Ⅱ-Ⅵ 澄みし水は何よりも
斡辰たちとの話し合いの決着シーンです。おそくなってます;申し訳ないです
銀髪青年から発された言葉は、自分の方向性どころか、今後の希望を抱かせるような言葉だった。生き人形にされると思っていた自分に対してどういうわけなのか、斡辰は過大といってもいいくらいの破格の報酬を与えてくれると言い出したのだ。
雲行きどころか先が見えない崖っぷちにどうも春香は答えを返せなかった。黒乃へと顔を見合わせ小声でいいあったが、黒乃も同じ事をかんがえていたようだ。
「自由を与えるなんていうのが、現実的な取引に含まれるとは思えなのだけどね」
『ですな。御方の言われるとおり、あまりに旨い話過ぎる。お国の法陣士については存知申し上げませぬが、お三方を見る限りでは相応のモノがいるとみておかしくもないでしょう』
美味しい契約を並べ立てたって釣り針がどこに含まれているかわかったものじゃない。小声ではなしている春香たちへその空気をかき混ぜるように、井双路が抑揚のない声で二人の考えを一笑した。
「ははっ、一匹と一人、どちらもこの短期間にしてはよく馴染んでいる式使いだ。そういうだろうとは思っている。ただ、ここから只で逃げられるわけもない。そこも分かっているはずじゃないか?だからこそ、この取引にお前らは応じなければいけない。まぁ、取引する材料だって持ち合わせちゃいないだろう? 」
「取引できないな相手に、そういう選択肢を迫るような卑怯者とは思いませんでしたので。いや、失礼」
「馬鹿にしているなら一ノ白の奴に問答無用で差し出して善いと、私は思いますが。斡辰様」
三名との対話のはずなのに気づけば喧嘩腰になっており、春香は彼らから漂い出す脅迫を思わせる気配と真っ向から戦っていた。理不尽でさきにこちらに呼び出されたのは自分で、これ以上の勝手は遠慮したい、回避したい、断りたいのい尽くしかない。
一方で斡辰の発言からも式陣使いという存在がこの陣にはないらしいことが、うすうす春香にわかっていた。破格の対応をしてくるということの利用価値という点の他に考えられるということは、軍備が一ノ白や他の二国を含んだ三国より劣るという事を暗に示している。一ノ白が大国だからこそ、式陣使いも強い?あるいは、自分についている黒乃が強いと考えられるなら、正式に契約を結べば力は増大する上、対一ノ白の戦略の幅も広がるだろう。逆転の機会も生まれる可能性さえこの斡辰という殿様は考えているのでは?春香の視線は二人の発言へはそこそこに、斡辰の言葉を待っていた。並び立つ二人には決定権はない。あるのは、目の前にいるこの男なのだ。
「我が強いな。悪い事ではないが、おまえさんが思っている内容は察しがつく。一ノ白への事は事実。そして、立つことについては考えていて、そこにお前さんがついてくるとは思っている」
「その論拠は? 単純に門外人だからとか、私にそれしか選択する術が無いという以外で、お願いします」
舌で織りなす言葉の掛け合いは、絡まるように斡辰と春香の間を結びつけ、井双路と片木梨の言葉もなく、既に明るくなった幕の内でごくりと喉をならした近条路と鱗をかちかちと滑らせるように春香の身体をくまなくまきつき鎧のようにその肉体の防壁となった黒乃以外はだれも身じろぎもしない。
「術が無いとは、思っていないだろう? お前さんは強く出ているつもりだが、その内はなにも無い。式使いというのは表層だけ」
切り出した斡辰の瞳が鋭くとがっていく。刈り取るようなまなざしは、硬いだけの春香の強気などものともせずに突き崩しだした。
「式使いというのも、こちらで与えられた事柄。お前さんは、どこまで行ってもただの女。式使いは一兵には効果はあるだろうが、術眼もちの近条路、俺たちには通用しない」
「だが、式使いなら兵を減らせるくらいできる。巻き込んで」
「出来ないな」
無用な発言をねじ伏せる否定に、春香の口もそれ以上は紡げない。
「近条路からきいている。あの落ち術の状況で待てなんて発言が出来る奴が、攻撃どころを見逃そうとする奴が、俺たちの兵を殺す?それこそ無理だろ
お前はそういうところでも力足らず、どこに行く術もなければ野垂れ死にさえできない。」
一転してのまさしく言葉の雨。槍様に幾たびも突きこまれたその事実と、斡辰の見解は春香が見ていようとしてみなかった現実。存在しない選択をひねり出そうとする足掻きなどを握りつぶす春香の世界ではないこの世界の現実だった。
「・・・・・・」
「何も返せないだろう? 当然だ、お前さんは頭は悪くない。だから片木梨や井双路の言葉にも流しつつも返していた。お前が思っているよりも事が悪かろうとだ。だが、返せたからといってそれでお前の価値はあがらんし、お前がどう対応しようと、それをねじ伏せるだけの力はある。
だが」
降り続くようだった斡辰の言葉は、斡辰自身によって途切れた。既に目を見ることさえできなかった春香が顔をゆっくりとあげると、鋭い瞳が少し緩んでいる。春香をみている斡辰は何を言いたいのかわからないが、その雰囲気は春香の内面を削りだそうとしていた先ほどに比べると柔らかい。
「お前、それだけで潰れるにはもったいない。正直に言えば、愚か者といえない所がないとはいわんが、それでもこれだけ斡辰の三つ首といわれる俺たちに言いたい放題したやつなぞ、数えるほどしかいないのでな。気概だけは認めたい。ついでに、式使いになった上で何も知らずに生き人形にするのももったいないと思えている」
「・・・・・・それは、生き人形では、式使い、式陣使いとしては、役に立たない。こと? 」
「そうだな。立たないだろう。だが、式と意思疎通をそれだけとるという式使いの話しを聞いたことが無い。大体、式使いは最善手をもって大局の戦に投じる対軍の兵器だ。それが話しをしているのは俺が子供のころでもついぞ見なかったがな。だからこそだ。
生き人形じゃない、式陣使いの可能性にかけつつ、俺はこの一国で終わらせたくは無い」
「斡辰様・・・・・・」
「片木梨、井双路、そうだろう? お前らこのまま黙ってあの一ノ白の奴と飛信と丹生富との三強どもが増強している間暗躍するだけで、俺たちはいつか背後を、足をとられ、どこかに属する。俺達の国も繁栄は主国に比べれば落ちる。そんなの俺は望んでいない」
二人にそう語る斡辰は、その場にいる全員のいる場所から遠く離れているところにいるようだった。春香の目から見る斡辰は少なくとも、そうだったのだ。夢を見るとはこういうことなのだろうか?斡辰の声音もその眼差しもずっとずっと、大願に向かっている。理想を望む男の顔に、それと同じようにその理想の光を見ようとしている二名の側近、春香の前で一枚の尊い絵が描かれているようだった。
何も無いといわれた自分との違いがまるで、今従えている黒乃とおなじように、彼らが光で、自分が影だったのだ。うすっぺらくてすがる拠り所もない。
崩されるものなど何も無かった、ただいるだけになってしまった自分が酷く惨めに思えてならない。そんな春香を夢追い人は見据えていった。
「お前は、自分が元の世界にもどりたいと願っているなら、強くなれ。それしか術は無い」
方法を与えるのはこれきりだ、そう彼の言葉は言っている。にぎっているこぶし、締められた綱のこすれる痛み、黒乃がなにかしらをささやいてきた気もするが、その言葉に、今は乗るしかない。
「わかりました。貴方の、斡辰、様の、式使いとなります」




