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蝕む黒の霧  作者: 栗木下
1:魔王降誕

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第58話

 アウタースキル・センキリカイシャクを使ったイチコが目覚めたのはムギたちが『赤傾太極洞』から脱出して3日後の事、かつての国境線まであと2日という所まで辿り着いた頃だった。


「…っつ。ここは…。」

「やっと、起きたのかい。」

「ムギさん。ここは?」

 イチコは周囲を見渡す。周囲には多種多様な木々が生え、獣道の様なものを通ってどこかへ移動している。ちなみにイチコ自身は助けた人間の一人に背負われて移動しており、ムギはその隣を並走している。


「地名は分からないね。ただ、このまま行けばあと二日ほどでかつての北との国境に出れる。」

「なるほど。」

「ただ、一つ問題が起きていてね。イチコ、アンタは今、霧王と連絡が付くかい?」

 ムギは少々深刻な顔をしつつもイチコに聞いてくる。


「クロキリとですか…………あれ?」

 その問いに答えるため、イチコはクロキリとの連絡を試みる。が、


「繋がらない…。」

 何故かクロキリとの通信は出来ない。


「やっぱりかい。実を言うとアタイの方も狐姫様とは連絡が付かないんだ。ちなみに他の通信系スキルや据え置きの無線機も何故か機能しないそうで、しかもアタイたちだけじゃなくて追手であるはずの辛王たちも同じ状況にあるようなんだよ。」

「それは明らかにおかしいですね。」

 ムギが訳が分からないと言った表情で言い、イチコも訝しむような表情を見せる。


「だろ。まあ、何にしてもアタイたちに出来るのは追手を殿で始末しつつ逃げる事だけなんだけどね。」

 そう言ってムギたちは北へと向かって走り続ける。



■■■■■



「まさか、これだけの敵がいるなんてね。」

「ですが、ここで防ぎきれば私たちの勝ちです。」

 私が目を覚ましてから2日後の夜。私たちは北との国境線に来ていました。

 しかし、脱出から5日経ち、私たちはついに追撃部隊の本体に追いつかれてしまいました。そのため、今は私、ムギさん、イズミの3人にレベル3以上の人間たちで殿をしています。

 敵は辛人主体で、辛棘蜥蜴とカプシカマンのコンビが数組。それに赤い棘を生やした犬や、真っ赤なスライム、赤い鱗の蛇が混ざっています。


「さあ行きましょうか。二人とも。」

「(コクリ)」

「はあ。ここを生き残れればアタイのレベルもだいぶ上がりそうだねえ…」

 そうして、私たち3人が先陣を切る形で戦いが始まりました。



---------------



「≪首切り≫!」

『シャアアアアアアアアアア!?』

 私の≪首切り≫によって赤い鱗の蛇の首が刎ね飛ばされます。

 これで、私が倒した敵は20体になりますが敵の中には辛棘蜥蜴のように固い鱗を持っているものも居て、もしも私が使っている短剣がクエレブレの鱗製でなければ途中で折れていたことが容易に想像できるほどの激戦がここまで続いています。


 尤も今私が手に持っている短剣には≪ロングエッジ≫と≪キーンエッジ≫、≪霧魔法付与≫が付いているので短剣と言うよりは霧を纏った長剣ですが。


『死ねええええええええ!!』

「甘いですよ。≪短距離転移≫≪首切り≫」

『ギャアアアア!』

 と、少し考え事をしていたら後ろから切りかかられたので、いつも通りの転移からの一撃で排除します。


「それにしても、一体どこからこれだけの数を出してきたのやら。」

「さあねえ。一つ確かなのは敵さんも相当焦っているという事さ。」

「(コクコク)」

 私の独り言にいつの間にか近くに来ていたムギさんが答えてくれます。

 もちろんこの間も敵は襲い掛かってきますが、どうやら私たち3人と彼らの間にある戦闘能力の差は圧倒的なようです。

 まあ、今まで逃げる相手としか戦っていなかった連中とずっと敵意ある相手と戦っていた差ですかね。


『畜生!なんて強さだ!こうなりゃあ頼みますぜ!辛王様!!』

 と、一人の辛人が右手に白い結晶の填め込まれたペンダントを握り、何かを叫びます。そして、その叫び声とともにペンダントから大量の赤い光が溢れ出し、辺り一帯が光に包まれました。

 その後に居たのは、全身から紅い棘を生やした身長5m程の巨人。その巨人は深紅のマントと腰巻を付け、胸には歪んだ太極図が刻まれていて、周囲に赤い粉を大量に漂わせると同時に強力な威圧感を纏っています。


「あれは…まさか…」

「…!」

 ムギさんが呆然と口を開き、イズミが気づかない内に一歩足を引いてしまいます。

 でも、それはしょうがないと思います。なぜなら、私たちの前に現れた巨人。それの正体は…


『さあて、この俺『紅を撒く辛王』が来たからには全員覚悟しろよ。』


 魔王。『紅を撒く辛王』なのですから。


『まずは、小手調べと行こうか。≪辛紅粉塵の操り手≫。』

 辛王が右手をこちらに向けます。そして、辺りには大量の赤い粉が漂い始めると同時に周囲の人間達がむせ始め、倒れ込み、動けなくなります。

 尤も私はレベルが高いからなのか、≪霧の衣≫があるからなのかは分かりませんが、効果がないようです。


「粉の性質は辛人のものと同じですかね?」

 私は手近なところに漂っていた粉を掴みつつそんな事を呟きます。

 ただ、どうやらこの粉は味方にも効果があるようでさっきまで私たちに襲い掛かってきていたモンスターたちは全員逃げています。


『行くぞ…』

 辛王が左手をこちらに向けます。その瞬間。私の全身に悪寒が走り、そして思わず叫んでいました。


「全員どんな方法でもいいから身を守りなさい!!」

『≪雷線(サンダーライン)≫』

 そして、私が≪霧の衣≫を全力展開した瞬間に辛王の左手から小さな雷が私たちの周囲の粉に向かって飛び、次の瞬間には辺り一帯が爆音と熱風に包まれました。

いつも感想・評価・指摘・登録ありがとうございます。


06/10脱字訂正

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