Ⅱ-ⅩⅡ 誓い合う流血
契約というものは厳かなものと相場は決まっている。もれなくこちらの世界日津の本でもそれは同じだろう。そう言った事柄をこの場でやることが即決まったとしてもおかしくないのかもしれないが、斡辰は、井双路と片木梨へ外で周回していた守りの侍?か、武士たちをはけさせると、近条路と、井双路がその周囲を護衛につくという形になった。
残されるのは本来ならここでは片木梨と、自分と、斡辰のはずだったが今は片木梨が斡辰から命令を受けて何かをとりに行かされているので、斡辰と春香、二人きりでいる状態である。護衛たちを遠ざけるほどの契約をこの場で済ませるということに、そういった形では変な印象をもった。一応はここは本陣の頭のはずであり、そこを手薄にする何てとも思えたからだ。だが、一応自分の事を主と定めていて、危機関係に敏い黒乃が騒がない事から、おそらくはこの守りを任せられる程度には実力のある人たちなのだろうと納得しておく事にした。
「なんで、井双路さんが守りなんですか」
「あ?あいつが立会人のほうがいいとかいうのか?」
そう、春香の個人的な見解で考えていたのは、井双路のほうが立会いじゃないのか、という事だった。立会人という立場ならとも考えていたが、斡辰は三つ首の竜、三人全員での立会いという形が一番自然だと考えていた。それに、どちらかというと片木梨という人はこういった儀式よりは真剣立ち合い、井双路さんは外交にしろ祭事にしろそういうことを任されていそうな雰囲気が強かった。だが、斡辰の顔をみると春香に対してこういっているのが分かる、男を顔を見ているだろうと。そういうわけではないので、小さく否定して黒乃の顎へ手をのばしつつ其処に触れた。特に嫌がる素振りもみせずに顎へ触るのを許したが黄色い瞳が何でかと疑問をもっているのだけが見えた。単純に撫ぜて自分の心が落ち着かせられればと思っているだけなのだが。
一番最初の戦闘よりもひどいといえば酷い怪我を負っているし、それを無視して事柄が進んでいるのも正直なところで、配慮が足りないだろうと考えてしまう。顔にでやすいからこそ、すこし俯き加減に春香は答えた。
「いや、こういうのってあなた方三名、斡辰の三つ首という存在全員で契約するのかと思っていましたので。基本はあなたが一番上なのかと不思議に思っただけです」
「三つ首の意味を知らないから、か。まぁ仕方あるまい。片木梨の立ち合いの方がいのは、こいつの記憶力のよさと契約に関する事柄への知識からだ。井双路も知らないわけじゃないが、術力操作に関してはあいつといい勝負だが、片木梨のが術力をみる術眼の力が強い」
そういっていると、斡辰の横の白い陣幕がめくられて片木梨が何かの台座を抱えて戻ってきた。 台座の中は春香からは少しだけ見えたが、其処にあったのは黒い棒のような物体だった。
斡辰は片木梨がもってきていた台座を見ると、そこにある代物を手を伸ばしてとってみている。どこから調達したのか不明だが、斡辰がもつ事で形がわかったそれは、棒ではなく短刀らしい。ほどほどに柄のところに黄色い文様に斡辰の三つ首紋が入っている短刀は、まだ真新しくてほとんど誰の手も触れていないように見えた。持ち手のところも黒い塗り剥げているようではないし、戦闘というよりは儀礼に使われる短刀なのだろう。
台座ごともってこられたそれには、斡辰側からすこしだけ圧迫する空気が漏れるくらいで、片木梨と対峙していた時に見えた術力だの何だのといったものはまるで感じられない。
けれど、春香にしてみれば何もないだたの短刀だという事の方が逆に興味を引いた。
こう言った儀礼的な事柄は魔法剣だとか、契約の魔法だとかを使うのがファンタジーの話ならばありそうなところだろうし、強い強制力をもつもっとすごいものを連想していたのだ。けれど時代としては戦国時代みたいだし、魔法があるけれどそれも術といった形でなにか普通に使う魔法とはまるで違う想定のようで、大体で考えがまとまると一つの答えが浮かんだ。短刀がなんで使われるのかと考えるとありえそうな事柄だ。
「血印、文字通りの血判状って事か……」
刀は斬るためのもの、剣とかなら肩に置くという騎士のような儀礼もあるだろうが、短刀をつかうといったらそれくらいしか浮かんでこない。間違えても心臓とか貫いたり、これを斡辰相手に使うとかはないと思いたかった。血判状という言葉に斡辰が眉をひそめてこちらをみているが、自分が何か変な事をいっただろうかと春香が見ると、思わぬ言葉を聞いた。
「けっぱんじょう? お前の世界での言葉か?こちらでは血印を結ぶ術血状というものだ。術の力で己と相手を結ぶ、古くからある相手を自分との約束をたがわせないために使われる契約でも強い部類の代物だ」
言い方が違うという事なのかとふむふむと納得する。術力があるということで契約に口約束、書状といった形以外で拘束力が存在するという事なのだろう。普通に証拠として血判状にしても単純な誓約書にしても書面という形で相手を縛るが、これはもっと肉体に直接に関係してくるみたいに思えた。海外ドラマとかにありそうな汗とか心音で反応する時限爆弾よりもある意味恐ろし機能的な誓約性だ。
やはり異世界なのかと、一人春香が理解を深めていると、なにかきつい目線を感じた。見ると、台座をもってきた片木梨の顔をみるとあいかわらずの仏頂面で、この人笑う機会があるのだろうかと思う程、怖い顔をしてこちらを見ている。現世ならヤクザ顔とか、極悪顔とかに近い類の顔つきだし。
「片木梨さん、何か言いたいことでもありますか?」
こちらを向いていた目線はそのあとすぐに書面を作るために下に下ろされ、斡辰の隣でどこから取り出したのか筆を走らせている片木梨に聴いてみたが。返答してくれなかった。
再度問おうとする気もなかったので黙っていると、一文書ききったところで
「何もない」
すごくはっきりと敵意どころじゃない拒絶を向けられた。つんけんしているのは結構なのだがそれでももう少しだけでもこれから自陣に加わろうとする人間に対してそこまで否定的な目を向けなくてもいいだろうにと、春香は思う。
上座にいる斡辰様?もその様を見て口元が苦にがしそうになっているように見えているのだが。だが、この三つ首の竜の頭も片木梨さんといい勝負であることに春香は気づいた。彼にいたってもこの片木梨とは違った意味で悪い事を企んでいそうな顔をしているのだ。ちょい悪じゃなくって、例えるならカリスマで上にのし上がっていそうなチームのリーダー格って言う顔。井双路さんだけがまだ柔和な顔をしている。イケドルクラスの顔といえるけどそれを言うなら、斡辰もイケドルの部類にはいるがどちらがアイドルっぽいというかタレントっぽいというかで言えば、俳優っぽいんだよね、斡辰様。けど、優しい顔をしている井双路さんは斡辰とは違う意味で油断できそうにない。はっきりいって内心何か企んでいる、笑顔で三枚目を演じようとしている二枚目という印象が、じつはさっきの片木梨さんとの戦いから印象づいてしまっている。
(改まって相手の事を確認したら本当にこの人たちでいいのかしらって思えてくるのはどうしたらいいかしらねぇ)
呟いた春香の心話に、黒乃も思わずこちらに瞳孔を向けている。今更そんなことをいわれても困るという事だろうけれど、契約をするにしたって向こうがいまひとつと思っているのがわかりきっているのに、安心して傘下に下るなんて出来るわけがないだろうにと、契約の書面が作られていく様をみつつ春香は思うのだった。




