第60話
チート的表現+グロがあります苦手な方はご注意ください。
粉塵爆発によって巻き上がった土煙が徐々に晴れていく。
辛王は土煙が晴れた後に何が残っているかを考えるが、その結論は跡形も無くなっているか、ギリギリ黒焦げで残っているだろう。というものだった。
しかし、そういう判断を辛王が下すのも無理はないだろう。
なぜなら、先程辛王が放った一撃は最初の粉塵爆発と違い、イチコを確実に殺すために対象を絞る代わりに威力を爆発的に上げたものだからである。
だが、土煙が晴れた後の光景に辛王は驚愕する。
なぜならそこに居たのは爆発前と変わらない姿と体勢で倒れているイチコと、蘇芳色のフード付きコートを身に着けた少女だったからである。
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私は最初、痛みを感じる暇も無く死んでしまったのかと思った。けれど、周囲に音が戻り始めるとともに私は疑問を感じて目を開けました。
そして、目を開けたそこには辛王と対峙する一人の子供の姿が居ました。
『お前は…何者だ…』
辛王が私と対峙した時とは比較にならない程緊張した様子で子供に向かって話しかけます。そこには王独特の余裕や慢心は一切感じられません。
「何者か。ねぇ…私を目の前にしてその程度の台詞しか出てこないならやはり検体番号493は外れだな。」
やれやれと言った風体で子供は言います。声からしてどうやら少女のようです。
「さてと、通信封鎖をいつまでもしているわけにもいかんしな。とっとと終わらせるとしよう。≪赤きエリクシル≫≪始祖神の祝福≫≪支配者の脚本≫」
少女が屈み私の背中に手を当てて、スキルの名の様なものを呟きます。
『なにっ!?』
すると、私の体にあったはずの無数の傷は消え去り、今まで感じたことが無い程の力が全身に満ち溢れ、私の体が勝手に起き上がります。
「さて、逃げられても面倒だ。一撃で仕留めさせてもらおう。行け。」
少女がそう言って指を辛王に向けた瞬間、私の体は音を置いていくほどのスピードで辛王に接近し、右手で辛王の頭を掴み、
『あっ?』
辛王の首を素手でねじ切りました。
ドサッ!
パパラパッパー!
辛王の体が血の噴水を上げながら地面に倒れた瞬間、私の頭の中でレベルアップの音が聞こえてきました。
私の頭は状況の推移に付いていけずに混乱しています。
「さて、これでまた一つ魔王の座が開いてしまったな。となると早いところ検体番号667を魔王にするべきだな。」
フードの少女がこちらを見ながらそんな事を呟きます。そしてこの時初めて私はその少女の顔を見ました。
少女は茶髪に黄色い目をしていて、その容姿は非常に整ったもので、まるで人形のようでした。けれど、その瞳の中はまるで人が立ち入ることが許されない深淵の世界、もしくはあらゆるものが狂気に侵された異常な世界の様で、それに気づいた瞬間、私はリョウお嬢様との誓いも、クロキリとの約束も忘れて死を選ぼうとしました。
けれど、できませんでした。今の私は自らの意志では指一本動かすことのできない神が書いた完璧な脚本によって作られた舞台の上の役者だからです。
少女が一歩ずつ私に向かって近づいてきます。
そして、一歩近づいてくるたびにこの少女の正体が露わになっていきます。
最初の一歩でこの少女が私などでは及びもつかない次元の実力者であることが分かりました。
次の一歩でこの少女が気が遠くなるような年数を歩んできたことが分かりました。
その次の一歩でこの少女が人ではなく人の姿を模した何かだと分からせられました。
更に一歩進んでこの少女が私たちにスキルを与えた存在なのだと理解させられました。
最後の一歩でこの少女こそが魔王を生み出した元凶なのだと理解しました。
「くっくっく。やはり検体番号493よりも検体番号667の方が素質がありそうだな。この時点で私が何者なのかを理解している。」
私の目の前にいる少女は私が何を考えているのかを全て見通しているかのように喋ります。
私は身体が動かせない事も忘れて必死に逃げようとしました。口が動かせないにも関わらず助けを求めて叫びました。何か手は無いかと必死に頭を回転させました。何かスキルを獲得したような気もします。
「ふふふふふ。抗えるだけ抗うといいさ。」
少女が空気を当然のように踏みしめ、私の頭を骸骨の様な手で掴みます。
「さて、折角だし少々時間を掛けながら進めるとしようか。≪魔王降誕≫」
少女の手から何かよく分からないものが私の側に向かって流れてくる感覚がしました。それはまるでこの世のあらゆる負の感情を束ね、練り上げ、濃縮したかのようなもので、私の意識は少しづつ闇の中に沈んでいきました。
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「ここは…?」
次に目を開けた時。私の周囲はどこまでも闇が広がっていて、その中で私の姿だけが光源も無いのに見えていました。
「っつ!」
と、突然左足に痛みが走りました。見ると左足が周囲の闇と同化していました。
そして、理解もしました。この闇に全身が呑みこまれた時、私という人間は全ての人々から忘れられ、記録からも存在が消され、魔王となるのだと。
「い、いやあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私は全力で左足を上げ、右足と先の無くなった左足で闇の中を全力で走り始めました。出口などない。逃げ場も無い。抵抗しても無駄だと分かっていても逃げずにはいられませんでした。
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「嫌だ否だ厭だイヤだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ」
私は闇の中を必死に走り続けます。けれど、左足の先だけでなく左腕と左目も闇に呑まれてしまいました。それでも私は走り続けました。
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「ハアハアハア…誰か…助けて…私は…」
気が付けば私の左半身は完全に闇に呑まれていました。それでも私は這って逃げていました。助けが来ることを、どこかに逃げ道がある事を信じて
「皆の中から消えたくない…………」
闇が迫ってくるのを感じました。私は目を瞑り、今までの思い出を思い返します。
厳しかった修業時代。リョウお嬢様との出会い。平和だったころの日常。クロキリとの出会い。鬼王との戦い。リョウお嬢様との別れ。
そして最後に思い出したのは…
「ねえ…。あの時のように…、鬼王に殺されかけた時のように…また私を助けてくれる?クロキリ…」
クロキリが私の為に鬼王と戦っていた時の姿でした。
闇が私の上に覆いかぶさろうと近づいてきます。きっとあの闇が私の中から残った大切な何かを削り、奪い取るのでしょう。
そして、闇が私に触れようとした瞬間
闇を切り裂くように霧が辺り一帯に広がっていき、気が付けば元の世界で誰かに抱きかかえられていました。
一応、魔神のスキルについて解説
≪赤きエリクシル≫:対象を完全回復するスキル
≪始祖神の祝福≫:対象の全ステータスを超強化するスキル
≪支配者の脚本≫:対象の行動を完全にコントロールするスキル
≪魔王降誕≫:魔王を生み出すスキル。副作用有り




