Ⅲ-Ⅲ 渦中は巻いて
斡辰たちの幕内で交わされた約の少し後、近条路の後を追う形で春香改め、春明を名乗る事になった彼女は、そんなことは知る由もなく歩いていた。
斡辰たちの前での凛とした威圧感は近条路様に最早ない。けれど下っ端に属している自分が話しかけるのはおかしいのだろうと思うと、無作法に話しかけるわけにはいかないだろうと思う。ほほの傷は痛いし傷が滲んでいるので、風があたるたびに顔をしかめそうになる。
「しかしなぁ・・・一時はお前がわしの隊に来るようになるとは考えもしなかったぞ。春明?」
近条路はあっさりとこちらに顔をむけると、「ん? 」といいながら自分の返答をまっていた。思わず話しかけられたことで生返事を返してしまい、そっちに春明は慌ててしまう。まるで考えている事がわかっているようで、それにも近条路様はにこやかだった。
「は、はぁ。いえ、はい」
「はははっ。軍属した事がないモノゆえとはいえ、年上にはちと言葉遣いを改めよ。これからお前の上に立つものは多数いる。敬意を払う言葉を使えなんだと後々苦労するぞ」
なんというか、斡辰たちのやり取りを途中まで見ていた人とは思えない気軽さがあるのだ。話して少ししかないのに、この人は自分だけというより、人の中に入っていくのがとてもうまいのだろうと思える。その証拠に、行く道行く道の通りがけに朝飯の支度も途中の兵士たちが、腕をとめて挨拶したり、馬の世話をしているものがその手をとめて礼をしたりと、すごく人に好かれている。足をとめずにそれにおう、とかそうだなってかえすあたりでも人当たりの凄くいい人なのだろう。どこぞの三つ首にこの姿を見習ってもらいたい。
「行く行かない以前に自分は切り捨てられるかと思っておりました。近条路様」
道中も気が抜けない状態と言うのはこういう形なのだろうかと、春明は近条路の後に従うように歩いていた。既に自分の姿へ怪訝な眼差しを向けているものがいるが、まぁ服装まで変えていないので変な男くらいには見られているかもしれない。そういえば、私は時代錯誤といえる服装なのだろうと今更ながらに自分の服装がおかしいと考えにいたった。
「ああ、服も後々調達しなおさないといけないのか、服装一つとってもこういう姿の人がいないのが逆に新鮮だけれど」
「おや、春明はその格好が常だったか? 里に下りる機会もなかったと見えるな」
独り言にも近条路様は反応してくれる。本当に世話焼きなのだろう。だが、服といえばと思い出せば、自分の持ち物がない。縛られている時には気にとめていなかったが、あの教科書一部とスマートフォンを含む自分の世界に関する持ち物がまるでなかったのだ。若干動揺したが、それにあわせるように、いつのまに戻ったのか影から聞きなれた声があわてている自分を沈めるように声をかけてきた。
『御方、持ち物は私の領域にて保管してございます。気を乱しすぎです。御方の乱れを感じ取っておいでなのですよ、近条路様は』
(ええい、いきなり話しかけないでくれ! びっくりする。けど、安心した。ありがとう、アレがないって思ったら正直困った)
心話が繋がると妙な安心感があり、春明としての自分がそこにあるのとで少しだけ自分がはるかでない気がしてくる。近条路様がいつの間にか隣に下がってくるのも、その安心感で恐らく気づかなかったのだろうが、短い注意をされてしまった。
「少し控えろ。揺れる」
何がとは言わないが、おおよそでさっきの術力の話で見当がついていたので、黒乃との会話は即座にとめた。片木梨様や井双路様もいっていたのだが、どうも心話は使う度に自分以外の人間へ波長のような何かをもたらしているらしい。ただ、近条路様以外の兵をみていると、特異体質である? 近条路様のじゅつがんもちというのが、それを見抜ける要素なのだろう。普通はそこまでもてていないのではなかろうか?
それ以上は考えなかったが、取り留めのない話を近条路様から受けながら彼の受け持っている隊への道のりはそれほど長くはなかった。
ついてからが、真の問題だっただろう。構えている部隊にたどり着いてからの目線がすこぶる痛い。何でだろうかと思うと、近条路さんの隣に立っているからだろうと言うことで結論づけたいが、背後に別についてきている男たちが山のようにいる。これはどうするのだろうか?
お手並みを見る形にと、近条路様をみても彼は受け持っている部隊へとしか眼をむけてはいなかった。
「みなのもの、こやつだが先頃の騒ぎを皆も覚えておると思う。
志坂が起こした落ち術騒ぎのことになるが。片木梨様含む井双路様の検分のもと、こやつは術式を扱える才のある、術式士なるものだそうだ
式使いと名乗りはしたが、こやつは相当な深山の出のようでな、そこいらの区別がつかなかったということよ」
近条路の発言に内心何をいったのだろうかとも思ったが、考えてみれば式陣使いであることを明かさない方が斡辰たちからしたらいいのだろうと、思い出した。確か、術式使いとして話しを進めるといっていたはずだ。
考えると、どうも式陣使いであるという事は本来ならば斡辰側で呼び出されたということになるのだろうが、今回は一ノ白のものであるはずの式使いを勝手に契約を結んで奪ってしまったかたちになる。当然の事ながら、そんな事をしたのがばれたら立場的に危うくなるのは斡辰だろう。
人のモノを獲った泥棒だから攻め立てられても文句はいえない。
ばれないようにするにしては内部に入って動きすぎたせいもあって、なんらかの力を、持っていることは分かりきっているし、かといってそこで式使いといったらそれこそ一ノ白からの攻撃をいつでも受けておかしくない立場に持って行かれる。幸い、式使いじゃなくても術を仕える人間はいるようなので、式使いならぬ、術使いということで術式士になるという人間に仕立て上げたという次第なのだろうと、よくもまぁ即席で繕ったものだとおもった。
一般人には式使いという立場での力の使い方がみれないなら、これはもってこいだった。
「近条路様、それは真なのですか?そやつは敵ではないと? 」
近条路の言葉にわって入ってきたのは、見覚えのある人物だった。こちらも片木梨様と同じように不信感をもった瞳でみていたの名前だけは覚えている。羽黒といったか、たしか。
近条路の陣がにわかに活気立っている精もあって周囲の中隊からも何名かが何事かとこちらをのぞきに来ている。とりわけ印象に残っていた会話は、
「よぉ、おまえが新しく召し抱えられた術式使いというやつか、貧相な身なりの男だのう」
「仲谷、そういってやるな。元々は山中でひっそりと暮らしておったそうだからな。外界と接することなどないし、その日その日でくらしておったゆえよ」
「いやいや、斡辰さまも何のかんのといいながら、やはり術におたよりになることを考えなさったか、武力は武力だが、やはり術力戦は術の力がものをいうからのう。」
「江頭様まで、此度のことだけじゃありませぬよ、斡辰様はもともと多く考えてはおいでだったそうですから」
やっぱり隊長格同士の会話だった。何名かの下級兵にも答えていたが、数名の隊長格の人物との対話がすごく耳に残る。聞きなれない単語は少ないが、やっぱり人同士の中でも考え方が違うらしいのが聴いて取れるのは情報としてはありがたい。
近条路が忙しく言葉をつなげていってくれる中余計なことは話すまいと、春明は静かにしていた。
でも、矢次に聞かれる質問に答えていた近条路様が、いい加減疲れたところで、それ以上を知りたいならば斡辰様へ聞かれよ、という発言をしたところでやっと周囲からの質問攻めは引いていったのだ。
上層の何名かはすぐに、斡辰のところへと向かっていったらしい素振りを見せていた者もいるので、この陣のなかにいる面子で知らないところはなくなるだろうと考えられる。しかしながら、こういう珍獣でもみられるような扱いは程々にして欲しかった。いまだそれでも話そうと近条路様を通さずに自分へ話そうとするそれぞれに無礼にならないように話はしたけれども、やはり、式使いと話していたことへの意見が多くて、その度に
「いえ、自分がものしらずで」
「いえ、まさか式使いがそういうことだとわからなくて」
「学がないので申し訳ありません」
対応する度に自分が馬鹿なんですよという発言をしていれば、だんだんとテンションだって落ち込んでくるものだろう。おまけに、男男ばかりのむさくるしさは言いようがない。兄弟がいた自分でもここまですごい男臭のする場所はかいだことがなかった。
やっと隊長各の人たちが去っていったところで、何名かがまだじろじろとみているので、思わずにらみつけると、その一人が待っていたようになじってきた。
自分でも納得してない事はあったが、それ以上に納得していなかった近条路様の兵についてなんて、そのときはやはり自分の力不足で考えが及んでいなかったのだ。




