて、今それのほうが困っていると男に伝えることが出来ない。
と、首のあたりを絞めていた手を乱暴だが離してくれた手が横から伸びてきた。同時に、その腕の主がむさかった男へ声をかける。
「いないと思っていたが、勝馬、有善、それに群太。発ち支度が俺より早く整っているとは随分と手際がよくなったものだな」
「……いえ、これから。です」
近条路様の後姿がこちらをちらりと振り返り、かすかに微笑んだ後すぐにその笑みだけ残して別人へ向かっていったのが見えた。隣につれてきていたその人を呼んできていたのだと思うと、本当に上の人たちは手際がいい。
上手に束ねられている黒髪に映えた白い結び紐、この男たちよりかはむさくるしくないその姿は立屋であったあとぶりだった羽黒といった青年だった。名前を呼びつけた三名はその姿をみると、威勢などどこに飛んでいったのか、声を硬くして羽黒へと答えをかえしている。
「わかっている。だったら新入り歓迎している暇などないだろう。予定が早まるという通達を受けているなら直ぐに戻れ」
握っていた男の手を放すと、誰がだれだかわからない三名はこちらを振り返りもせずに走っていった。周囲がああ、やっぱりな。とどこか生暖かい視線を送っているあたり、どこの隊でもああいう志坂と似通っている男はいるのだろう。ただ、志坂にくらべれば少しだけ、ましな気がしたのは春明は、気のせいだと思うことにした。
首をかしげたが羽黒さんが自分を助けてくれた事に変わりはない。何故なのだろうかと考えてみたが、好意的に捕らえていい要素がなくてよけいわからなかった。つかまれていたところについた汚れを軽く払うと、あちこちからざわざわとして支度を急いでいる雰囲気が伝わってくる。
その雰囲気を同じようにまとって、羽黒さんは短く春明を誘うと、近条路隊の中の端、朝にいた立屋の場所へ歩き出した。
「どうこう考えているみたいだが、俺はお前の教育を任されたんだよ。下手して潰さないように見ておけってな。近条路様といい、片木梨様といい、俺がちょうどいいとかスッパリ仰るから、断りようもない」
そういった羽黒は心底面倒としかいえないと、そう言った風情だ。
「いや、それは聴いていなかったのだけれども。近条路様や、まぁ、片木梨様や井双路様はトップだからただの下っ端に構う時間なんてないのでしょうが。それで私を教育するというのは?どういった形なのでしょうか」
「頭の巡りは悪くないとは聞いていたが、本当にこちらの子供が知っていることから説明を重ねるのは俺としても、面倒ごと以上の何者でもない。分かる事柄は飛ばしていくが、それ以外で疑問点があることには答えていく。置いていかれないようにしたいなら頭に叩きこめ」
そういうと、羽黒さんは自分が連れて行かれていった立屋の前まで案内をしてくれた。後ろから先ほど悪言を言っていた、同じ隊の誰かしらが自分達のあとをニヤニヤしながらついてこようとして、その様を羽黒から怒鳴られてやっと引き下がっていった。
既に立屋まわりは片付けられていて、簡単なほろと、組木のようなものを畳んでいる状態になっていて、あとには火の周りに食器らしい椀がいくらかと火に炊かれている三角錐状のなにかと、とろ火が燃えているくらいになっている。まわりがまだ立ち屋を組んだままなのに比べれば、彼は整理整頓好きとみた。
片木梨様の隊の人間らしい人物にあったものだとしみじみするが、小さめの石にどっかと腰をおろすと、自分を正面に座らせて羽黒は早口にしゃべりだした。
「まず、俺の名前だが、羽黒 友成という。呼ぶときは羽黒、あるいはお前みたいにさん付けで構わん。次、近条路様含む上の方々の意向もあっての隊いりだと自覚しろ、さっきみたいなやつはまだいる。お前が流していてもそれが気に食わん奴もいる。もう少し形を潜めろ。あと半刻(一時間)、あるいは四半刻(三十分)もしないうちにこの軍は移動をはじめる」
「早いです。あー、前半は分かりました。あと、もうすこし生意気にするなというのも分かりました。後半の理由がわかりませんけれど、私が隊に入ったこととそれは関わっている事でしょうか? 」
早口についていく中での情報処理は決してうまいとはいえないけれど、こう言ったことだろうか? と聞きかえすと、羽黒さんは短く頷きさらに言葉を続けた。よっぽど切羽詰っているらしいので、さらに言葉が続いていき、なんとなくで自分がおかれている立場が輪郭だけ見えてきた。
「そうだ。お前を自国に引き入れたことによる関係だとは近条路様から聴いている。お前の把握した事は正しい。あと、馬を駆れるようだが足は丈夫には……みえんな。だが足萎えでも今回の行軍でお前以上に疲れている奴らも早足だ。引き離されんようにせいぜいついてくることだな。騎馬を許されているものは少なくとも俺を含めて副隊以上の人物しか許されん。いざというときは引っつかんでつれて来いとは聴いているが、そこまで俺はしたくは無い。お前を置き去りにしてもいいとも考えているのを知った上で早足でついてこい、いいな」
「本当によく口が回りますね。かまないのが不思議でしたけど、話はわかりました。つまり、長く滞在すると斡辰様にとって不利益ができる。その為、疲れている行軍に鞭打ってでも早くにかえらないと危ないという認識で構いませんか? 」
日本語を聞き取るのが面倒なんてどういう事でしょうかと、問い直したい。すごい速さで話しをしていくお陰で、現在どういう状態なのかを理解するのも苦労しているんですよと、春明はみなまでいわないでも心の内でぼやいた。
春明の回答に短くまた頷いた羽黒は、
「うむ、今の速さでしかと聞き取れるあたりは見所は多少ある。そのためにも今はメシ支度もだが、しっかりと食わねばもたん。任されている食事等については順を追って話す時間が足りぬゆえ、直ぐにもこれをくっておけ」
そういうなり、どこからだしたのか小さな椀をさしだし、三角錐で煮込んでいた何かを差し出した。駆け足による駆け足の移動はまだはじまりなのだから、食事を獲らねばはなしにならぬ。そういうことなのだろう。
けれど、そんな脳筋ばっかりの団体に本当に、春明は一言申したかった。
自分の怪我と今まで縛られていたのでまともに歩けていないのに、どうやって成人男性の行軍についていけばいいのだと。




