Ⅰ-Ⅲ 投げ出された世界で 3
山の中をわざわざ道を使わずに走る少女、追われている彼女は?
悲鳴がこっちに向かってくる。山の木々の間から、明かりも持たずに先に音が此方へと近づいて、茂みの中から少女の顔が現れるのが見えた。顔の色合いはわからないがその目には恐怖、息は荒い。あまりにも急いできたらしく、着物が乱れ、胸の膨らみが見えていた。腕には黒と赤のすじ傷があり、怪我をしているのはハッキリしている。
泣き顔に滲んでいるのは恐れだ、目元のうるみは僅かな月光に光っていた。道に居る春香の事は見えていないのか、わざわざ茂みの中をこけつまろびつして音を立てながら反対側へと向かっているようだ。
(人間だけど、時代的には近代の着物か? 少なくとも現代とか西洋では無い服装だし、東洋系なのは確実ね。これは。
ついでに殺されそうになって逃げるドラマの被害者の役者みたい……)
初遭遇になるこの世界の人間は同じ姿をしていた事には少しだけ安堵した。が、道を通る暇も無いくらいに山を分け入っていくのは加害者が近いということだ。私も油断は出来ない。
道にでていた姿を少しでも茂みに寄せて、春香は音を立てないようにする。
山道に立っていた自分の左手がわを、女性は道から離れた茂みに足を取られつつ逃げていった。春香には目もくれず、道を外れて左手の山の中へ、山の中へ。
そして、彼女の後ろからそう遠くない木々の間、ちらちらと踊る火が光と共に追ってきている。持ち手は複数、太い声から男達だというのは間違いない。
『追ってみるか? 恐らくあの火を持つ者から逃げているようだが』
「追うかどうか以前に私が狙われる可能性は? 」
『可能性は、半々だろうな。追っ手がこちらを見つけた場合は確実につかまるだろう』
「なら隠れる」
山道とは別から来ている人が此方に気づく前に、手近な物陰に身体を寄せた。そばで浮かんでいる黒之が浮いてるのを木のそばに引っ張り込んで、見えないように茂みに押し込む。
『御主様、何を』
「しっ、みえるでしょ!」
春香が短く黒之を制した後、女の通った場所の木々を縫うように複数のたいまつを掲げた男達の姿が、金属の音と湿った土を踏みならす足音に続いた。
服装は胸当て、腰のあたりには垂らしたヒレのようで、滑らかな金属板が重なって取り付けられ、ぼろい鎧のようだ。来ている人物も、鎧に揃えて持ち主らしく無精髭に、薄汚れた肌。ただ、顔つきだけは日本人らしい顔立ちをしている。
風体から人を判断するのはよろしくないが、手に持つ太刀は銃刀法違反で間違いない。犯罪者と見て問題ないだろう。
(……戦国、時代っぽいけど、それにしては鎧の作りが西洋と混ざっているような? でも持っている武器は刀だよね。わざわざ出しているあたり剣呑な事してきたとか? )
はたして、春香の想像は正しかったようだ。男の一人が下卑た笑声を発し、その手が握る野太刀の刀身が松明の零れ火をうつして怪しく光を返した。
ぬらりとした輝きは、単純な刃の輝きとは違う。まだ、その身には雫のような黒い水滴が線と玉を作っていた。既に何かを、何者かに使った凶器は拭われないまま持ち手の先を揺らしている。こちらへ風が吹けば、生臭い鉄の臭いが鼻に入ってきた。
『ああ、嗅ぎ慣れた臭いだ。血糊になりかかっている……』
(殺傷未遂か、殺害後か。うわぁ、変な興奮状態っぽいから絶対寄りたくない)
まだ真新しい血臭に思わず手を口元に当て、身じろぎした。動きを見られなかったかと物陰から、藪の中に立つ松明の下を見つめる。確認するように男がこちら、岩の坂道のほうと見て、少女が逃げた方を探している。
春香が居る道側の方を先に行っていた鉢巻き男が確認している。けれど、此方を見ているわけではないようだ。
「お前ら、おせぇよ。逃がすんじゃねぇぞ」
「おう、次はオレだからな。おい、そっちじゃねぇ」
「足の強い女だな、いいな。具合も間違いないだろうぜ」
足下の枝や葉を踏み散らして、松明をもつ一人へ、別で刀を構えた二名の男が加わる。どいつも、顔つきは違えども女が目的だとわかるいやらしい顔をしていた、
自分もあいつらに見つかったら……。そう思うと、肩に力がはいり、口元が引きつった。春香が気配を殺すようにして木の影で息を潜めると、たいまつの爆ぜる音が山道へと向かって近づいてくる音がしてくる。
「どこいきやがった! 女二人じゃ足りねぇから手前にお呼びが掛かったんだぞ!」
「仕方ねぇよ治郎佐。あの女まだ男を知っている風じゃねぇしな。志阪様がわざわざこっちに回してくれた目こぼしなんだ、あせるなや」
「ちげぇねぇ。だったら俺が一番だ」
血濡れた武器を掲げながら、物騒な事を言っている犯罪者め。あからさまな意味を含んだやりとりは、気持ち悪い以外の言葉が出ない。春香は背にどっと冷や汗が流れるのを感じ、産毛が立っていくチリチリとした肌を抑えた。怪我をしている子にそんなむごい事を…………。
『御主様、あの娘を助けたいですか? 』
唐突に、頭にまた黒之の声が響いた。
傍にいたはずの黒い竜は、春香が目線だけで探れば頭上からいなくなっていた。ハッ、として男達のいる方を僅かにうかがえば、本体一部が男達の真上、羽音もなく浮いているではないか。
(見つかる、何やってんだ?!)
音も立てられず心で声なき罵声をあげれば、中空に浮いている本体の頭が、うるさそうに目をしばたたかせた。
宙を泳ぐ様にまた一羽ばたき、それだけですぐ手前まで戻ってきた黒之の姿は光を反射しない。金の目だけがこちらで音のない会話を答え返した。
『御主様? 私の姿でしたら主さましか見えておりませんと思いますが? 』
(そんなの聞いていないし、見えているのが見えないとか理屈がわからないんだけど……胸が痛くなったわ)
『式陣士ではない人間。御主様の式である私はある程度の術力のあるものならまだしも、こういった下級兵には闇にしかみえますまい』
見えない前提があるなら直ぐに言って欲しい。ちぐはぐな意識の違いは、こちら側の黒之と異世界人の春香、どちらが正しいのだろうか。いや、すりあわせてる場合じゃない。
(いずれイロイロ言いたいことがあるからね? でも助けるかどうかか……)
正直に言ってしまうなら迷っていた。自分にそんな事が出来るのだろうか? と、正義感が強いかと問われれば普通だし、実力があるかといわれれば無い。本当に只の一般人だ。
(実戦経験も、なければ婦女暴行受けたことも無いからなぁ)
けれど、同じ女性があの男たちの歯牙にかかるのを黙ってみているのは心情的に嫌である。
パチパチという音が少し遠ざかり、女の足跡を見つけたらしい男たちの会話が遠くなってから、春香は静かに心で黒之への思いを形にしてみた。
(黒之、私はあいつらを倒すまでは行かなくても、彼女を助ける事はできるの? あと、私の心読んでたりするわけ? さっきから会話をしなくっても分かった風にいってるのは)
『出来ます。御主様。心話が出来ていらっしゃる事に、やっとお気づきいただけたようで幸いです』
(もういい。……使えないのは十分分かった)
『何が使えないと? 重々御主様は多数のことがおできになっておりますが』
黒之は抜けている自覚がないようだ、さっきからどうも、口に出してないのに会話が出来ていたとは思ったけど、テレパシー出来ますっていう言質を取っていないのに。
同時に確信できた。自分の事を改造したと言っていた黒之は、少なくともテレパシーに、暗視の二種類は確実に使えるようにさせられている。術力を使う以外に身体を随分と丹念にいじくり回されているらしい。
『御主様?』
『あとで校舎裏にこい。本当にこい。というか校舎裏に連れて行って欲しいくらいだわ。あっちの』
『何をお怒りで?』
先ほどから自分を怒らせる事ばかりするこの黒い竜は、聞かれないからこそ言わないでいるのか、人をおちょくっているのかの判断に迷う。
きっと前者なのだろうと、春香は思う事にした。逐一怒っているばかりで自分の気力だけがもっていかれている様で、それも気にくわなかった。
『……いい。あー、でも助けられるなら助けたいけど』
『承りました。ならばあいつらから迂回する形にはなりますが、女の方は足を痛めております其れほど遠くへはいけません。
奴らを多少惑わしますゆえ、御主様が先にあの女性の元へむかっていただければ』
『それで、その女性を私がかくまうの? いきなり出て行っても難しくないわけ?』
『御主様、直ぐにその女性を御主様自身が捕まえておいて欲しいのです。こうしている間にも助ける為の時は長くなる一方、女性を助ける事は出来なくなりますが?』
黒之の回答は若干嫌味ったらしく聞こえた気もするが、此処で言い争っている時間も無いのは確かだ。
春香は、早速女性が走っていった方角へ男達の脇の道から併走するように歩き出す。
ずるりと、身体また中空に浮かばせた黒之は、そんな自分とは反対の方角へ音も無く又飛んでいく。ついで、女性が行く方より右手の岩坂の上の方から石と砂利を削る音がした。
「おい、そっちだ! その坂の上らしい」
「わかった。こっちがまわらぁ!」
黒之の囮にかれらはあっさりと食付いた、同じ方向へ向かっていた男たちの姿が右奥のほうへ遠ざかり明かりが動いていく。夜の山だろうが関係の無い視野には、まるで見当違いの方角に向かっているらしいことがすぐにわかる。黒之が男たちの行く先々でひょい、ひょい、と木々を揺らしているが、移動していく音は人が動いているように聞こえるようだ。それを追って見えない女を、茂みをかき分けて男達が探している。
男たちがある程度の距離でぎゃあぎゃあとわめいているのを後ろに、道を渡り、獣道もない山の中を急いだ。
(どこ? どこに、あ。あの服は)
自分が思っていたのよりも近くに、少女は見つかった。
苔むした大切り株の端、女性の衣類の端が見える。うずくまって頭までしっかり隠れているので山の闇の中だったら見えなかったろう。私以外なら。足音は少女にも聞こえているのだろう。相手も服を引き寄せて、一層に堅くなって見つからないようにしている。近づいて少女を確認すると、しっかりと頭を抱え込んで見えないようにと身体を小さくしている。草臥れた着物をきて、手は土と落ち葉のに擦り傷が目立った。このままでは話しかけられないので、とりあえず頭を上げさせよう。大声上げられるのもコッチが困るし。
「しずかに、お願い見つかっちゃうから静かにね」
「ひっ」
「しし、しーー。ダメ! しー」
トン、と肩を叩けばびくっと、跳ね上がる身体に顔が上がり立ち上がって逃げようとした。
行動が分かれば止められる。春香は娘のそばに近寄ると、口をふさいでしずかに、と短く切った。傍まで来ていた春香に絶叫するまもなく、くぐもった悲鳴で自由になろうともがく娘に、みつかってしまう、とさらに耳打ちする。全力で暴れてくれる女の子は力も強いが、年齢差でなんとかしなければ。身体毎切り株に少女を押しつけつつ、春香の全力で口元を手で塞いだ。
「ん!! やーぅ! んんー!!」
「しー、お願いみつかっちゃう!」
押しつけた身体が怖さで固まって、手には涙がこぼれて濡れる。身体をこわばらせていやいやと首を振る彼女を、そっとその肩をトントンと叩いてやる。叩かれる度、びく、びくっとふるえた顔は恐怖に引きつり、どうにもならぬと震えるばかりで話をきいてくれない。仕方ない。
春香は、耳元に口を寄せて聞こえるようにこう言った。
「わたしも、おんな。だから、ね? お・ん・な」
「んー! ん、ぅ! ん、ん」
小さく区切った【女】の単語に、堅くなった躯が僅かに反応した。女、という単語に震えがすこしだけ収まる。
口を塞いだ春香の手をそっとふれ、目線でその手と自分の顔を行き来する。震えは止まらないが、相手が追っ手じゃないと分かったようで、耳を塞いでいた手が少し離れる。
「そ、女で。あいつらじゃない」
「ん、うう、ううんうー」
「おい、そっちから声がしたぞ、茂みあたりでつっころんでるかもしれねぇ。こっちはシシかもしれんから、そっちもみろや」
離れていたはずの男の声がこちらに向かって発せられた。やはり聞こえてしまっていた。再度娘が大粒の涙を滲ませながら口元をゆがませ浅い呼吸を繰り返す。こちらを見上げている目が充血して、滲んでいく。黒之の誘導だけでは足りない。自分で招いたことながら、春香はどうしようかと逡巡した。
すると、フワッ小さな風が頭上から吹いた。いつのまにやら頭上にもどってきた黒之が、大きく自分の翼を広げたのが見えるではないか。
『御主様、おそれながら言の葉をださずに、お聞きください。貴方の気配ごとこの場をくるみます。動きめされるな』
黒之の低い声音が頭に響き、ついで
『一の座・夜幕皮』
何かを吸い上げられるわずかな違和感を覚える、すると目のまえに薄もやが被さってきた。ぐるりとかこまれた中にいる娘も目の前が急に暗くなったのを感じたのか、いっそうに身を固めた。ただ、さっきと違い声は出さなかったことは助かる。
覆われたのは黒之がもつ大きな皮膜の張った翼。自分と娘を包み込んでくれたらしい。
「こっちだこっち! 女の悲鳴がした」
「何処だよ! お、その切り株んとこどうだ」
あっという間に男達は此方へと戻ってきて、自分たちがうずくまっている切り株のそばまでやってきた。
「どーれ、……いねぇなぁ」
「松明、ちゃんと照らしたんだろうな!」
「ねぇよ。腐れ切り株に泥しか見えねぇ」
松明の明かりに、切り株へと近づいた男があと一歩ほどの所まで近づいている。が、口をへの字に曲げた顔をして彼は見ているはずの自分たちから顔をあげて、仲間へ「いない」と伝えた。
まだ目の前の男は離れていない。恐怖に、少女と二人身じろぎもせずにお互いを固め合う。
「泥だぁ? 足跡ねぇのかよ」
「ねぇよ。踏みならした後もねぇ」
「てめぇが女の声がしたっていったんだろうが。耳ん中くらいきちんと掃除しとけ」
「うるっせぇな。お前らだってあんなあからさまに逃げてったのがシシだってわ分からなかったんだから目ん玉入れ直してこいや!」
互いをののしりあう怒声がつらなったあと、男達が探しながら元来た道の後方に少しづつ向かい、山道から逸れて行く。松明の明かりが山陰に見えなくなり静寂が戻るまで、春香と娘は固まっていた。。十分くらい、そうしていたかもしれない。手で口を押さえていた女が春香の手のひらをとんとんと軽くたたかなければ、まだそのままだったと思う。
「あ、ごめん。あいつ等に聞こえないようにってつもりですごい押さえ込んでた」
「ぷはっ。いえ、その、ありがとうございます。何をしたのか分からないですが、助けてくれてありがとうございます」
「いえ、大したことはして、無いと思うんだけど」
「いいえ、術をつかってましたでしょ。術式を使える高い方には中々会えないとととがいってました。あなた様は一体いずこの方なの?」
とっさで言葉が出てこない。あ、っと思いごまかす。
「どこといわれても、その山から来た、ものです」
「お山の方ですか、……斡辰の出で? 修行の巡りで一ノ白からのお山からそれともおいでに?」
少女の声はまだ震えているが、何かを確認するように聞き慣れない単語の群れが春香に放たれた。【いちのしろ】や【あつしん】といった名前? にどう答えたものだろう。そんな名前聞いたこともない上、組織名? だとしてもうかつに答えていいのだろうか。
『御主様、どちらも国の名となります。属しては、今はおりませんな』
脳内で響いた声に、一瞬目が見開くが、娘がおびえているのをみてすぐ顔を春香は取り繕った。【いちのしろ】だの【あつしん】だのが国名? 見た目は日本に近いし、あの男達も農民兵みたいだったのに――。
けれど古い日本の県別の表記でも、豊後、越中、下野、とかみたいなのだったし。と、歴史の教科書を思い出してみたが、少女の口から出た地方名は何一つ当てはまらない。
「安土、桃山? いや、でも異世界だから通用しないわ」
「モモヤマ? その、遠い国のお方なの?
斡辰以外にも、国は幾つもあるとは聞いたことあるけど」
「いや。その、うん。とりあえず、私は…………」
「わたしは? 」
名前を言おうとした瞬間だった。強烈な拒絶が自分の喉に圧迫をもたらし、声がでなくなった。春香の呼吸は奪わないまでも、名前を告げることを断固として体が拒否した。
喉の中が締まって、音が出せない。
「わたし――。すまない、仮なんだけどセイと呼んでもらえますか」
「セイさん、セイさんね。ありがとう、セイさん」
仕方なく偽名を使えば、あっさりと名前を告げられた。嘘がつけるから、これは喉に異常を来したわけじゃない。としたら、犯人ならぬ犯竜は膜の骨組みの奴だ、知っているのは間違いない。
『下郎どもから匿ったというのに骨組みですか。
せっかく御主様達をお隠ししたというのに』
(じゃあ、どんな理由だと、私の変化の原因ほぼ黒之じゃない)
『御主様、貴方の真名はむやみやたらと口に出せない定めになっております。たとえそれが、敵意がなかろうと、一人の子供だと』
名前を出せないという言葉に、また変な条件付けを身体に入れられたらしい事実が発覚する。目の前に傷ついた子がいなかったならば速攻で問い詰めたかった。あと、幾つ自分の身体変化が起きているのか、せめて数えられる程度であって欲しい。
春香の複雑な雰囲気を悟ったらしい少女は、同じようにまたお礼を言ってきた。
「その、何度も言っちゃうけど、セイさん、ありがとうございます。ほんとうにたすかりました」
「いいえ。
その、まぁ通りがかりでしたがなんとかなって良かったです」
月並みな返事しか返せなかった春香に、危なかったところを救われた娘は、名前をタエと言った。私に名前を教えて、やっと安心できる状態になれたのだろう。
ぽろぽろと又タエの涙は止まらなくなってしまった。しかたないと、春香は自分の胸をかしてその背中を撫でてやり、落ち着かせながら話を聞いてみた。男たちが戻ってくる気配はなかったが、自分も少しの間だけ自分も脳内を整理する時間が欲しかった。
「こわ、こわかった、こわい。おと、も、あいて、できないよぅ」
「そうよね、うん。うん。あんなのに追われたくないよね」
「いたくて、いたっく、てっ。あー、あいてむ、りでっ」
タエが泣くに任せて、混乱している自分を落ち着けるように、その背中を緩やかに撫でてやる。泥やら枯れ葉やらで汚れ、血もまだ滲んでいる傷はさぞ痛むだろう。
ひたすらあやすようにゆっくりとトン、トンと背中を叩いて落ち着かせれば。当然小さなお子様は寝落ちた。
「あー、そうだよね。落ち着いたら寝るよね。うん」
ぐすぐすと、泣き続けてしゃくりあげが無くなってきたなと思ったら、胸を枕に眠られていた。仕方ない、小さいし襲われかけてたしこの子は一杯になってしまったのだろう。春香はため息をつくと、【やまくひ】を使っている黒之へと【心話】を試みた。