Ⅲ-Ⅱ紛れて染まれ
行軍は素早く進めなければいけないと、いう話しを続けながら三名の竜たちはそれぞれ言い合っていたが、その陣幕の外、誰かが声をかけてきた。
「お話中失礼いたします。件の者をお連れいたしましたがいかがいたしましょうか? 」
その声に話していた三名が言葉を止め、陣幕の外にいる人物を幕越しに見据えた。そう、厄介ごとがもう一つ残っていたのだ。
「通して構わん。話はついているところだ」
井双路がそういうと、口元を白布で覆っている武者と連れられて引き立てられた荒縄で巻かれた男がつれてこられた。
前に引き出されてきたのは式使いとなった春明たちがあわぬようにつれてこられていた男だった。隣に立っていた武者は膝をつく礼をとるが、男は斡辰たちの顔をみることさえできずに平伏しきっている。
三名たちはそんな様子の男に対して声を掛ける様子はない。
本来であるならば、権力をにぎっている王の座にある者への畏怖があればこういった気色を無くすまでの狼狽をみせるものだ。
春明はよほど肝が据わっているか、それともこちらのことを本当に何一つ知らないのだろうと、斡辰は思い出していた。
自分の左手にできた術血印も、春明が立ち去ったあとで手甲をはめてしまい確認はできないが、契約をしたことはこのモノは知る由もないだろう。
「おい、面を上げろ。許す」
短く切って告げた斡辰の命令にもこわごわと男は、顔をあげる。
その顔は、春明を助け、この陣までつれてきたという吉郎だった。
沙汰が降るまではと志坂の部隊からはずされ、道中を仲也様の部隊で過ごしてきていたが、式使いの彼女が目覚めたことで呼び出しはとうとうやってきてしまった。分かっていたとはいえど、いつまでも時間は先延ばしにはできない。縄を巻かれている自分がいつまでもお沙汰の下るのを待つ様な身分でもない。まして、斡辰の国に身を置き禄をもらっている身の上なのだ。降格、姓名乗りを外されたとはいえど、それは当然のことだ。
地面にこすり付けるくらいに伏せた己へ向けられている圧迫の恐ろしさに、喉が締め付けられる。それなのに口の中はえらく渇いていた。斡辰様からかけられた声でも、それに面と向かって彼らと話すことは出来そうにないと思っていた。
暦が変わり、戦の序戦が始まってから吉郎はこれといった大きな御印や功ををあげた事がない。むしろ、足手まといに属している方とまで言われてもおかしくない。実際志坂の隊にいれられてしまったのも、そういった方面での進言があったのであろうと、吉郎は思っていた。元々あった姓はなくなり、新たに志坂という姓ができたのも自分のふがいなさ故だった。悔しくとも、実力ではやはり志坂に足りない。いっそ下克上のごとくに志坂へと上力試合を申し込むことも考えたが、あの志坂が受けるはずもない。そうこうしている内に、此度の戦に流れ、あの式使いとや等に巻き込まれる羽目になったのだ。
だが、それもいい節目だろうと、吉郎は思っていた。元に戻れるでもなく、使い走りとして過ごし、姓を剥奪された身の上に、実家は優しくはない。功をあげていた父はもういない、あるのは年老いた母とまもなく戦役へとでる弟だけだ。
「時に、おまえの家について今度軍役につくことになっている為二郎といったか?弟、母君は息災か? 」
斡辰の思わぬ言葉に吉郎は身構えた。姓をおろされたときでさえ自分の部隊長からの直面と、書状の読み上げだけだったというのに。今更ながら、己の家族の名まで知っているなんて。
自分が犯したことは家の事にまで及ぶ事になると思うほど、吉郎の額へと玉のような汗が浮かんでくる。顔色が悪くなっているのを見かねたように、斡辰は金の目に宿る眼光を緩くさせて吉郎へさらに声をかけてやる。
「そう堅くなるな。おまえの父である吉為は、戦功をあげておったし、なにより話をしている。位は低いといっていたが、あやつめおまえたちにも俺たちと話していることははなさなんだと見える」
小さく喉で笑う斡辰と、その言葉に吉郎は乾いた口中でちいさくその言葉を尋ねなおした。まさか、そんなことがあろうかと。
「父が、我が父が斡辰様たちと御面識があったと? 」
「そうだ。亡くなられたときの戦場より前では、俺の父とも仲がよかったと聞いている。息子は俺にそれほど似てないとぼやいていたのもな」
斡辰に続くように片木梨がそういうと、やはりそうなのかと思ってしまう。吉郎自身も気づいていたのだが、父親の戦場での振る舞いのような華々しい戦果をあげるだけの器量が自分には、父親目線でも備わっていなかったのだ。
「だが、奥方に似たせいか知識欲は強いともきいているな。まぁ、ここでそういう話をするためにおまえを呼んだわけではないのだがな」
井双路がそう締めると、少し緩んでいた気が引きしまる。吉郎は顔をあげしっかりと斡辰を見ると、自分に残っている気持ちをしめす為、その声のひとつひとつに魂をこめるよう、主君へと報告と謝罪を深くに込めなおした。最後の言葉になるのかもしれないのだと。
「今回の不始末と、並びに志坂様を守れなかったこと、怪しい式使いを陣中につれてきたこと、あげるならば切りがありません事は重々承知しております。役解かれは仕方のないこと、私一人が斬られる事も覚悟はしております。ですが、年老いた母や、咎無き弟の為二郎には何卒寛大なお心を御示しください」
誠意を表せる事が自分に今出来る事はまるでない。謝罪は言葉の形しかなければ、金銭のような財を持ち合わせているほどの家柄も無い。ただ、己の命のみ。捧げるとすればそれを以ってしか家にいるものたちへの罪をのがす事はできないだろうと吉郎は考えていた。
吉郎の答えに三名ともに黙ったままだったが隣にたたずんでいた、片木梨が息をついて、伏せる吉郎へと言葉をなげかけた。
「此度のことは常時なれば、おまえにそれだけの咎が行きようもあるだろう。だが、全て全てをおまえに背負わせるほどの罪はおまえにはない」
「そうだな。片木梨の言うように、今回おまえに行く咎としては、
一つに、この陣中に式使いを名乗るまがいを連れてきたこと。
二つに、志坂とともにおこなっていた村への略奪をいさめなかったこと
三つに、陣中でおきたあの、落ち術をつれてきたこと
大きいところだけ上げても確かにお前の首だけじゃ足りない。特に三つ目は取り返しがつかない事態にもなりかねなかった」
二人からの言葉のどっちを真実と獲ればいいだろうと混乱する。片木梨様のいいようならば自分に来る咎は少なくなるだろうが、井双路様の考えを獲るとしたら自分はどうやっても生きていること事態が罪のように思えてくるのだ。どちらを見すぎているのもおかしいので必然的に斡辰様に目がいってしまい思わず困惑した顔をさらしてしまったが、自分の御大将はそのやりとりにはまったく動じてさえもいない。
「だが、こっからさきをとりかえす為に、お前に出来るかどうかは判断できかねるが、それでもお前が返さなければならない事ならある」
「…………」
沈黙を肯定ととった井双路はその吉郎の顔をみながら、相変わらず笑っている顔で一つの条件を突きつけてきた。
「オマエには、その式使いまがい、ただしく言えば術士の春明というらしい。そいつの動向を見張れ。一日一度、必ず使いがお前の傍に行く。
巻紙を一つくれてやる。その紙にお前の動向を含めてのあいつの行動を全てみたまま書いておけ」
有無を言わせぬその言葉に意地悪く笑うような顔が重なり、隣に居る斡辰も井双路と同じように笑っている。しかし、その目は冷たい。先ほどの心を覗かせたような言葉なんて一言も無かったような眼差しだった。これに従えぬといえば、まったく笑っていないもう一人の竜に斬られるのだろう。必要以上の事を知っている、そして彼女ではなかったという偽の事実、筋道が絡まったままなのだが、彼にそれをくつがえす力は、今はなかった。
*御印>>ここでは、首級をみしるしとしてかいています。
*功>>戦果、拠点地をつぶしたりとか、自陣に有益な働きをした事ですね




