Ⅱ-ⅩⅦ表の裏に影には秘密
「それは自分に対して詐欺じゃないか?黒乃さんよ」
『御方?そうおっしゃいましても御方のご叱責を和らげるにはこれが一番かと思いまして。そのように私に対して術力を放出するのをお納めくださいませ』
そういいながらも実のところはすごく助かった。やる事なすこと墓穴を彫りかねないということに気づかされた今なら、早々に失敗をする事はないと春明も考えてはいたのだが、いかんせんやはり現代人と中途半端な戦国時代では形式とかも違うらしい。イコールで繋がっていると考えていた自分の見識が違っていたのかと思うと、それはそれで思考不足とか想像力不足で嫌だったが。
黒乃の姿をみている斡辰達の顔つきも少なくともお説教の空気が和らいだらしいのはわかった。出会ってから何度めになるかの溜息をつく姿が定着したようで、斡辰もまんざらではないようである。
「式の力が増している証拠を見させてもらったのはわかったがな、今回限りにしてもらいたい事柄が多過ぎるのも何とかしろよ。黒乃? 」
『承りました。御方の導きには私も微力ながら添っていきまする。して、そうなりますればこの姿をしつつ、御方様がある場所はどうなさるおつもりなのでしょう? 』
男ばかりの軍隊といっていた井双路達の意見を含むなら、春明の居場所は男の名前を名乗るよりも重要になってくるだろうと、黒乃は言った。
黒乃が春明に施した術式は、簡単に言えば自分の影を変形させる事で表面を薄い術力の膜で覆うことにより、影と同じ形を取らせているというきぐるみを着ている状態に等しい。ただ、肉体自体が変形しているわけではないため、強い変化をもたらすことは出来ないのだ。
「黒乃の説明では、この姿で出っ張っているところを縮めたり体格を少し大きく見せることは出来ているし、並みの術力もち程度ではこの、……黒乃、この術式名前なんていったっけ? 」
『術式 三の技 影衣といいまする。これよりも姿を変える技もございますが、今の御方ではその術を使う事はできかねるでしょう。使用する力に引きずられて、術力が底をついてしまいまする』
黒乃の説明ではそういうことにしておこうという話だった。実のところ、もう一段階くらいはレベルの高い術を行使する事もできるが、それをする事で斡辰たちからの期待をあげてしまうと、いざと言う時にこの軍を抜けることが出来ないという話しを春明は心話で受けていた。
春明たちの内の決定と別の方向で切り出したはなしに顎に手を置いていた井双路がちらりと黒乃をみやる。
「あの量で、引きずられるのか? 底をつくというのもにわかには信じがたいが。
術力操作の未熟はわかっているが。
型の話だけになりそうだから術力の事はとっておくにしても、春明君をどこかしらの部隊へほいほい入れるわけにはいかないしねぇ……。だからといって俺やお前の直轄にいれるにしては力不足だろ。片木梨」
井双路の言葉にあいかわらず怖い顔をしたままの片木梨も頷いた。
「力不足だな。この後を考えるならおいそれと入れるわけにもいかん。かといって目の届かないところにいられても動きがわからない。
斡辰様、私の意見ですがよろしいでしょうか? 」
「構わない、コイツの行き先に宛でもあるか」
幾つかの行き先を上げている片木梨の話しがすこし距離が開いて聞こえてくる気がした。井双路の眼差しも片木梨の視線と違うのにどこか触るものがあって、なんだか居心地ばかり悪い。
春明が顔をむけても目線は片木梨に向いているばかりで本当はこっちに顔さえ向けてないのだが。
「今話した中だったら、俺の直属だとまずい。それなら片木梨、お前のところの近条路が一番通じがいいだろう。なにより、アイツを預かっていたのもあって事情の察しはいいだろうからな」
「そう思われますか。では近条路の隊につけつつ、報告は常受け取るようにさせます。後々には術についてもそれを通じればよろしいかと」
向こう側の話しの内容が些か分かりづらいのもあったが、春明にも、井双路が黒乃の言葉を疑っているのが分かった。底とか量とかいわれても自分にしたらどういう状態が底をついたのかというのがわからないので今の術式で疲れたのを考えたら、恒常的に使う術式というのはきっと、疲労が倍になるくらいで考えていたのだ。
片木梨が短く礼をすると、また陣幕の外に歩いていった。その後姿を眼差しだけで追うと、こほんという、咳払いが聞こえた。
「えー、今の話を聴いても雑感だけしかわからなかっただろうから。
手短に目的だけ話す。
一つ、このことは今は他言無用。なにかあっても式使いということは話さない。
二つ、詳しい話しをするにはここは開かれている。追って話はつめるので質問は受け付けられない。
近条路の隊にいくくだりはわかっただろうから、そこからあと三日は話しをつめられない。俺達の領にはいっても油断できないからな」
「はい。わかりました。近条路様にしたがっていくことを第一にして、その後はまた命令がくると認識しておいていいという事ですね? 」
機械的な返答になってしまったが、井双路はそれににっこりと頷き「そうだね」とだけ返した。斡辰はそれ以上は何も言わないし、井双路も何も言わなくなってしまったので沈黙が少し続いたが、ほどなくして、片木梨が表を守っていた近条路をつれてきた。
近条路は春明の前で片膝をついて礼をとると、全てを分かっているというように、
「御心のままに」
と、斡辰に顔を上げないまま言った。
斡辰からも深くは話しはしなかったが、式使いということだけは知られないようにということがどうしてか彼にも徹底されている。詳しく聞ける時間を持てないという事情はわかっているが、それは流される感覚にも似ていて、春明はやはり置いていかれているようにしか感じられなかった。
「お前は早速だがコイツをつれて陣へ戻れ。
大体はわかるが、足富を抜けてからの角間川までは急ぎ足になる。それまでは警戒を緩めないように全体に伝えを片木梨、井双路からも出す、お前からも先つげで話は部隊長でつけておくことだ」
「御意」
斡辰の命令に是非も無く近条路はそれを受け取り、すっくと立ち上がると、春明の前に立った。顔を向けた近条路の大きな体が前にいる三名を見えなくしてしまい、もうあの三名をうかがうことはできない。近条路の顔も、契約を済ませる前の柔和な笑みが引き締まった顔つきになっていて、尚更自分がこの軍隊の中に放り込まれてしまったのをわからせる。
分かっていたのに、少しのどが鳴った。
「春明、今より斡辰様方の命によって、お前は我隊に入ることとなる。男の名を名乗ったというからには容赦はできぬ。心しろ」
片木梨の話し方よりずっと重々しいその言葉にずっしりと心臓が重くなった。ああ、これで自分は後戻りは出来なくなってしまったと。立とうとする足がふらつきそうになって、思わず左足に力が入る。
女ということを見せないようにすると決めたのは自分だ、だからこそ、この人達の中でこれ以上は弱みも甘えも見せないようにしなければ。
「はい。よろしくお願いいたします」
固まった声になってしまったが、圧されていた近条路からの視線を真っ向で受け止め、春明こと春香は答えた。その姿勢に、近条路の髭を蓄えたくちもとが僅かにあがった気がする。
その顔を確認する事はできなかった。すぐに近条路は斡辰たちへと挨拶をすると、自分の背後へと歩いていってしまい。遅れをとらぬように春明も挨拶をして、彼の背中を見るしかなかったからだ。
「私も失礼いたします。ありがとうございました」
何故か口をついて礼をいった時だった。
「待て、春明。お前の式である黒乃だけはこの場に残せ。ちと、お前抜きで式に聞きたいことがある。大した事ではないが、力についていくつか確認がしたい」




