第82話
「これだけやっても痛がる素振りすら見せませんか…」
私は物陰から『種を分離する別士』の上半身の様子を窺います。
植物の上半身には私の手によって無数の大小様々な剣が突き刺さっています。が、相も変わらずどこを見ているのか、何を聞いているのかも分かりませんし。ただ最初の位置で浮き続けています。
「おまけに下半身も組み替えをすればダメージはほぼゼロですか。」
今度は別な方向に目を向けて、先程巨大剣で地面に縫い付けたはずの別士の下半身の方を見ます。が、動物の下半身は身体を組み替えることによって巨大剣の束縛から逃れ、今はキリンの様な長い脚を動かして私を探し回っています。
正直に言って、私は実はあの植物の上半身はダミーで本体は別にいるとか、下半身だけの生物ではないか。とか、
この生物は『種を分離する別士』ではなくただのモンスターなのではないかとも思いました。
「しかし、この島にはあれ以外の生物は居ませんし。下半身を滅多刺しにしてもしばらくしたら復活しましたし。放っている気配は間違いなく魔王なんですよね…。」
私はそれぞれの気配に気を配りながらもどうすれば別士を倒せるかを考えます。
下半身滅多刺しは駄目でした。上半身の首があると思しきところを切っても再生しました。縦に真っ二つにしてもしばらくすればくっつきます。心臓と脳がある場所には未だに剣が刺さっていますし。残る手段は…
「再生できなくなるまで休まず攻撃を加え続ける。それしかありませんか。」
私はそう結論付けました。
私は自分の残り体力と装備の消耗を考えます。すでに戦闘開始から数時間が経っています。体力は小休止を挟んでいるので問題なし。武器も生成しているので大丈夫。ですが、防具は大分損耗しています。
となると、下半身に見つかって攻撃されないうちに一気に攻めるべきですね。
そして、私は下半身が少々遠ざかったのを確認して≪形無き王の剣・弱≫を発動して別士の懐に飛び込みます。
「ハッ!」
転移しながら右手に生成した鉈が別士の左肩に食い込みます。続けて左手に持ったエストックを首に突き刺します。けれど別士は身じろぎもしなければ血の一滴も流しません。けれどそんな事は今までの戦いから分かっています。だから、
大剣で頭から真っ二つにし、数十本の短剣を楔の様に打ち込み、長剣と曲刀で細かく切り刻み、無数の刺突剣で細胞の一つ一つを貫かんが如く攻撃を加えます。もちろん、私がする攻撃の中には人体の構造上次の動作がどうしても遅れる攻撃もあります。けれど今の私には≪形無き王の剣・弱≫があります。手が足りないのならば剣を飛ばせばいい。武器が壊れたならば作ればいい。手がそちらに回らないならば回る位置に自分を飛ばすだけ。
そうやって右に左、上に下、まさに縦横無尽と表すべき攻撃を私は仕掛けます。
そして、ラッシュ開始から十数秒。別士の上半身が人間の頭ぐらいの塊になったところで、別士の下半身がこちらに迫ってくるのが視界の端に見えました。後数秒でこちらに攻撃を仕掛けてくるでしょう。
視界を上半身に戻すと突如として剣が止まっています。どうやら結界を張って私の攻撃を防いでいるようです。今まで何をされても無視していたのにです。
「なるほど。」
私は思わず笑みを浮かべます。なぜならば、別士は私の攻撃によって吐露してしまったのです。このまま攻撃をされ続けては拙い。と、
別士の下半身が私の頭を踏みつぶそうと大きく脚を振り上げるのが感覚で分かります。私はそれに対して攻撃が当たる直前に転移して避け、巨大剣で両足とも切り落とし、勢いそのままに別士の上半身を守る結界に叩きつけます。
巨大剣と結界が互いを削りあう音が聞こえてきます。私は左手だけで巨大剣を振りぬくようにし、右手に作れるだけの剣を作り、作った端から別士の上半身に転移で叩きこみ、別士が必死に守ろうとしている何かがある部分を攻撃します。
そして、赤い塊のようなものが一瞬見え、それに短剣が突き刺さった瞬間。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」
別士は声にならない悲鳴を上げつつ全力で結界を展開して私と私の剣だけを弾き飛ばします。ですが、弾き飛ばされつつも私はその赤い塊に追加で数本の短剣を叩きこみ、その上で空中で身を翻して着地します。
私は自分の体の状態をすばやく確認すると別士に目を向けました。
別士は…
あらゆる動物がモザイク状に組み合わされた人間の男の姿になっていました。
その体には猫の耳があります。牛の角があります。蝙蝠の翼があります。鰐の牙があります。虎の爪があります。犀の皮膚があります。豹の足があります。犬の鼻があります。鷲の翼があります。魚の鰓があります。針鼠の針があります。羊の毛があります。蜥蜴の尻尾があります。虫の眼があります。蟹の鋏があります。蝸牛の殻があります。蛙の舌があります。そして人間の口があります。
「第1段階突破。と言ったところですかね。」
私が別士の体を見て出た感想はそれでした。そして別士の能力についてもだいぶ分かってきました。
別士はおそらく切り離した体の部位ごとに違う種の生物の特徴を与えられるのでしょう。そして恐らくは体を切り離す際に特殊な性質をもつ結界を用いることで体が離れてまったく別の種を象っているのに同一個体として動くことができるのでしょう。
そして結界の性質はおそらく自分とそれ以外を識別して、それ以外を弾くこと。それならば先ほどの私と私の剣だけが弾き飛ばされたのも納得がいきます。
別士が口を開きます。当然、私は何をされるのか分からないので警戒します。
そして別士の口から出てきたのは…
「憎い。」
という言葉でした。
06/01 ちょっと改稿




