Ⅰ-10 先は読めない未だ見えず
ならずものたちをぶちのめし、文三の家に招かれた春香は、名前を偽ったままこの村についてのことをききだすのだった。
なんだ、え、なんだ。土下座されるような凄いことしたっけ? イヤ確かに戦ったけど戦意喪失した相手がいただけで。
ぐるぐる脳内で討論している私の背景には大きなたき火があり、総勢、今は五名になった土下座―ズが前に付している光景は決して望んではいなかった。これは断言できることだ 。
黒之は困り顔になっている春香に、どうでもよいと言うように、心話を伝えてきた。
『好きにさせておいてやるのがいい。
奇跡の機会は多くはないし、話に任せておけば此方にも良い』
言葉からは、偶然にしても流れに乗っておけば問題は無い。と言う事なのかもしれないが、それでもその奇跡が起きた理由は春香には納得できなかった。
『その奇跡の理由が私にも分からないんだけど、あの時なんで名前と式陣だとバラしたのよ? 秘密にすんじゃないの?
どうしてボスが逃げ出したの?』
『我の姿を見たからだろう? 秘密なぁ、……』
なんだろうか、若干あきれられたような声音が響いてくる。
『おいおい、話そう。今は助けた奴らを下がらせたくはないか ?』
『追々じゃなくてすぐにも聞きたいよ。
確かに土下座されるのってあんまりいい気分じゃないけどさ』
心話を続けながら視線を下げる。顔も上げずに、土下座する彼らにも、矢張り黒之の姿が見えていない。私の顔は見た時、私に巻き付いているこの御竜が見えていたならそれなりの反応をするはずだ。
あのボスと対話している内容も恐らくは聞こえていなかったと思われる。
何かの条件でもありそうだが、なんだろうか……。
そうこうしているうちに、けが人は立てない者を除いて大きな住まいに運ばれていった。村長代理である文三の周りに加わろうとする人物もいたが、村での発言権がありそうな人物だけが私に対して土下座を続けている。文三さんに諭されて、それぞれは頭を深く下げて、村の中の各所へと散っていった。
「文三さん。少しいいでしょうか? この村は襲われたばかりです。私よりは、村の人の手当を優先させましょう。土下座をするのはそれからでもよいかと思います」
「で、ですが、練士様にお助けいただ いたというのに、……」
「怪我は深い方もいるようですし、私は大きな怪我もしていない。でしたら、まずはそちらから助けるのが道理では? 」
「……本当に、儂らは良い糸の縁を引けたようで。お言葉に甘えさせて頂きとうございます」
「いえ、甘えるなど。まずは怪我の手当をしましょう。
私もお手伝いを」
「いいえ! 助けていただいた上に怪我の手当まで! このままでは我らが恩を返せなくなりそうです」
大げさに言う文三爺さんの言葉に、思わず冗談かと声を掛けようと思ったが、私を見つめるその目はとても真剣そのものだった。流石にこれを断るのは拙い。
「わかり、ました。では少し此方で待たせていただきます」
「ありがとうございます。今宵も更けております。
何分このような体でございますが、練士様が休めますよう、うちにおいでくださいませ。妻のトミウをお仕えさせましょう」
「いや、そこまでは」
「あまり大きなもてなしも出来ませなんだ。儂らからの返礼としてお受けくだされ……」
ここまでが流れに乗れ、とでも言う事なのだろうか。悩むように視線を上げたフリをして、黒之に訴えかけてみたが軽く笑むだけだ。
仕方ない。春香の言葉を切ってまで地面にこすりつけるほど頭を深く下げた文三さんに、短く了承を告げた。
再度額を大地へ押しつけると、文三爺さんは立ち上がり、背後で頭を下げていた者達も続いて立ち上がる。
隣にやってきた奥さんのトミウ婆さん以外、皆それぞれが家々に戻ったり、怪我人の具合を見に行く為に散った。
後に残された春香へ、トミウ婆さんが
「こちらへ、練士様」
と、短く促した。パチパチとまだ燃え上がっている火を後ろに、亡骸の山の隣を通って、一番上に構えてった一回り大きな家へ向かっているようだ。春香の後ろで慌ただしく、バタバタという足音やら泣き声が増えていった。
土と木で出来た簡素な階段をあがり、案内をされていく。
近づいてみるとその家屋は大きいのに入り口は狭く、少しばかり屈んで中へと入るような作りになっていた。
(はぁ、すごいな。ログハウス風なのに、中は板の間がメインに編み座布団か)
春香の知っている建築物だったら、それこそ木製のログハウスがしっくりくる外観だった。だが、中はどちらかと言えばそれこそ、日本の古民家を広くした様な感じだ。
しっかりと土間があるし、水瓶やらかまども見える。けれども、年季が入っているらしく、それらは大分古びていた。まじまじと、古民家に興味を持って眺めているとトミウ婆さんがこちらへと、手招きをした。
「練士様、お酒はおめしになるのでしょうか?」
「いや、私は酒が好きではなくて。よければ水を一杯もらえませんか?」
「はい、わかりました」
招かれて座らせられたのは、上座にあたる円座で、そっとそこにあぐらをかいた。尻の辺りの感触はムズムズするけれど、きっとできる限りのもてなしなのはわかる。
ヨレヨレと浅くお辞儀したトミウさんは、土間の奥にある瓶へと木製の器をもって向かっていった。
『ふむ、まぁ、体よく監視されておるな。よそ者はあまり来ないのだろうよ』
『監視? 今の状態が? 囲炉裏の前に座ってお水持ってきてもらうだけでしょう?』
あんなに土下座して、おまけにこんな大きな家につれてきてもらって受け入れられているのに何をこの式陣は言っているのだろうか? 監視と言っても、トミウお婆さんが此方を見てくるくらいだし、恩人みたいな扱いをされているのにそうは思えない。
そんな風に思っているのを見透かしているのか、ふぅ、と黒之が蛇体をゆらしてため息をついた。
『少なくとも、唐突に現われた練士がどこのものか分から無い上に、いきなり自分たちを助ける利益はない。なのに、ならば何故助けたのか? 疑問も疑念もあろうものでしょう』
『……じゃあ、黒之の理屈で言うなら、それでも私たちに礼を取らないといけない理由は、私たちが怖いから?』
『恐怖、よりは使命でしょうなぁ。…………おっと、婆様が戻ってくるの、しばらく』
「お水、おもちいたしました。こちらで申し訳ないですがぁ」
「ああ、ありがとうございま、す」
渡されたのは平たい器に盛られた水だ。しかし、その水は少し色づいている。木の色が白茶をしているのに、なんだか薄赤い。
わずかばかり飲むのをためらうと、それに黒之が心話を繋げた。ついで、縁から二股に分かれた舌がついと、その水面をなぞって口に戻っていく。
『御方、ひとなめ失礼。ああ、気になさるな。乾き要らずのシズノミをしぼってあるだけよ。少々酸味がきついが、まぁ、練士にだすならばシズノミはいれるだろう』
持ってきたトミウお婆さんがこちらの様子を見ていることから、もしかしたら黒之が言っている疑問の確認なのかもしれない。
心話の言葉に、間を開けないように春香はそっと土器に口をつけて水を喉に流し込んだ。僅かに香ったのは梅を薄くしてミントを混ぜた様なにおい。ついで、口の中に広がったのはお酢を薄めたような酸味だ。
私がおもっていたよりも、強い口当たりだったが、何とか吹き出さずに飲み込む。健康ドリンクとして飲めば、飲めなくはない。飲みきった後に僅かばかり鼻に残る香り爽やかだった。
「ありが、とう。ごほっ」
「いえ、僅かばかりのシズノミで申し訳ない事です。練士様ならばもっと多くを混ぜ込むと聞いておりますが、生憎と」
「いや、本当に気にしないでください。こんな中でお水を頂いているのも過分かもしれないのですから」
「まぁ、……恐れ多いことで。文三にも私から良くしていただいているお伝えします」
黒之の言葉を裏付けるように最後まで私の飲む姿を見ていたトミウお婆さんがにっこりと微笑む。私の言葉に、皺の寄った顔が少しだけ和らいだ様に見えた。
『仮でもまとめ役の妻ならば、客人をもてなす体も出来る上に、不審な人物に対してすぐに知らせられる。まして、老人ならいざとなれば身を挺して阻めば村として損はあるまい』
聞かされる方の身としては嬉しくは無いけれど、信用は難しいよなと、黒之の言葉にも納得していた。
『……そうね、うん。まだ緊張してないといけないか。……やっぱり異世界だからなぁ。いや、関係ないか』
『御方の世がどれほど平和で緩い場所か。二刻にも満たぬのにようようわかりましたとも』
『平和が一番なの、こんな血生臭いの望んでたまるか!
あー、でも、シズノミ入りのお水は喉が渇くなぁ、もう一杯欲しい』
酸味があるせいかあまり多く飲んだ気にならなくて、口の中が乾くように感じる。喉渇きに、シズノミのお水をもう一杯もらおうかと思ったときだった。
閉めてあった板戸をガタガタと大きく動かす音がして、大きな背負子を背中につけた少年が現われた。肩に食い込んでいるように見える背負い紐から、どうやら何かを持ってきたように見えた。
新しく囲炉裏に加える薪でも運んできたのかと、春香がみていると、トミウがハッとしたように叱りつけた。
「こんれ! 練士様が休まれてるのに騒がしい、三ツ太!
用があるなら爺様やろう言うっただろにが! 」
「そん、じっさまがこんを会わせろいったんだ。おい、おい」
背負子に向かって少年が声をかけると、くるりと、その背中側が私の方を向いた。
「 あ、タエちゃん! よかった、見つけてもらえたんだ」
「セイさん?……!! せいさーーーん!」
一瞬小さな口が丸く開き、目を大きく見開いたのはタエだった。まだ幾分か汚れているが、お腹周りにも、腕の辺りにも包帯のように布が巻き付いている。簡易ながら手当を受けられたらしい姿にほっとする。手当も出来なかったが、思っていたよりもどうやら元気らしい。
「あーもー、うるっさいぞタエ! おめぇ怪我してんだから騒ぐなって言われてんだろが。おめぇのかかさんも心配してたんだぞ!」
「三ツ太にぃ、だって、助けてくれたセイさんだよ! アイの事隠してくれて、おっかない人から守ってくれたんよ!」
「背負子に乗ってんだったら、少し声ちっさくしろよ!
腐れ切株の処から乗せてったんだぞ、おめも、元気なの見したったら家戻れ言われたんだろが」
「元気そうで良かった。ありがとう、えーと、三ツ太くん。
タエちゃんはまず傷を手当てしっかりしてもらったなら、休んでなよ。傷ついていたなら無理しちゃ駄目だ」
「練士様、心配要らないですとも、……ほれ! 三ツ太、さっさとタエを連れてってやれ」
おう、という声と共に三ツ太がそのままでていき、その後ろから、文三が顔を覗かせた。
「……騒がしいもんで申し訳ない。練士様が心配しなさっていたので、此方に一度寄るように言ったのですが」
「いえ、無事だったのが確認できたので安心できました。
お心遣いありがとうございます」
やってきた文三も、子供達二人を優しく親元へ向かうように言うと、中へとするりと上がってきた。
「練士様、いや、セイ様。
このようなところで申し訳ありませんが、こちらにてお休みください。今宵の宿としては、本当に粗末でございますが。……これを我らの花境の村からの礼としてお受けいただきたい」
「その、…………屋根を貸していただけるだけでも十分ありがたいお話です。私も戻る予定の場には、今宵は流石に難しいと思っていましたので」
「おお、そう言っていただけますか。」
微笑みながらそう返した春香の隣で、未だ出たままの黒之が心話を繋げながらカンニングぺーパーの様に答えを呟いてくれている。
するするとしゃべる事が出来ていないが、文三さんもトミウさんの視線と雰囲気に疑いが出てはいなさそうに感じた。
ただ、それを考えながら話をするのが少々面倒ではあるくらいだ。
『そう、そう。練士なれば修行の場に戻ると言い含みながら、礼を受け取るくらいはしますな。あとは、あちらの話を聞いていけば良いだろうかと』
文三さんとの会話会話の合間に、短く出来る空白が不自然にならないように、春香は受け答えを続けた。




