第96話
一目見てそれが生み出してはならないものだと俺は悟った。
まるで黒真珠の様な球体に金色で虹彩のような模様が掘られた真球。それは支える物も無いのに宙に浮き、虹彩のような模様を動かし続けて周囲の何かを観察している。
いや、何を観察しているのかはもう分かっている。
こいつが観察しているのは作成時に俺が込めた念。
スキルの深奥だ。
けれど、それは俺の様な普通の存在が知っていいものじゃない。
もしも何のフィルターも通さずに直接この目が見てるそれを見てしまえば確実に俺は発狂するし、最悪の場合は死ぬ事になるだろう。
いや、普通の人間なら確実に死ぬ。それぐらいは俺でもわかる。
何としてでもこれを制御できる何かを今すぐに生み出さなければいけない。
「やるしかないか。」
俺は意を決して潰れた左目を瞑り、再び新たなアウタースキルを作る準備に入る。
今度組み合わせるのは≪蝕む黒の霧≫と≪迷宮創生≫だ。これにこの目を制御するという念を込めれば恐らくは目的の物が出来るはずだ。
「さて、今度はどこを持っていかれるだろうな。」
俺は右手に≪迷宮創生≫の陣、左手に≪蝕む黒の霧≫の陣を生み出し、念を込める。
と、同時にさっきと同じように体の何処かを完全に無くす覚悟を付ける。
「『我が身に流れる黒き血潮と未知なる物質を生み出す秘術。二つの力が集い束なり混じり、神の定めし器の形から離れて新なる物質が生み出される。アウタースキル・クロキリノケッショウ』」
二つの陣が先程と同じく崩壊と構築を繰り替えして一つの陣になっていき、やがて光を放ち始める。
「あっ……ぐっ……」
左腕に痛みが走ると同時に肩から先の感覚が無くなる。
そして俺の目の前には、
黒い骨で作られたカンテラの様な物がその中にクロキリノシンマで作った真球を納めた状態で浮いていた。
俺はそれを見て、一先ずの危機を脱したことを察した後、痛みが走った左腕を右目で見る。すると左腕は肩から先が無くなっていた。
霧の体なので血こそ出ていないが妙な感覚だ。
俺は霧の体を操って左目と左腕を作ろうとする。が、左目は全く作れる気配が無く、左腕は異常にゆっくりとしか作れず、集中が途切れるとすぐに霧散した。恐らくは2つのアウタースキルの代償として消費された影響だろう。
「はあ、まあいいさ。とりあえずこいつらに名前を付けてやるか。」
俺は宙に浮いているカンテラを手に取る。
名はそのものの根源を表す。故に何かに名前を付けるという行為は非常に重要だ。
何故なら根源を知られているという事は運命を知られているという事。運命を知られているという事は生殺与奪の権利を握られていることに等しい。
だからこそ現状では俺本来の名前を奪い、『蝕む黒の霧王』という名前を与えた魔神相手ではどう足掻いても絶望何だが……と、これは今する話じゃないな。
今はこいつらに名前を付けてやらないとな。
「そうだな……」
俺はカンテラとその中の真球を見つめる。
真球はスキルの深奥を見定めるもの
カンテラは真球を制御するもの
それならば、
「真球にはスキルと言う名の魔の法則を解析するものとして『法析の瞳』の名を、カンテラには『法析の瞳』が見たものを改めるものとして『検魔の行燈』の名を与えよう。」
俺がそれぞれに名を付けると同時に『法析の瞳』は妖しく輝きだし、『検魔の行燈』はくるくると回転を始める。
二つとも意思無きもののはずだが何となく喜んでいるような気もする。
「さて、折角だから早速使わせてもらうか。」
『法析の瞳』と『検魔の行燈』の使い方は何となく分かっている。
俺は≪霧爆≫を壁に発動して壁を凍らせる。そして『検魔の行燈』を右手に持ち、中に入っている『法析の瞳』の視線を凍った壁に向ける。
『法析の瞳』の虹彩が激しく回転し、瞳孔に当たる部分が激しく拡大と収縮を繰り返す。そして瞳から文字列の様なものが生み出されて瞳の周囲を漂い出す。ここまでが『法析の瞳』の効果だ。
ただ文字列が行燈の外に放出されることも無ければ、文字列の内容を読み取ることも出来ない。どうやら『検魔の行燈』の力もきちんと働いているようだ。ただ、こうして行燈越しに見ていてもこの文字列がヤバい情報を秘めているのが分かる。
仮に俺がこれを直視していたら予想通りの結末だっただろう。
「さて、それでは『検魔の行燈』の真価を見せてもらうとしよう。」
俺は『検魔の行燈』に力を込める。
すると『検魔の行燈』の側面から内部の文字列が1小節分だけ漏れ出してくる。
俺はそれに目を通す。が……
「ぐっ……」
目を通した瞬間に俺の頭の中にこの世ならざる情報が入ってきて激痛が走る。
「くそっ……まさかここまでの物とはな……」
俺は『検魔の行燈』の文字列放出を急いで止める。放出された文字列は俺が読み取ったためなのか既に空中に溶けている。
そして俺は頭の中に入ってきた情報の検分を始める。
どうやら俺の中に入ってきた情報は≪霧爆≫の中の爆発に関する部分のようだ。
属性が決定された魔力を指定箇所に転移させ、指定箇所で属性を拡散させる形で開放する。爆系スキルは単純化すればそういうものだ。
だが、実際には爆発の際に発動者の安全マージンを取るために使用者と起爆点の間に有る距離に合わせて若干の指向性を与え、それによって発動者のいる方向に対しての爆発の勢いが抑えて自爆する可能性を抑えているようだ。
おまけに使用者の意思を感知して使用者にも気づかれずに爆発の方向性をオートで僅かにだが変化させる機構や、爆発の際に撒き散らされる属性の密度を変化させる機構などもある。
「これだけのものを何千何万と魔神は組んでいるわけか……、流用や引用を多用してはいるんだろうがそれでもとんでもないな……。」
俺は改めて魔神と自分の間に有る絶望的な力の差を思い知る。
だが、思い知っても歩みを止める気にならないのはその場に至るための道が僅かにでも照らし出されたからだろう。
と、解析の続きをしようとし始めた所でノイズ混じりの通信。イチコからの連絡のようだ。
『クロキリ。こちらはカイロに着きました。』
「おお早いな。砂漠越えはもっと大変だと思っていたんだが。」
『独り身ですから。』
イチコは笑いながら答える。実際笑って流せるような旅路では無かったと思うんだがな。
『お嬢様は?』
「数日前に連絡があったから今はエルサレムの辺りじゃないか?ちょっと待て今連絡を……」
俺はリョウたちと連絡を取ろうとするが、通信が繋がらない。ダンジョンの中にリョウたちが居るからと言った感じではない。この感じはまるで十年前のあの日のよう……
「っつ!?」
『クロキリ?』
「イチコ!もしかしたら奴が今リョウの近くに居るかもしれない!」
『!?』
「至急向かってもらえるか!?」
『分かりました。今すぐに向かいます!』
イチコは慌てて通信を切った。恐らくは全速力でリョウたちの下に向かってくれるのだろう。
「間に合ってくれよ……」
そして、俺はこんな状況でも座して待つことしかできなかった。
『法析の瞳』はチートアイテムに見えますが使用の際に要求される能力値が異常なため実はほぼ全ての人間や魔性にとっては産廃です。




