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誰が許した異世界転移  作者: カノ ハル
日射す竜の内
31/91

Ⅱ-Ⅶ 選び選びてゆく末の

やっとこさ一段落したとおもったら?

 どういった形になったのかと問われるとこの結果は予想通りであり、予想外だったと思える。式使いとして自分を雇いつつ、式陣士(しきじんし)になるために努力しろと言い切ったこの斡辰(あつしん)という殿様は思っていたより懐が深いか、それとも謀略(ぼうりゃく)に優れた智将か。先ほどのやり取りを考えるなら、聞いていたうわさより悪い印象では無い人物でもあるのかもしれないが、全てそうだ何てやはり思えず、一歩引いて付き合うのが得策だと思われた。

 すぐにも契約を正式にかわさなければならないだろうか?と、問えば、その必要もないという。


「正式な契約をするほど強い式使いでもないお前と契約を結んだところで、勝てるものも勝てなくなる。むしろ、荷物を抱え込むのはごめんでな」


「では単純に式を抱え込む気なのですか?!斡辰様! 」


『その話は、私にさせてもらえますかな? 我が御方の主となる方。』


 それまではなしに割ってこなかった黒乃はここで、やっと口を開いた。


「さっきまで一言も喋らなかったやつが、今更というか、なんでさっき私の家政に回らなかったのよ」


『いえ、御方は言って分かっていただくより、今のお立場をあちらの主となり得る方からお話いただいたほうが、理解、納得なさるかと思いまして。お気持ちの整理もつかれたようですから、よろしかったと私は思います』


 黒乃はひどくこざっぱりと言い切ったが、その蛇顔がうっすら笑っていたのを春香は見逃さなかった。納得しきって斡辰のところにつくと考えていなかった自分を、斡辰本人に説得させるところまでがこいつ予測して板に違いない。


「ほう、式からの提案となると、そこの女とはまた異なるか。どういう話だ」


『はい、御方様の式陣使いとする、式陣士になるためにはやはり、主君との繋がりである契が必要になります。本来は、式陣士などなってもこういった話はする機会もございませんが、・・・・・此度はまれな事に、私の主の意志があり、あなた方と合意した上で式陣の契約を結べるようですので、仮契(かけい)と呼ばれる方法をとることが出来まする』


「ほう、つづけろ」


『仮契とは、すなわち仮の契約。式使いも古くはこちらの人間が生業としたものでございます。その当時は、生涯の契約になる主契約をするまえに、主君を定めるという意味合いで仮契という一年に限る契が可能となっておりました』


 式の歴史はどうも古いらしいが、黒乃はその先には触れず、斡辰たちへの説明をつづける。仮契の本旨が主を見定める為だったと言う古い契約だったとするならば、なぜ、今はその契約がなくなったのか? もともとの式使いというのが今も続いていれば、春香がこちらの世界へ来る必要などなかったはずなのだ。


『今なら、その仮契を行使する事は可能。あとは、御方様に私を一日も早く使えるようになっていただき、そちらの用途を満たす。それだけにございます』


「猶予は一年。か、一ノ白との今後を考えればそれくらいは妥当だろう」


 斡辰はほとんど考える時間もなくそう答えた。隣にいた片木梨(かたぎり)はそれにまだ何かいいたげにしているが、彼は、自分以上に考えすぎるような苦労性人間ではなかろうか?春香がそんな片木梨をみていると、目線があって、ぎっと睨み返された。こわいこわい。と、視線を斡辰へむけると、斡辰も黒乃も、そのやりとりで納得したらしい。


「いいだろう。一年の仮契。その期間で成せなければ、法陣士をもって俺のところの生き人形にさせてもらう。それまでは、その奔放な自由意志を少しぐらいは許してやるさ」


「そう言ってもらえると助かります。私も正式に契約というのは実は避けたい。簡易契約という奴が一年しか持たないという事も考えるなら、一年で元の世界に戻る術を探したいですが・・・・・。

容易ではなさそうですね、その顔色からすると」


 春香がそういった斡辰の顔は元の世界という一文でピクリと反応しいる。どうも、この世界から帰った事のある門外人(かどとじ)は数えるほどしかいないそうなのだ。


「文献で残る限りでは、僅か数名。しかもそのどれもがその(のち)戻らなかったというのでな。俺が知る限りでは戻れる保障云々(うんぬん)はできない。お前さんがさがすしかそこは無いだろうよ」


「頼れる知識だけは貸してくれるのはありがたいです。なにぶん、この式もとい、黒乃(くろの)では役不足どころじゃないので」


 そういわれた黒乃がとても心外だといいたげに浮いているが、それを心外だと思っているのなら激しく打ち落としてやりたいと思う。黒乃が羽ばたいている様を睨みつけていると、隣で立っていた片木梨が動いた。


「斡辰様、申し訳ありませんがこの者について私から言いたいことがございます」


「構わない。言いたい事の大体は察しがつくが、あまりいたぶってやるなよ。式使いとはいってもついたばかりな上に、使い方すら分かりきってない奴にお前がやらかしたら」


「わかっているなら止めない方がよろしいですよ。斡辰様。片木梨の頑固さはご存知でしょう?」


 三名が何を言いたいのかをおぼろげに分かってしまうあたりが、とても自分が日本人だと春香は感じた。正直なところ片木梨のしたいことを受け止めたくないし、やらかしたくもないし、もっといえばあのおっさんの相手をしろなんて正気の沙汰じゃない。


「その、片木梨さん、悪いのですけれどまさか、実力を確かめるとかっていうので実践とかはじょうだ」


「先読み出来ているなら、現状が避けられるなんて思っておらんだろう」


 重い一歩がこちらに向かって踏み出され、続いて刀の(つか)に手を置き、力をこめられた刀身が引き抜かれていく音がした。片木梨が構えたのは直刃(すぐは)の太刀、鞘から引き抜かれたその刀身の先が真っ直ぐにこちらを向いていて、こちらが体勢を整えるのを待ち構えるようにゆっくりとその刀は片木梨の半身の右斜め前に下げられた。きらりとその刃が光ったのは威圧感というより、覚悟を問われたような感覚だ。

 片木梨の構えた姿にひゅうと口笛を吹いた井双路(いそうじ)は面白いとまだ構えもとらぬ彼女へ言葉を向ける。


「おいおい、随分意気込んだな。その構えとは。おい、式使いちゃん。さっさと式を構えな、型が整うまでは片木梨も打ってはでないが、でなければ。どうなるか位分かるだろ」


「ああ。はい、叩き斬られるのでしょうね。脳筋はこれだから」


「わけの分からない事で場をにごすなら、いま叩き斬るぞ」


 片木梨からの熱気のような圧迫感がさらに増した。その周囲でくすぶるように立ち上っていくのは、彼の周囲で渦巻いていた紫電のような気配。両腕へと集中しているそれは、ただしく手甲のように見える。鎧の上に更に纏い(まとい)ついていくこの気配は志坂を思い出させるが、春香は志坂から感じた死の気配よりもずっと色濃い、相手を断つという意思が乗せられてきているのを感じ、鳥肌がたった。


「黒乃、お願い」


『御方の願いたれば、主の仕える相手の部下に遅れをとるわけに参りません』


 片木梨からの強制される戦闘にあわせるしかないと、ゆっくり黒乃は春香の周囲を志坂と戦った時のように胴体へと身体を巻きつけていき、あの時と同じように八本の槍の穂先が出揃(でそろ)った。

 いつこられてもいいようにと構えているが、春香はその構えにどうしても頼りなさを感じている。

 そんな心情を感じ取るが早く、黒乃が心話(しんわ)を繋げてきた。


(御方? 何をそんなに恐れていらっしゃるのでしょう、御方は私に選ばれ、落ち術さえも打ち破った式使いの中ではかなりの素質があると)


(素質?そんなのが今は必要とは思えない。今は直感、はっきり言って経験のさが埋まる気がしないの)


 そう、春香が感じていた頼りなさは戦闘の経験の差だった。何年とわからないが、目の前にいる片木梨の気迫はそれこそ幾つもの修羅場や戦場を潜り抜けてきたからだせる気迫なのだろう。自分はといえば、多少剣道の心得があるだけで命の取り合いはこの前の志坂の一戦限り。命を奪ったというより、やり取りとして自分が関わったところが少なすぎるから経験はほぼ無いに等しい。

 戦闘態勢をとったのを片木梨は視認すると、その構えを崩さぬようにこっちを瞬きせずに半眼でみている。すり足の音がして、少し彼がこちらへと向かう。


「ふむ、お互い様子見だな。まぁ長くは持たないだろうが」


「仕方ないでしょう。気迫負けしていますしねぇ。式ちゃんがんばれー、まぁ、片木梨も手加減してくれるだろうから腕一本ですむと思うよ」


 緊迫感に茶々を入れるのか忠告を入れるのか分からない井双路さんのイケドルランクが一気に落ちて、残念なイケメンになってくる。いや、下方修正とか余計な事を考えている暇はないと思っても、思考で今の現状を流そうとしている心があるのだ。怯え、それは自分の心が逃げたいと思っているからだ。斡辰がいった長く持たないというのもわかる、彼の一太刀がとんできた瞬間で終る気がして動きが止まりそうだった。志坂と対峙した時よりも跳ね回る心臓が一層に暴れ馬のように内側で脈をうつ。握られた両拳の内側は汗が滲み出し、髪が首筋にヒタと張り付いてくる。

 と、ぺちんと、頬を何かにひっぱたかれて一瞬気がそがれる。はるかの頬をたたいてきた細長いそれは、黒乃の尾だった。


(御方、今はあの二人も、前にいるこの男も、深く考えないでください。御方は考えすぎるきらいがございます。直感と仰ったその言葉を正しいとお思いならば、御方様こそその言葉に従うべきではございませんか?)


 叩かれたほほは痛くなかったが、もう一度、黒乃が同じ言葉を言った。その間も片木梨からの目線を黒乃はそらさない。威嚇するようにかちかちと爪同士を打ち鳴らせて牽制をしつつ、攻撃の射程にはいらせまいとしてくれていた。


(わかった。ありがとう。まさかこんな時に私が誰かさんにやったのと同じ事されるとはね)


(御方様の真似です。気が急いているなら、一度思考を止めさせる。御方が私に教えて見せたことにございますれば)


 心話が終るのと同時、片木梨が大きく一歩踏み込み、その刀を斜め左下から右上に向かう一刀が風切音をたてて上へと駆け上ってくる!瞬時の判断で四本の黒い爪を重ねて片木梨の一刀の威力を殺した、はずだった。

 ギキギン 強い衝撃と共に頬の近くを烈風が通り過ぎ、あとから冷たい一閃に頬と、耳の一部に熱と痛みが凝り固まっていく。硬い音についで、落下していく三本の爪の先が、影に落ちて解けるように崩れ去った。とっさに引っ張られたことでも対応し切れなかった事実に黒乃が牙をむき出して苦い顔をしている。


「内側でのおしゃべりはすんだか? 一刀をそんな状態で流したとはよもや思っていまいな?その八本のうち、三本は断ち切った。いくらも保てるものでもないが、さぁ、どうする? 」


 片木梨の太刀一刀、脇構えからの逆袈裟斬りで黒乃が弾いていた黒い翼の爪が無残にもたたききられたのだ。


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