Ⅰ-ⅩⅦ 馬上で語るには拙い
初めて馬に乗ったわけではないが、早足での馬に乗るのは初めてであまりの勢いに春香は落ちないようにしがみつくので精一杯だった。黒乃が馬を導くように先導してくれなければ、とっくに振り落とされた上に山の中で迷子になっていただろう。
揺れる馬体に座っている尾てい骨がぶつかるような痛みで、いまは鐙に体重をかけて春香は馬を走らせていた。急ぐ二人の前では吉朗がなれた様子で馬を駆っている。春香がその後ろに速さを保っている状態を確保すると、黒乃はその横を併走するように音立てずに羽ばたいて吉朗と並ぶ。馬の早さにあの羽ばたきかたでよくもまぁついてこれているものである。
「急がねば!志坂様がもっていたあの呪いものが、発動したら式陣様でも止められますまい」
『止める止めないに関わらず、アレは獲物が入るところでは動き出す性分。獲物が多く入ったところから最初の持ち手を皮切りにして呪いを増やすものよ』
「なんと! ではもはや間に合わぬと?! 」
手綱を握っている吉郎の指が強く握られ、引かれた馬の足が遅くなる。あわてて綱をゆるめて急かせるが馬の速度はこれ以上はあがらなかった。吉郎は黒乃がうまく言葉をかわしたのに気づいてないだろう。春香には止められないという吉郎の言葉とは別に、黒乃なら止める以外の手立てを知っていそうな気がした。あれだけ大きな翼を木にかすらせもせずに飛んでいくことや、あの自分に差し出されたお飾りではない爪が負けるとは思えなかったからだ。
すでに月が沈みきり、空の端からは白い光に闇がぼやけつつある。間に合うかどうかさえ危ぶまれているが、時間を見ようにも時計のあるアイフォンを取り出せるような体勢でもなければ、腕時計の時間にあっているかどうかも怪しい。時間の流れかたが一緒だともいえない今は、どれほどの時間が残されているのか知りようもなかった。山のどこまできたかは春香には分からないが、先を行く吉郎の声からまだ先があるのだと思うと、つかまるだけで精一杯だった。
「乗馬より、愛車に乗る方がずっとましだわ」
『御方、馬を急かせたいならしっかりとお乗りください。我が馬を導いておりますが、本来なら御方が御すべきものです』
「ええい、のったのが数回しかない一般人にそんなことを求める事が間違いだ! そもそもこんな事になっているのに、移動手段が少なすぎるんだよ。あとつかまるのでいっぱいいっぱいだから話しかけないで」
『移動手段といいましても、馬は早足の移動の一つですが?』
「あの、…………もし、や、貴方は門外人なのでしょうか?」
黒乃と春香の掛け合いのような言い合いに馬を駆っていた吉郎が横に並び、道を走っていく。土を蹴立てるひづめの音に交じって、吉朗の話す言葉は聞こえづらい。
「ん?式陣士のそれも別の呼び方なの? 」
「いえ、それとはまるで別の事柄になります。貴方はここではないどこか、別の、その、詳しくは知りませんが別の場所から来た方なのでしょうか?」
「何でそんな事を聞けるの? というか知っているって言うことは、黒乃の事も知っているということからしても貴方あいつらの……上官ではないわよね」
隣で馬を駆っている吉朗は頼りになりそう見える。実際のところ、式と契約して一日も立っていないぺーぺーのひよっこまがいの自分に倒されたという事から、あまり強いとは言い難い。
「最初の私の技の犠牲になった人みたいだし、なにより黒乃についてくわしいわけでもなさそうだしなぁ」
吉朗は、たはは、と軽く笑うと門外人についての話しをしてくれた。
「門の外より来るもの、異界という存在は知っておりますが、その門はこちらからは開かぬため門の外を知らず。しかし外に別の世界があるということから、総じて門の外から来るものを門外人あるいは「かどとじ」とよんでおります」
「なるほどね、で、その門外人がこっちの世界の式とかいうものを使っている事に関して貴方が知っていることは何かない? 出来るならもっと知りたいことが多いけど、この式に聴いているより別の視点からの話が欲しいの」
『御方! 私が信用ならないといいたいのですか?! 』
「違うから、封じられてたの何だの言っていた奴が今の世情に詳しいわけないでしょう。あと、そこらへんも追いといて吉朗さんからも話聞いて置いて損は無い」
言葉はそれ以上続けず、黒乃をにらむようにして心話だけを送る。もちろんそれだけじゃないからだ。
(何より、彼が敵味方わからないけど、知っている情報で嘘言っていたら黒乃、貴方が分かるでしょ)
心外な、と起こっていた黒乃に最後の含みを伝えるとそれ以上は何も言わず、黒乃はじろりとこちらをみつつ『承知』と、返してきた。
一人と式の会話が納得したらしいのを確認すると、吉朗は手短にこの世界について話し出した。
馬の荒い呼吸と隣で走っている音でその声が途切れ途切れにきこえるが、黒乃が捕捉して教えてくれるお陰で会話は何とか成り立ち、国のなりたちというものからの説明を彼はしてくれたのだ。
「どこから、と思います。簡単でいいならまずは、式の成り立ちを語りましょう。この日津の本は、およそ二十の国に分かれております。私は、式使い云々という話については知りません。ですが、神話の話でしたら誰もが知っていることですのでお話は出来るでしょう」
その昔、この世界はありとあらゆる力が渦巻き、その力の主として荒ぶる神、荒神とよばれる神や精霊の類が跋扈していた時代があった。その時代に、その荒神が暴れるのをよしとせず、其れを纏め上げこの日津の本を治めた神の王、神王 ツノトカミがいたという。
このツノトカミにより、荒神は式となり荒ぶる力を抑えツノトカミがつくった国の中の二十の箇所に奉じられ、日津の本を厄災より守るようおおせつかったのだという。
曰く、争いある時にはその力を使いて全てを治めよと。それが今日の争いの際に式を呼び出し式陣士を呼び出す元となる事柄なのだと。
枝葉をよけつつ馬が傾斜をくだりだしたままその話しを聴いていたが、吉朗の話しを聞くとどうも神様らしいものが黒乃を封印したらしいが、今はその封印はあってないようなもので、いざという時の秘密兵器扱いになっているよということなのだろうか? 黒乃のほうをみると、おおきな口を閉じたままで無表情に飛んでいる。
『流石ヒトどもよ、神話も伝え方がうまいものだ…………あの戦いをそれだけで済ませるだと?はっ
知らぬが花とはようも言うたことだ』
「し、式陣様、随分とお怒りのようですが、何がしか私がご無礼を?」
『お前が知ることではない。まぁ、神話は神話ということだ』
返しはしたが吉郎が話した神話とは違う事実をしっているのは、春香にも分かった。ほこらで話しあったとき、黒乃はあの忌々しい名前もと言う話しをしていたはずだ。二人というか、同じ世界の者同士でもこうも生まれというか、立ち位置が違っては其れも当然なのかもしれないが。続けるように先を促がすと、その神話で起こっていた出来事を再現する発見があったという話しを吉朗はしてくれた。
「誰もが知るその神話ですが、数百年より前の代では本当にあるとは考えられておりませんでした。一法陣士がその神が印した式を扱う術を解読する事に成功するまでは、です」
「法陣士?それが式陣士を作る職なの?」
「いいえ、法陣士様は末を占ったり、悪鬼調伏や国同士の争いの際に術を展開させる事で国を守る要となるとうの、尊い役職です。式陣士も作るのではなく、呼んでこちらに来ていただくという話しを伺っております」
「へぇ……呼んできていただくか」
「貴方は門外人ですが、式をつれております所から、恐らく式を授けられる術を学んでいたところなのでしょう? そして式を授かった事で式陣士になる修行が始まったとお見受けいたしますが」
「あ、まぁ、其れに近いです。黒乃を授かった事ばかりですので式を扱うにはそれほど長けておりませんが」
やはりそうですか! とうんうんと頷く吉朗には悪いが、春香自身の事情をさらすわけにもいかない。その場限りの嘘になるかもしれないが、肯定とも否定とも取れぬ一言をで吉郎には勝手に思ったほうにとってもらう事にした。
「だから私どもにあれだけの力を奮いつつも命を奪う事が出来なかったのですね。なるほど、式陣様も修行が必要だとは私も初めて知りました。いや、決して式陣様が劣っているといいたいのではないのですが」
『気にはしておらぬ。我らは確かにつながりが浅い。これを深く結んでいく事で式陣使いとしての力をつけていく事は、これからの事にも繋がる。吉郎とかいったか、そこまで気にせずとも弱いという事は認めれば強さの糧となるものよ、お前も己を認めるがいい。そこから道とは始まるものだ』
「ははっ! 式陣様からそのようなお言葉をいただけるなんて、私のような姓も持たない末兵にとっては会えた事さえ幸運ですよ」
二人の会話を聞き流している春香だったが、自分が殴ったこの黒乃という式という存在が、封印される悪神半分、あるいは救国の神の化身のような存在で崇められている様子半分に、なんともいえぬ苦い顔をする以外になかったという。
馬の足は止まらず、二人のまるで男が検討を称えあうかのような会話も止まらないが、少しずつ開けた道の先に赤い光の群れがいくつか見え出し、陣への到着がもうすぐだと教えていた。




