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誰が許した異世界転移  作者: カノ ハル
戸惑いの歩み
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不運かそれとも偶然か

身の回りが忙しすぎて更新がずっと滞ってましたが、生活環境もろもろと相談しながら少しづつ手直しと書きくわえをしていきます。

セミの声が響き、壁を隔てた向こう側で夏の匂いをさせる。

 講義上がりの冷房の効いた教室から一歩廊下に出れば、ざわつきながら出ていく同級生達の姿が見えた。


「よっ、イッシー。先にあがり?」

「お疲れー、いや、午後に二限はいってるけど私これから一回帰るわ。とっつんは? 」

「今回の授業課題、訂正発覚でこれから支援センター前の掲示板―」

「うっわ……マジでお疲れ様。稲ちゃん? それとも地獄のぼんちゃん?」


 あだ名で呼んだ生死を分ける教授の名前に、友人の富長は大きく頭を振った。渋い顔を作り、薄目を開けて見てくるので察しがつく。


「えーこんたびー、のぉ、課題はぁ ということで、ぼんちゃんです」


「生きてください。……ぼんちゃんの授業必修じゃなくて本当に良かったわ」


「ちくしょう! あ、でもあとで稲ちゃんの講義の内容少し見せてねイッシー、ちょい不安がある」

「いいよー、写し代金でモウドルドのフラッペ食べに行こう!」

「たかっ! あー、善処するわ!」


 似たような会話がそこかしこでしている中、他愛ない約束をして友人は次の授業教室へ向かう階段の流れに乗っていった。

授業移動の流れが出来るなか、自分は階段を一階へと降りていく。数階上にあるそれぞれの学科教室への移動者を見送りながら、私は一人洗濯物を取り込みに帰ろうとしていた。快晴に見える空、けど朝の予報を覚えている。講義日程表と併せてみていたテレビ画面の注意報は、よくなかった。


「天気予報、間に合うかな」


 のんびりとした調子でスマホを見れば、雷雲のマークの出ている天気予報と、いくつかのニュースが通知で流れる。

 文面を追っていけば、朝より悪化したらしく警報にソレが切り替わっていた。西の方は既に大雨らしい。

そんな画面を見ながら、私は、こう思っていた。


『ものたりないなぁ、しあわせで』


天気予報のスマホ画面の先では、穏やかなお昼時の空気が広がっていて、テラス席に集っている学生の群れがみえた。本当に鮮やかで、平和で。だから物足りない。

聞かれれば罰が当たりそうだ。一般家庭で平凡に育ち、四年制のマンモス大学に入って、勉強しながら青春を謳歌する。

そのはずだった。

遠く離れた新天地、最初の一週間くらいはわくわくしてたのに、やっぱり物足りなくなった。

授業も新しいという割には面白味がないし、いまいち自分が学びたかったことのはずなのに気乗りしない。本日は友人のとっつんも、他の友達も別の講義を受けるから遊びに行けない。なにより午後も講義があるから中途半端な中休みだ。


「考え事をするのも面倒だな」


 スマホの画面をきって、食堂棟をぬけて足を購買横の入り口へと向かわせる。道中の資料室前に展示されている鎧とかも最早見慣れたものだ。

蒸し暑い廊下に変わりは無く、白い大型タイルの廊下左手にある視聴覚室には、英語の検定について説明会が執り行われている。

 まっすぐに向かっていた購買横の出入り口の道中、大通路で人並みが不意に途切れた。

 半袖姿の学生達の流れが急に引けたようにみえただけだったが、一瞬だけ弦を張るような沈黙が耳に残る。

 言葉に出すほどでもない、時の空白のような無音だ。

けれども、すぐにまた上階から降りてきたエレベーターの音や、教室から出てくる学生達で雰囲気は元に戻った。

 この時期だからだろう。たまたま人がいなくなっただけだから。と、一人で頷くと早足で通路を歩き続けた。


 自然と速度が上がり、さっきの異質な塊の空気を振り払おうとしている。

見上げた二階の渡り廊下だってちらほら人がいるし、構内コンビニのファムソンへとお昼を買いに行く流れもあるのに。


「あーやだやだ、五月病なんていつの話題なんだか」


 とっくに過ぎた月の病気に今更かかっているのかもしれない。そう口に出して、もやもやをたたき出してやった。首筋が粟立つような何か、混ぜっ返して夏の空気に消えた気配はきっと気のせいだ。


「毎度ありがとうございまーす」


 が、結局、もやもやを振り払おうとして、振り切れずアイスを買っていた。

「うん、必要な出費。コレは仕方ない! 新商品だったしね」


 買い食いに理由をつけてはいけない。うん、僅かな出費だ。ポニーテールが首の裏で揺れて少しこそばゆいと感じながら、逸島(いつしま) 春香(はるか)は購買に売っていた新商品のアイスを吸っていた。吸い上げたシャーベットアイスの冷たいのどごしが、美味しくて、清涼感を一層感じながら飲み込んでいく。

抹茶の味も好きだが、今度でている夏みかん味は中々にいい。甘ったるいのかと思っていたが、絶妙な酸っぱさがあって日差しの暑さも払ってくれてるようだった。

 やっぱり気の持ちように間違いないだろう、モヤモヤは食欲に負けたようだ。

 アイスを口にくわえたまま、硝子の大きな押し戸を強引に押して外にでると並木道がならび、そこから蝉の声が近くなる。

 入り口のひさしの先で、大きくなり始めた入道雲と遠雷に、暑さが平年より高いのだろうか? と、肩掛け鞄を背負いなおして空を眺めた。と、学内放送の電子音が背後から追って鳴り響く。


「校内にいる学生に、校内にー~~」


 ガラス戸が閉じられたせいで後半は聞き取れなかったが何かあったのかな?

 

「まぁ、いいか」


 そんなに長くはならないとたかをくくって、さっさと自宅に戻ってしまおう。


 【まず一つ目の失敗、校内放送は悪化した天候の注意を促していたのだ、豪雨が迫っていると】


 午後の授業は開始までまだ数時間はあいてるし、あとは自転車を転がして自宅アパートまで帰るだけだ。降られやしないだろうかと思いつつ彼女は自転車置き場へと走った。

 急いで少し薄汚れた大学の白い壁を横に駐輪場にいけば、ずらりと自転車が並ぶ中、シルバーカラーに紛れているはずのオレンジ色が見つけられない。


【そして二つ目、この時しっかりと盗難届を出しに戻れば良かった。そうすればあの道を通らなかった】


「おおい……。だれですかー、私の自転車とっていきやがりましたのはー」


 やっと見つけた痕跡は、あったとおぼしき場所に突っ込まれた自転車の下、ワイヤーロックが落ちている。

 朝方に止めたマイバディの快速号は、手元に鍵だけを残して消えていた。正面の壁をみれば、大学の事務所からの広報で『盗難について』とでかでかと張り紙がしてあるのに、だ。


 張り紙を前にしても獲っていくという問題学生は、罰金どころじゃなく下手したら呼び出しを頂く記載のある広報も、マンモス大学であるこの学校ではあまり意味をなしていない。なにせ現場を押さえなければ意味が無い。人数が多過ぎるし、手馴れているやつはすぐさま自転車のロックなんて空けてしまう。


 「はぁ」と溜息をついたところで、自転車が来てくれる訳でもないので一思案。徒歩だと距離のあるあのアパートまで帰るのはこの日差しの中では自殺行為に等しい。


「追加出費だけど学生価格に感謝しとこう、しかたないかぁ」


洗濯物取り込みは必須。ならば、アパート中間地点にあるなじみになった喫茶店まで行き、休憩をとりつつ急いで戻るしかない。追加出費にはなるだろうが、途中に冷たいアイスコーヒーでも飲んでおけば炎天下の道のりも何とかなるだろう。


「帰りの具合で講義に戻れなかったらそれはそれで仕方ないし」


 春香は鞄に入れていた古ぼけたキャスケットをかぶると、喫茶店までの道のりを軽快に歩き始める。燦々と照りつける日差しに、数メートルもしない内にじんわり汗が浮かんできて、目の前が陽炎のように揺れた。


 自転車で行きなれた並木道、そこに並ぶ店はノスタルジックだ。言葉を飾ればそんな風だけど、なんとなく時代に取り残されているとも言えるだろう。

 でも、春香にとってはそんな風景もまた好きなものの一つだった。

 どこか柔らかい空気になる、そんなところが良い。


 横断歩道を渡りきり、あと店まで数百メートルとさしかかったとき、不幸が降りかかってきた。雷雲までまだまだ遠かったが、後ろからの不自然な黒雲が春香を捉えていた。空の日差しが陰り、唐突に水滴がザアアッと真上から降り注いでくる。そして鳴り出す爆音。


「えええ?! ちょっと待った、待った 後ろからとかそんな殺生な!」


 春香は必死に鞄をかばいつつ手近の店の軒下に逃れたが、あっという間にお日様は隠れてしまっていて、唐突な雨に空を見上げることもできなかった。はいていたズボンは水を吸って青が紺へ、鞄は死守できたが片側に下げていたお弁当箱はもろに雨を食らってしまい見るも無惨。

 雨のついでとばかりに白い稲光が空を走り抜けた。

 ゴロゴロゴロ…………ガシャアアアアアアン


「うひっ、あああ、見当外れて最悪だわぁ」


 いきたかった喫茶店まではまだ距離はあるのに、これでは動くに動けない。携帯している傘を差していくのは落雷を受けそうで怖くてさせなかった。

 激しい雨のせいで、上空の雲が渦を巻くような風が吹いている。雷も白い色から、薄紫やピンクと随分派手な色味にかわり、何条も空に亀裂の枝を広げた。

 閉まっているお店の軒先だけでは心許ない、かといって隣の店も閉まってるみたいだし(ひさし)はない。


「なにこれ、今日の天気予報時間ずれすぎじゃない? にしたってあーあ…………せっかくのお弁当ー」


 肩掛けバッグはぐっしょりで、情けない声の一つも上げたくなる浸水被害だ。今日はそこそこにおいしそうな鳥の照り焼きができたので自分でも楽しみにしていた。食べられなくはないだろうが、雨水が染みてしまったと思うと、テンションがしなびてしまう。やりくりしながら作った弁当を台無しにされたら、雷様だろうと、こうなれば八つ当たりの一つだってしたくなるだろう。肩を落としていた春香は、キッと空を見上げて文句の声を上げた。


「なによ。私がなにしたっていうのさ!」


 【決定打、三つ目の決定的な失敗、降り出した大雨、走ってでも彼女は喫茶店にむかうべきだったここまできてしまったのなら、ずぶ濡れになるのが弁当でも春香でも変わらなかったはずだ】

 春香は気づくべきだった。あの時校舎で感じた粟立った肌が、自分の錆び付いている第六感が警告を出していたのだと。その不穏な空気は彼女に向かっていた。それでも、外に出ていなければ避けられたかもしれなかった。


 春香がみている方向とは別、その稲妻ははじける音を立てながら上空でとどまっていた。雲間で光を発し続ける異質な電光。天から見下ろしているような鎌首をもたげた稲妻は、獲物に狙いを定めている鷹のようだ。


 パチパチと音と光をこぼして、紫電を散らしながら震えるように遙かに下の箱庭を見下ろす。一時中空で止まったそれは雲のなかを一巡りして、白くその体を肥大させた。狩人の獲物が決まり、直線の光は大地を目指して駆け下りる。

 (あやま)たず、近くなる地に見つけた砂金を目指して。


 次に雷鳴が光ったのは間近だった。正確に言えば間近ではなく、自分があげた腕に直撃した。白い衝撃に、ついでまさしく体の細胞すべてがはじけるような感覚が相次いで襲ってくる。痛いという言葉が出る前にすべてが沸き、焼き切れた。一撃で通り抜けた雷の後を追う一瞬、視界が黒に染まりなにも感じなくなる。あまりの痛さにきっとこの痛みで死んだのだろう。走馬灯もおきなければ、誰かに対してとかも考える時間もない。自分がきっと解けてしまう、そう思える瞬間か、それとも永い時間か。


< こ よ >


 二つの音を最後に、心が途切れる。

 だが、糸のような最後の一線が断ち切れそうな時、その意識は繋ぎなおされた。不自然なその結びに吐き気がして、春香が再度目を開くと、そこは見知らぬ山の中だった。

 

 あまりの事に無言になっているのが、こちらに来た最初。

 誰かの呼び声もなければ、召還とかそういった手続きすらない、このときは本当に何で自分が山の中にいるのかはわからなかった。

 そうして、これが世に言う異世界召還、転移だと知らされることになるのはそう遅くはなかった。

久しぶりの投稿になりますが、ありがとうございます。

心機一転して、リハビリ含みで頑張ります

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