第51話
「人間よ選びなさい。」
私はこの国の言葉がわからないので英語で捕まっていた人間たちに問いかけます。足元には気絶させた辛人が転がっています。
「このままここで死ぬまで働かされるか。この世から逃げるために私たちに殺されるか。不確定の未来にかけて逃げ出すか。それとも、自らの手で生を掴むために戦うかを!」
私の言葉にある者は恐怖し、ある者は興奮を、またある者は不安の感情をあらわにします。けれどこれは当然の反応でしょう。なにせ今の私は傍目には『赤傾太極洞』という魔王『紅を撒く辛王』の本拠地で、その魔王の眷族である辛人を倒す。などという正気とは思えない行動を取った上に、捕まっていた人間達に生きるか死ぬかの選択を迫っている。というどう見てもあり得ないことをした少女なのですから。
さて、思考を誘導しましょうか。
「武器が無いのが不安ならば、これを与えます。」
そう言って私はイズミを近くに招き、イズミは無言で≪生体武器生成・斧≫を使い、骨製の斧を十数本生み出します。
なお、本来ならば≪生体武器生成・斧≫は作成時に出血と裂傷を伴うためにこのように連続して使用することは難しいのですが、イズミは≪出血防止≫と≪自己再生(弱)≫のスキルを持っているためにこのようなことができます。
「家族、恋人、友人を救いたいならば自らの手で救い、仇を討ちたいなら自らの手で討ちなさい。」
私の言葉に多くの人間が勇気の火を心に灯ったような表情を見せると同時に、幾人かの人間の心は暗い炎が灯った表情を見せます。
「行きますよ。奴らは力ある者こそが正義だと思っている。ならば貴方たちも正義の名のもとに奴らに奪われたもの全てを奪い返しなさい!」
私は手に持った短剣を振り上げると同時に熱気と歓声が人間たちの間から上がります。そして、私は足元の辛人の首に狙いを定めると同時に宣言します。
「総員!敵を殲滅しろ!」
そして辛人の首が刎ねられるとともに鬨の声が上がり戦いが始まりました。
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面白いな。
私がその少女、久野イチコに対して最初に抱いた感情はそれだ。
彼女は自らを無理やり眷族化したうえに手籠にもした『蝕む黒の霧王』を殺したいほどに憎み、実際に殺せるだけの力を得るために修行をしている。しかしその一方でクロキリに対して少なくない情も抱いているようだ。
この情憎入り混じる感情はまさに人間特有のものだろう。
そして、当の『蝕む黒の霧王』はそんな彼女を許容し、認め、自らの目的である魔神への反逆のために利用しようとしている。実に面白い状態である。
さて、彼女は今回、人々を唆して自分とクロキリのために行動をさせている。この行動が万事成功すれば辛王は大打撃を受け、彼女とクロキリはその力を大きく増すだろう。それは私にとっては実験が進展するという喜ぶべき事象だ。
しかし、今の彼女たちでは辛王には勝てない。まだ、魔王とそれ以外では力の差がありすぎる。故に戦いになれば為す術も無く敗れ去ることになるだろう。
ならば、ふむ。
どうせ辛王は今の状況が続けばこの先の成長が無い魔王だ。ならば彼女たちに助力をすることで間引いてしまっても問題はないだろう。
私は彼女たちの味方をすることに決めた。
まっ、現状では戦いにならないならそれに越したことは無いがな。
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私たちは『赤傾太極洞』を一班6人の構成で進んでいき、この階層の部屋を片っ端から捜索、殲滅していきます。
確かに自らの所属するダンジョンの中にいる眷族は強力です。ステータスは本来の値である人間の倍程度になり、HP,MP,SPも大幅に増えます。しかし彼らは驕り、油断していました。だから、突然の反乱者に対応することができず、数の差によって押し込められ、一人また一人と討ち取られていくことになりました。
所詮、この程度の力しか持たない個では数の前には意味がないのです。正面からの攻撃を受け止められるなら別の人間が後ろから攻撃するだけの話。≪紅の粉塵≫を身に纏ったところで前衛に攻撃しようとしたところで飽和射撃される遠距離攻撃スキルの前では意味がない。個人個人のスキルならば多少の応用は効きますが、それでもこの人数を一度に倒せるようなスキルは高レベルにならなければあり得ずに数倍で返されるだけです。
おまけに相手の数には限度がありますが、こちらは現在進行形で捕まっている人間を助け出すことでその数を増やしていけます。
『チッ!人質か!』
と、どうやら、私の出番のようですね。
今の私の出番はレベル1の人間には対応できないような魔性が現れたり、今のように人質を取る相手が出たときです。
そしてやることは至極単純。
『いいかお前ら!こい…』
相手が脅し文句を言っている間に≪霧の衣≫≪短距離転移≫で近づいて、≪首切り≫で敵の首を刎ねるだけです。抵抗なんてさせませんしできません。レベル7の実力は伊達ではないのです。
さあ、狩れるだけ狩らせてもらいましょうか『紅を撒く辛王』。
色々と不穏な気配がしてまいりました。




