Ⅱ-Ⅸ 選び選びて行く末のー③
片言しか話していない一人と一匹の戦いは、まず相手の技を見切ることからというはなしになっていた。もともと剣道はやっていても経験の差があり、竹刀と刀では扱い方が違う。そこからどうするか、春香は自分の目でもぶれて捉えている片木梨の青眼の構えからくるであろう動きを僅か間で三つほど考えていた。
ひとつは、青眼の構えからの振り上げで面に打ち込んでくる、大威力の攻撃。
ふたつは、青眼の構えからそのままこちらへ踏み込んでくる、突き。
みっつは、青眼から変則で袈裟、ないし払いのどれか。
それぞれで考えるならば、どれがいいかなんていう話まではなく、とりあえず取捨選択をしていく。片木梨の今の返しや言動から考えるに、真面目一辺倒な性格。どちらかというと隣に立っている井双路という人や、性質が捕らえれない斡辰にくらべれば格段に軌道は分かりやすいはずだ。
そこから可能性として一番高い攻撃パターンを黒乃へ、心話として伝えた。
(黒乃、恐らくあの片木梨という人は、やりようとしては手堅く攻める人だと思う。そうするなら、今腕試しまがいをされているとして、次にくるのは攻撃の手が分かりやすい突き。私にそれを防がせるくらいはさせるはずよ)
(御方、そうするならば、 闇型で固めた私の一爪を確実に届けさせる事が重要ですな。あやつの逆袈裟で威力は強くはななかった私の爪が三本、一本は少しひびが入っておりまする、残る四爪はいかに?)
(あるなら、一つ。四本全てを頸への防御として固める他ないでしょうね。威力が測れないでしょう?わたし達の出来る事が限られている以上。防御姿勢だけで流しきれない。だったら威力を利用させてもらいましょうか黒乃、私の中にあるイメージは実現できそう?)
脳内でおおよその形を組み立てていくと、鱗がさざめきとなって耳元でなり続ける。既に、片木梨は青眼の構えからどうこようとしているかを見計らっている。だとすれば、体が構えからの姿勢で締まった様に見える今、こちらへとくり出してくる攻撃への時間差など無いに等しい。
式の力をもった自分に見える視点のお陰で少しだけ、その攻撃の体制やら何かしらが分かる程度でしかないが、それが今は頼りだ。片木梨の足元が少したわんだのが分かり、攻撃がもうすぐにもこちらへ来る。
(出来ます。御方、衝撃にお供えください)
短い黒乃からの心話の直後、片木梨の前傾に近い姿勢から直線的な突きが放たれる。
突きの放たれる前に、黒乃が左の翼手にある爪を頸を覆うように庇い、そこへと片木梨の具風を伴う刺突が向かった。
青眼からそらされたのは僅か、狙っていたのは恐らく首ではなく耳のあたりだろう。予想よりも激しい衝突の金属音に耳の内側で火花を散らされたように春香は感じた。
黒乃が作り出した(闇型)による、四本の爪は片木梨の繰り出した猛烈な突きにかろうじて対応してくれた。耳鳴りが酷いが、放たれた突きは自分の身体に届いていないことだけが分かる刹那、衝撃のままに自分の半身を黒乃とともに反時計回りに回転して吹き飛ばされるように傾いた。
殺しきれない威力は受けきってしまえば、黒乃の爪を硬化させても確実に自分の身体に届かせてしまう。ならば、と、春香はあえてそれを受けるように見せかける策をとったのだ。
弾かれた瞬間の片木梨の表情と、後方に流れた彼の髪の束が広がったのがやけに印象的だった。確実に貫けると思っていたらしく、衝撃をそのままに受けている自分へ驚きの表情を作りかけたが、すぐさまその顔は春香の崩れた体勢に向けられる。
刀の突きの姿勢からたてなおすために、片木梨の踏み込んだ右足が土煙を軽く上げ、こちらへ突きを繰り出す補助をしていた左足に重心が戻っていく。春香の見た目線ではそこから刀を下ろしていく動作に繋がる諸動作で、此処までも予想通り。
(御方、行きます)
黒乃の声がかかり、傾いていた半身が更に左へ回転するようにバランスを崩していく。しかし、その一方で、黒い一撃が片木梨の横へと動いていた。
踏み込みなおしたその足でこちらへの切り下ろしをしようとした片木梨の視野にもその黒い一撃がうつり、動かそうとした一手に一瞬の動揺が走る。
そう、ここまでが黒乃と春香が画策していた事だったのだ。片木梨の突きに来るという可能性にかけて、突きから来る衝撃を黒乃の四本の爪で流すような形で、片木梨の突きの力を受け取る。片木梨の突きからの力は無論黒乃では防げる、だが春香に巻きついている今の状態では黒乃の衝撃も春香に伝わってしまい、バランスを保てるかは不安要素だった。身体の姿勢を崩す形になるならいっそその形を崩したまま力を利用して、半身の回転の勢いをかけることで黒乃に残された右の一爪で一撃を加えてやると決めたのだ。
もちろん、意断の技を乗せて。運がよければ相手に通じるし、悪くても一撃加えればこの実力主義の事だから一歩は引いてくれるだろう。いつまで死なないかまでは保障できなくても。
片木梨の逡巡がその一撃への対処を遅らせたのは明らかだった。片木梨が刀をこちらへ挙げるより片木梨の一撃で速さをました黒乃の爪の方が少しだけ早い。斡辰たちもその様に目を見張り、一撃がはいるはず・・・・・・だった。
キィーーーン
あまりに乾いた音でそれははずれとび、片木梨のほほを軽く切り裂き回転しながら斜め上へ向かって放たれていった。一撃を入れるはずだった春香たちが今度は目を見開く番だった。
片木梨の一撃で断たれていた四本の生き残りの一本、最後の一本の爪は攻撃の勢いに耐え切れず、ヒビが広がり片木梨に届く直前で折れてしまったのだ。
唖然としながらも事態は止まらない、春香が体勢を崩してまで行った攻撃からの建て直しまでは考えていなかった。勢いにどんどん後方に体は反り返っていき、片木梨の姿がみえなくなる。
姿勢のくずれたまま次に転がるのは白と茶色の視界。激しい衝突音に黒乃といっしょに大地を無様に転がっていき、黒乃の翼に巻き込まれて血のにおいと土ぼこりにむせる。何かにぶつかって回転が止まったが、自分の顔は地面とキスをしていて思わず土まじりの口の中のつばを吐き出すと、銀光が首の真横に当てられた。
涙目でむせ返っている細い銀光の正体なんて分かりきっていた。
「次の手は、あるか? 式使い」
長い刀身の鍔からはみ出して見える大きな手、そして目線を更に上げてみえた顔にうっすらとついた赤い線に、にじみはほとんど見えない。
相手の低い声に何も言えずに唇を噛んだが、結果は全て語っている。
「ない、・・・・・・」
「ふん、斡辰様、このような形になりましたが、それでもこやつと? 」
「片木梨、式使いという事を含めりゃいいところ今の一撃で引き分けだろ。まぁ、式の使い方だとか術とかについて知っていると思えない奴が頬傷一つ、充分だ」
最初からこう言った展開を見透かしていたかのような斡辰の一声が凄くこのときは憎たらしかった。春香はやっと顔を上げただけだが、その左腕をいつのまに刀をしまったのか、片木梨がぐいっと手を差し込んで立たせる。
「まぁ、おまえさんがそこまでやるとは思っていなかったから中の下の出来ではあるがな」
片木梨に半身を支えられながら春香を見る斡辰の目は、式使いの価値を少し定めたような、ちょっとだけ真意の光を交えたような、人としての一面が垣間見えた初めての印象を与えるのだった。




