第49話
「あれが『紅を撒く辛王』のダンジョンですか。」
私たち三人はダンジョンの入口が見える小高い丘に潜んでいます。
ダンジョンには辛人が出入りしている様子が見られ、時折ですが辛人が普通の人間と思われる人たちを連れて行きます。
なお、私たち自身の姿は≪霧の衣≫を最大展開することで、周囲からは分からない様になっています。
「場所は分かったね。さてこれからどうするんだい?アタイとしては退くのもアリだと思うけど。」
ムギさんが聞いてきます。
「(つっこむ?)」
イズミも案を出してきます。
「そうですね…。」
私はそれぞれの案について頭の中で検討をします。
退く場合は私たちの関係上、海しかない南には行けないので北上することになりますが、北には『白を塗す糖王』がいて、その先には多数の魔王が雌雄を争っている場になります。
はっきり言ってそちらに行った場合は常に数体の魔王に追われることになるので、今の私たちの実力と人数ではかなりキツいでしょう。
逆に『紅を撒く辛王』のダンジョンに挑む場合、何を目的にどこまで踏み込むのか。という問題があります。
まず、現状の私たちでは推定レベル4の魔王に勝つのは無理でしょう。というわけでこれは無し。
次にレベル上げですがやり過ぎると鬼王の時の様に辛王自ら出てくるという事は十分に考えられます。この場合だと引き際を見極め損ねると致命傷になるでしょう。
最後に仲間を増やす場合は中に捕まっていてまだ辛人になっていない人を見つけて、私の≪主は我を道に力を行使す≫を利用してクロキリに眷属化してもらうか。人のまま頑張ってもらうかというところでしょうか。この場合は助け出した人たちをダンジョン脱出後にどうするかも問題ですね。
『やれやれ、こっちに比べて楽しそうな状況だな。』
「っつ!?」
「どうしたんだい?」
「何の用ですかクロキリ。」
私の脳内に突然クロキリの声が聞こえてきて、思わず一瞬ですが体が硬直します。が、ムギさんの声で我に返りすぐに返答します。
『いやなに、こっちはこっちでとある事情から悩む暇もないぐらいに大変なのに、お前たちは悩めるだけいいなぁ…と思ったんだよ。つーわけでイチコ。』
「はい。」
クロキリの声が真剣味を漂わせ始めます。
『そこで増やせるだけ霧人を増やせ。霧人にできないなら俺か狐姫の信奉者にするだけでもいい、とにかく辛王にある程度の嫌がらせをして来い。んで、適当なところで北経由で大陸奥部へ行け。』
「…。また適当なのか具体的なのか悩むような命令ですね。」
本当に適当なのか具体的に悩みますね。それにしてもクロキリの癖に狐姫に配慮しているんですね。
『ああそれと、狐姫たっての要望なんだが…』
「はい?」
『『白を塗す糖王』とは敵対するな。』
クロキリの声が今までとは比べ物にならない程真剣さを増します。
「それは…どうしてでしょうか。」
私はクロキリを問いただします。
考えられるのは『白を塗す糖王』の実力が私たちには対応できない程高いのか、厄介な能力を持っているのか。後はこちらと何かしらの盟約を結んでいる可能性も考えられますね。
『それは…』
クロキリの声からは若干の戸惑いが感じられ、私は思わず息を呑みます。
クロキリがこんな感情を出すとはかなり厄介な理由ですね。
『あそこが貴重なスイーツの産地だからだ。』
「…。はっ?」
私は思わず聞き返します。えっ、スイーツ?何でそれが…
『いやな、制海権と制空権を他の魔王に取られてから何処の国も自活するしかない状況だろ?んで、そうなると当然ながら作れないものも多数あるんだよ。』
「はあ…」
まあ、それは確かにそうでしょう。
『でだ、そんな中で糖王のダンジョンは出現するモンスターからダンジョンの構造に至るまでスイーツで作られているそうでな。その…』
「ああなるほど…つまり、取引ですか。」
『うん。そういう事。あのときの狐姫はマジで怖かった。レベル差とか関係なしに。』
クロキリの声からはどことなく哀愁が漂ってきます。気持ちは分からないでもないですが、
『まあ、だいぶ脱線したけどとりあえずアレだ。頑張ってこい。』
「了解しました。貴方を倒せるだけ力をつけるためにも頑張らせてもらいます。では、」
『おう。』
そう言ってクロキリとの通信は切れます。
「さて二人とも。」
私はイズミとムギさんの方を向きます。
二人とも私の言葉から何となく状況を掴んでいるのか、その顔は真剣です。
「クロキリからの命令です。あのダンジョンへと突っ込みますよ。」
「狐姫様からもそう言われたしそれで構わないよ。」
「(りょうかーい)」
そうして私たち三人は入口を守っていた辛人に気づかれない様に気を付けつつ『紅を撒く辛王』のダンジョン『赤傾太極洞』に突入しました。
GW終了につき次からはいつも通りの更新になると思います。
05/07 少しだけ改稿




