Ⅱ-Ⅴ 天秤の器に水
久しぶりの更新になります。会話からの彼らとの話あいは、内心のすりあわせがいっていないようです
「 一ノ白か・・よりにもよってあの一ノ白だなんて聞きたくはなかったもんだぜ」
一ノ白と言う言葉に真っ先に反応したのは斡辰の隣にいた井双路だった。井双路は突き出ている薪をかがり火の中へ突っ込んで、大きく火花を飛び散らせた。爆ぜる音に誰も驚きはしなかったが、どうも一ノ白である事は斡辰の陣営にしては、宜しくない事柄だったらしい。何かしらを想定していた彼らの顔は少し青くなっている
「一ノ白というのは・・・おそらく軍の名前だとは思っているのですが、それほどに恐ろしい軍なのでしょうか?」
一ノ白だの飛信だのといった言葉をタエから聞いていた春香は問いかけると、井双路は頭を抱えていた。一ノ白という軍、あるいは国はよっぽど相手にしたくはなかった存在らしい。
「一ノ白というのはそもそも、飛信、一ノ白、丹生豊の三強国の一国でな。どちらも勢力争いをしているという意味では俺たちは蚊帳の外の人間になる」
「そんなに強い国なのですか? 」
見たところこの三人だって弱いわけではないだろうに更に上が居るということなのだろう、井双路に繋げるように、斡辰も天を仰ぎつつ春香の問いへ答える。
「強いだろうな、まぁ、俺たちも強いが。三国で争っている所に無粋に槍を突き立てる事をせんだけだ。そんな三国同士の戦いの中、蚊帳の外の人間の所に一ノ白がよびだした門外人がいるなんていうことがわかったら、これこそ、天恵。まさしく一ノ白が斡辰を平らげるにふさわしいってなるだろうな」
斡辰の言いたいことが回りくどいので考えてみたが、彼なりの説明を春香なりに訳すと、こういうことなのだろう。
もともと、三国同士で戦を起こしており、その戦の決着がつかないことから、三国の一国である一ノ白が、式陣使いを呼びだした。本来であるならばその式陣使い、式陣士は二強国に対抗できるだけの強い力になるはずだったのだ。それを斡辰が抱え込んでいるなら?
簡単だ、他国の最大戦力、秘術によって呼び出した力を奪い取ったとみて訴えを起こし、斡辰領を逆に奪い取りに掛かるだろうということだろう。
つまりのところは、斡辰領に迷い込むことのないはずの門外人、生き人形になりきらないこの式使いは、一番悪い時期に、一番よろしくない形で舞い込んだという事なのらしい。
「あー、なるほどね、本来だったら即刻、私が一ノ白へと送り届けられなければならないのに斡辰の軍を助けたばかりじゃなく、しかも生き人形になってないからいくらでも契約を結ぶことができる故に、斡辰が知らずに契約を、結んでしまったという形にしてしまったと、あいつ等はとらえると」
「おまえさん、思っているよりは頭の巡りがいいようだな」
「いや、どうみられてもかまいませんけれど、頭はよろしいとは自分は思っていないので」
御方様はご謙遜がひどいと黒野に行われた気がするが、関係ないので鱗の一枚にぎりぎりと引っ張る力を加えると、何もいわなくなった。最初からそうしとけばいいのにと、思ったとか思わないとか。
しかしながら、この事態を把握しているのがこの斡辰三名と近条路を含む当人だけなのは幸いだっただろう。一番のネックになっているのはなにより、自分が一ノ白が召還したという事なのだ。相手が分かったことは何よりも喜ばしい。ぶん殴る相手の一人がこれで決まった。
一方で片木梨と井双路はお互いに暗い顔をしており、斡辰本人はその二人に比べれば顔色は悪くないが、現状を考えればよくもなかっただろう。三名がどういった立場にあるかは春香には分からなかったが、少なくとも軍のトップを束ねているであろう彼らに舞い込んだ難問に考えあぐねているようにしか見えなかった。
春香も自分の立場がはっきりすると、一層にこの場を逃げる算段を始める為、黒乃へ心話を試みようにも、何でだか黒乃はぶんぶんと首を大きく振っている。あまりの首のふり方に考えに沈んでいた井双路も顔をあげるほどだった。
「どうしたの?お宅の式?」
「さぁ、虫でも集ったのかとおもいますけど?何か他にあった? 」
『いいえ、何もございません。ただ話すのには及ばぬ事です。大事は今話し合っていることですので、お気になさらず』
僅かな会話で井双路と、片木梨がお互いに斡辰に対してぽつぽつと話しつつ、こちらへ目だけを向けるという会話へ戻っていく中で、黒乃の言葉に小さく顎を引いてみせると、大きく翼をはためかせて、黒乃はぐるりとまた身体をひとまきした。
何かあってもはなすに及ばず。はなしには及ばない、つまりははなしをするほどの事ではない事、今は話してはならないことなのだろう。黒乃から発せられた、自分よりも斡辰に思考をという意味合いの言葉は、主を一番としている彼からは考えづらい言葉だ。深読みをするなら、斡辰へ気配を向けていろ、こちらへ心話を試みようとするなとも捕らえられる。心話という心同士の会話でさえ彼らには筒抜けになってしまうのだろうか?
春香をおいたままで三名は少しの間話し込んでいると、ふいに、斡辰が両手を挙げて二人の発言を制した。制した手をゆっくりと脇息におろすと、二人の顔を少しだけ見たあとに、春香へとこういってきたのだ。
「さて、ではここで選択をくれてやる。」
「選択?今更ながらに私を殺すか殺さないかですか」
二人を制した斡辰に、思わずそう聴いてしまったが、斡辰は少しそれに笑って、声を落として話しを続けた。
「近いが違うな。
一つはお前が考えているとおり、一ノ白へとお前さんをひっつかまえたまま連れて行き、疑惑の念を相手に持たせたままそれを切り札とするか、
二つ目は、お前さんはまだ契約していない式使いだという。契約をしていないというなら、俺と契約して式陣使いとして鍛錬を重ね、俺の式陣使いとして、一ノ白を破るかだ」
提案として出された二択は、斡辰の軍からすればどちらも損害をすこしでもかぶらないようにする策ではなかったが、どっちにしても博打の要素が多々ある話だった。
一つめを春香が選ぶはずがないと分かっていてのことなのが見え透いている。つまりは、一ノ白を破るために別の式陣使いとして生き人形になれということじゃないか。そう思って身を固めた春香の隣で黒乃も鱗をするすると滑らせて自分の肩へと両の翼を下ろしている。いつでも彼らに向けて爪を放てるような体制だ。
「もっとも、最初の一ノ白の式陣使いになると言う選択は、もれなく、式陣士として法陣士からの支配を受けると言うことで生きていながらお前さんの意志すべてはふうじられる。
俺の式陣使いになった場合は一ノ白からにらまれている事になるのは確実で、まぁ、成長しきれなかったり一ノ白からばれた時点で俺たち共々命運を一緒にするという事になるがな」
問いに答える術はない。何故に式陣使いとなったのか問われれば、そんな勝手に決められたことに対してどういう回答をすればいいのかも見当もつかなかった。ただ、末の言葉からは自分を生き人形とする意味合いは受け取れない。
「どうした?返答は?」
「式使いになりたくてなったわけではございませんので。そもそも生き人形になりたくてなる者はいませんよ」
「ほう、生き人形か。まぁ、人形となる術の話などあまり聞いたことがないが、法陣士なればそういうことも長けているだろう。それで、どちらにしたい? 」
「式陣からというより、こちらにもたらされた式陣使いは是非もなくそうなると聞き及んでおりますが? 法陣士がいるなら私はこの場でも生き人形にさせられるのかと思っています」
本音だ。それ以上にどうとも言えない。生き人形にしないという確証がない言葉だけでは信じるに足りないのだ。契約をしてからすぐにも法陣士を呼ばれて彼らの手足にされるのだけは、御免だった。 斡辰は呆気にとられているようだったが、ややして、ニヤリと口の端をつり上げた。
「なるほど、しかしただでは転ぶつもりはないと言うことなのだろう」
「無論。勝手にこっちの世界につれてこられたあげく、元の世界に戻る勝手は許されない。おまけに戦闘兵器になれとか、どこの子供の冗談ですか」
「口を慎め女。斡辰様の御前であることを」
「御前だろうがなんだろうが、私はお前等の主君に許されて話をしているんだ。暴言その他まで含めて聞く気がないならさっさと生き人形にしろ」
隣に居る片木梨が自分の言葉遣いを注意してきてこようが、それも知った事ではない。こっちは意思を奪われるかどうかの選択をされているところなんだ。それに対する言葉遣いを持ち合わせられていられるほど冷静でいられるような女ではない。
「自棄をおこすんじゃねぇ。お前さんの言い分は多少なりとは分かった」
「だから? 」
「このっ」
「だまっていろ、岩」
斡辰が今度は本気で怒りをむきだした。岩といった彼の顔は、隣にいる片木梨にのみむけられているが、その圧力はこちらに顔をむけておらずとも幕の内をゆらす。陣の近くにつれてきていた馬が悲鳴のようないななきをあげ、なだめる数名の武士たちの声がかさなる。
圧迫はすぐに収まったが、片木梨はそれを露とも感じていないようだ。
「・・・・・・わかりました」
「終わってからにしろ。今はそういう時じゃない」
一言告げると、飄々とした斡辰の顔がこちらへと向き直っていた。圧迫感なんて最初から存在しなかったのようだ。銀髪が涼やかな風を起こしたようにゆらゆらと揺れている以外、なんら変わりもなさそうに見える。
「まぁ、お前さんが帰りたいの前提で話をしたいなら、俺にも考えがある。式使いっていうのは、式を従えながらも国に属すことがない式陣使い未満の存在だとは聞いている。当然主君を頂く式陣使いに比べれば、その力は天と地の差があるそうだ」
「そこでだ、おまえさんがその気があるなら、ある一定の間だけでいい、俺たちと共闘をしないか?」
「共闘だと?」
「そう、共闘だ。手っ取り早く言えば式陣使いとして覚醒させるかわりに、俺たちはお前さんが元の門外人の世界に帰れるような文献やら、ばしょやらを提供してやる。ただし、俺たちにできる範囲でかつ、俺たちが忙しくないときだ」




