Ⅰ-ⅩⅩⅠ 伝う血潮は黒い
乱戦一方を見ているしかない周囲に、この終わりは撃的な終り方だったといえる。
最初の志坂との会話の前に一人が内蔵をはいて悶絶死して、すぐさまソイツが吉郎を突き飛ばした。よくわからない男か女かが話している間の志坂は普通に見えていたのだ。だが、まともに話していた少しあと志坂の様子がおかしくなり、周囲をかこっていた野次馬がその場から徐々に離れていき、円形になったあたりでは正気を失ったようにも見えた。
兵達が志坂がもはや彼ではないと思うきっかけは、羽黒への抜刀での一撃で核心に変わっただろう。迷いで遅れをとっていた羽黒、少なくとも中隊の副官を務めている位の高い者への一撃は死罪になってもおかしくない。標的を決めかねていた羽黒に咄嗟の反応が遅れた事も含めれば、深手を負わせたに違いなかった。志坂と敵対している男女がその一撃を見えない何かで防いだお陰で傷一つ負う事はなく済みはしたが。
一方で羽黒は、背中越しに掛けられた声の高さで耳を疑っていた。一本縛りの異様な風体のそいつは女なのだと思い知らされた驚きは尾を引き、その後の彼女と志坂の戦いの間に入ることを躊躇うほどだった。
そしてはじまる志坂と彼女の刀とみえずの刃の打ち合いは、どう見たらいいものかと思うほどで、くりだす刀を女のギリギリ受け止めてで戦っているようだった。危ういところになるたびに、誰かに身体を引っ張られるように動いたり、間際のあたりで志坂の刀を硬い何かが弾き返している。
「これは一体…………、何が起こって」
「正しくか」
その声に戦闘へと魅入っていた意識が隣に居るはずの無い人物へと引き戻された。奥の陣に行っていた筈のこの隊の主である近条路がいつの間にか人並みをかき分けて立っていたのだ。
「式、使いですか」
かすれた声しか羽黒はでなかったが、帰って来た隊長はその声に小さく頷きつつ近条路は決して彼女と志坂の戦いから目を放さないようにしていた。
「うむ、ああいった手合いなぞはじめて見たが言うほどではないな。形になっておるものは、一切の加減もないという。あやつめ、志坂に対し己の爪を振るうを躊躇っておるようだわ」
どういうことなのかと、羽黒は近条路の言葉を疑った。あれほどの剣戟、幾つも打ち付けられる打ち合う音は戦のときに揮う兵の戦いと変わらない上、志坂は最早加減どころではない渾身の一撃を幾たびも繰り出しているというのに。これが本気の戦いではないというのかと。そして、羽黒は先ごろから自分の問いかけに彼は一つも言葉として「式使い」と返していないのに気づき、口元に手をやった。
羽黒の思いを察したように近条路は少しこちらに目をむけてみせ、小声で羽黒にこう言った。
「羽黒、見えぬお前には分かるまいが、事は志坂目のおかげでここいら一帯が危難にさらされようとしている大事の一歩手前よ。あのものが懐に隠していたもので、うちの隊どころではなく、ここを含めた七番、九番も危ういかもしれぬわ」
「どういうことです、近条路様」
近条路は戦いに目を戻していたがその気配は先ほどまでの自分と変わりないように、気を高めていた。向けられている志坂はこちらに反応はせず、ひたすらにあの式使いの女へ幾度も叩きつけている。
しっと短く言葉を切らせると、近条路は背後の兵達を下がらせるように周囲の兵へ声を配っており、徐々に円となってい人垣が近条路を起点にしてゆっくりと輪を広げだしていた。
「今戦っている彼奴が倒れたら心しろよ。落ち術憑きとして志坂を切らねばわが隊の兵では俺とお前と若干名以外はあの、生気喰らいを耐えられまい。あの志坂めを切り倒せと仰った水守宗様のお考えは正しかった」
「斡辰様が直々に命を?! 」
「うむ。まぁこのような落ち術以外でも、御大が思うところはあったようでな。とかく気を張っておけ、おう! 危ない! 」
話していた近条路が見ていた戦いへ向かって声を荒げた。近条路を見ていた羽黒が目線を戻せば、そこには死人が動いているような色合いのもはや生きているとは思えぬ志坂と、その手に握られた刀であった金属にこびりついた血潮。対している女の左腕を抑える下にはその刀でえぐられたらしい真新しい傷跡があるのだろう。
抑えたところから溢れている血潮と激痛にうめいた女の姿に近条路が隣で刀に手を置く音がした。
「近条路様! 」
「ああ、わからんがあの者は未だこの場でも迷うようだからな、覚悟しておけ」
そう言って彼は刀に手をおき、腰を低くして構えをとりいつでも志坂に切りかかれるように体制をつくると、羽黒もそれにならって、持っていた刀ではなく、背後に備えていた槍を構えた。二人の刃がもう人ではなくなった志坂に向けたときだった。
「待って、私が!! 」
二人の気配を察したかのような女の声が響き羽黒は女のほうを見た。志坂が振りかぶった一方の女は、心の臓のあたりを苦しげに押さえ何かをこらえるように志坂を見ている。
すると、近条路が先に其れに対して動いた。
「急げ、機は今ぞ! 羽黒! 」
近条路の抜き放った太刀は志坂を捉えていたし、遅れた羽黒もその槍の一突きで志坂の腹をぶち抜くはずだった。一人が遅れても、確実に志坂へと決定されていた断罪の一刃は届いていなければならなかった。
ぎらつく二人の刃が身体に届く前、何かがその前を通り過ぎていった。近条路にはそれが見えているらしく、ぎょっとした様子で大きく跳び退ったが、同じように槍を届かせようとした羽黒の左腕の横を突風のようなものが通り過ぎたのだ。
ついで、柔らかさと重たさをあわせた音に、何かが衝突した破裂音が続く。
志坂を見ていた二人の目の前で、紫色の肉体の中心が穴をあけていた。空をうつしたその穴に巻き込まれた赤が貫かれた形へと吹き散らされる。大きな棘が貫いたようにそれはみえた。
血潮は噴出しきっていないが、その勢いで顔まで変色しきった志坂の口から逆流した赤が吹き出している。中空にあった身体はとてつもなくゆっくりと、近条路達の目の前をとび、広がっていた円形の半分近くまで吹き飛ばされた。
ドザッ
穴のあいた肉体は勢いよく転がると、そこで思い出したかのように血の海を広げ、徐々に大地を赤く染めていった。紫色に変わった肉体が穴を穿たれたところから血が抜けていくごとに徐々にもとの肌色、白い血の抜けた青白い肌へと変わっていく。表情は変わっていなかったが、砂と泥にまみれた志坂の顔までも元の色合いへ戻っていった。
仕掛けるはずだった二人の戸惑いのむこう、女が立っている姿がそこにある。放たれた一撃の方角からしても、まずこの志坂に止めをさしたのは間違いなかった。
その顔はゆがみ、両目からは涙に潤んでいる双眸がある。ただ、悲しみとも、悔しさとも取れない其れが流れた女の顔は、酷く疲れて見えた。
その手に握っているのは赤黒い何かだったが、手の赤黒い物体はすぐさま中空のどこかに消え、石だけがその手に残された。
「こんな、モノの為に」
女は苦々しく吐き捨てると石をぎゅっと握り、何かを睨みつけている。肩口の血は未だふさがっていないのに其れを意に介す様子もなかった。
あまりの一連の出来事で、刀も槍も構えたままだった近条路と羽黒の前で、怒声と共に人の波がざっと分かたれる。その波の間から威風堂々とした姿で遅れながらも、この事態を収束する人物が現れたのだった。
脇に差した小太刀に手を掛け、彼は女へと問う。
「貴様、何者だ」
片木梨の声に女はやっとの思いで返した。
「ただの、式使いだ」と




