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蝕む黒の霧  作者: 栗木下
3:深い世界

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第115話

今回は竜君です

 クロキリたちは個の武勇によって、狐姫たちが新たな技術によって、雪翁たちが策謀によって蛸王のモンスターたちを撃退していた頃、『籠る桜火の竜君』のダンジョン『桜島直火口』にて


「本当にいいんだね。」

「はい。お願いします。」

 『桜島直火口』の第一階層は桜島の噴火口の内側に入口が存在しており普通の人間には入る事は出来ないが、第二階層は竜君が眷属を作るために外に一部が出るように作られている。

 そして今現在その第二階層には竜君に数名の桜火人、それに十数名の人間が居る。

 だが、彼女たちの出す雰囲気には焦りと怒りが感じられるが、敵対の意思は感じられない。


 それは何故か。


「分かった。港町の状況は刻一刻と不味い事になってる。」

 まず初めに言うべき事として『籠る桜火の竜君』は魔王らしくない魔王であり、普段竜君がしている事と言えばダンジョン内で適当にモンスターを生み出しつつ眠るぐらい。あとやる事と言えば眷属作成用に作った第二階層に人間が来て眷属化を求めた際に眷属にするぐらいであり、外にモンスターを出して集落を襲うような事は無い。

 そう。竜君は今まで自分から人間を襲ったことのない魔王なのだ。

 それに加えて彼女の眷属である桜火人は固有スキルの≪桜火雨≫による治療能力を有しており、普段から殆どの桜火人は各自で集落を渡り歩いて怪我人の治療などを行っていてその評判は上々である。

 そう言った事情から竜君と竜君の眷属である桜火人は他の魔王やその眷属たちと違って周囲の人間たちからは好意的に受け入れられている。


「分かっています。だから私たちに力を下さいませ竜君様。」

 その中で『這い寄る混沌の蛸王』のモンスターが突如港町に襲い掛かり、人間と港町に居た桜火人は苦戦を強いられる事になり、竜君たちは早急に戦力を確保して援軍を送る必要に迫られた。


「それならばもう止めない。≪魔性創生≫」

 だから竜君はこの場に集まり、人間を辞める決意をした者たちを自らの眷属にする。彼らが守りたいものを守れるようにするために。

 竜君のスキル発動と共に集まっていた人間たちの髪色が綺麗な桜色に染まり、桜色の火の粉が新たな眷属の誕生を祝うように辺りに降り注ぐ。


「頼むぞ。」

「はい!」

 そして新たな眷属たちは自らの戦場へと赴いていった。



-------------------



 人間と桜火人、そして竜君のモンスターたちが協力し、竜君が眷属を増やして送り込んでも戦況は逼迫していた。


 それは何故か。

 確かに桜火人の≪桜火雨≫は攻撃と回復を同時に行える強力なスキルであり、複数人の桜火人が同時に行使すれば大抵の傷は一瞬にして回復するし敵にも幾分の(・・・)ダメージを与えられる。

 だが、≪桜火雨≫の効果の主体は回復であり、攻撃ではないのである。そして竜君のモンスターもどちらかと言えば回復系の能力持ちが多く、人間たちも竜君が人間を襲わない魔王であったために戦いの経験が殆ど無い。

 それ故に起きる事態が……


「くそっ!まるで数が減らない!」

「もっと火力を一点に集めろ!」

「集めてこれなんだよ!」

 深刻な火力不足である。


 そのために現在竜君側は来るかどうかも分からない他の魔王たちからの援軍を待ちながら徐々に後退して敵の攻撃に耐える事になっている。


 さて、ここで一つ疑問が上がるだろう。いくら攻撃力が無くてもこれだけの回復力があれば戦線を押し返すのは無理でも拮抗させることはできるのではないかと。

 だが、今の状況はそんな甘い話ではないのである。

 回復と言うのはあくまでも生きている者(・・・・・・)にのみ効果があるものであり、一撃で死んでしまったり、盾や槍などの物品の破損には効果が無いのである。


「奴が来たぞー!撤退しろー!!」

 そう。例えば、盾ごと人間を叩き潰せるだけの膂力を持った大ダコ等は彼らの天敵なのである。


「くそっ!退け!退けえええぇぇぇ!!」

「援軍はまだ……ギャアアアアア!!」

 悪態を吐きつつ竜君側の人間たちが逃げていき、その隙だらけの背中に蛸王のモンスターたちが襲い掛かり命を奪っていく。



----------------



「畜生……。あの大ダコさえどうにかできれば……」

 街の外にまで逃げ、何とか戦いの体裁を整えた人間たちが思わずそう呟く。

 彼らの目には街から徐々に自分たちの方に向かってくる蛸王のモンスターたち…あの忌まわしい大ダコの姿が見えている。


 もし、あの大ダコたちがここまで到達すれば自分たちは為す術も無く蹂躙されるだろう。そう人間たちは思い、ある者は泣き震え、ある者は絶望していた。


 だが、ここまで彼らが幾重もの犠牲の上に積み上げた時間が彼らを救う。


「ーーーーーーーーーー!!」

 突然、大ダコの絶叫が辺りに響き渡る。

 何事かと彼らは顔を上げる。そこで見たのは自分たちを散々苦しめてきた大ダコが一人の少女によって一刀両断される姿であった。


「よく頑張りましたね。後は任せてください。」

 遠くにいるはずなのに不思議と少女の声は身近に聞こえる。

 その少女は左腕を金属製の籠手で覆い、右手には両刃の剣が握られ、黒い服を全身に纏っていた。

 少女の名はイチコ。『定まらぬ剣の刃姫』の別名を持ち、クロキリの命を受けてこの国中を駆け回って蛸王のモンスターたちを狩っていた。


 そして彼女が現れたことによって場の流れは一変する。


 その強さは圧倒的と言う他なかった。

 彼らが散々苦戦していた大ダコは一瞬にして切り倒され、他のモンスターたちも危険な能力を持つ者から的確に急所を突かれて絶命していく。その力の前には何とか反撃しようとした者も水の一滴すら当てられず逆に手痛い反撃によって討ち取られる。


 そしてその光景を受けて今まで守り一辺倒だった他の人間たちも攻勢に打って出る。

 人間たちの勢いは凄まじく、今までの火力不足が嘘だったかのように蛸王のモンスターたちを討ち取っていく。

 時折掠める攻撃も辺り一帯に降り注ぐ≪桜火雨≫により一瞬で治癒される。そのスピードは瀕死の重体者ですら数秒で戦いを復帰できるほどであった。


 その後狐姫の最新式装備を整えた援軍も駆けつけ、やがて蛸王のモンスターたちは一方的にその数を減らしていき、戦いは竜君たちの勝利に終わることになった。

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