第102話
「いやはや、流石と言ったところだな。」
「!!」
パチパチという乾いた拍手の音と共に魔神が私たちの前に現れます。その顔にはまるで天使のような笑みが浮かんでいます。
私はその顔を見て思わず≪形無き王の剣・弱≫で4本の長剣を作り出し、それに≪魔性創生・下位≫で飛刀にすることによって意思を与えて突撃させます。
そしてそれと同時にリョウお嬢様が身に着けていた短剣を抜いて投げます。
が、飛刀たちの刃が魔神の体に触れた瞬間、まるで水のように硬質な刃が融けて弾かれてしまい、リョウお嬢様の短剣は空中で止められてしまいます。その光景にその場にいる全員が唖然とします。
「ん?どうした?そんな顔をして、私が与えた力で私を傷つけられるはずが無いだろう?」
魔神は表情を全く変えないで淡々とそう告げます。
「さて、私がこの世界に初めて干渉してから12年ほど経ったわけだが、どうにもこの世界の住人と言うのはある程度の安全を得られると成長のスピードを緩めてしまうらしい。それに自分がどの程度強くなったのかを確認するのに適した相手を探すのも大変だろう。」
魔神は両腕を大きく広げてまるで演説でもしているかのように語ります。
「そこで私から貴様らにプレゼントとしてとある呪いを世界中に撒かせてもらった。」
その発言にこの場に居る全員が……いえ、恐らく魔神は今、世界中の人間に語りかけているでしょうから世界中の人間が凍りついたでしょう。
「呪いの名は≪災厄獣の呪い≫。発症した者を周囲にあるものを見境なく襲う様な化け物に変える呪いだ。強さとしては元になった者次第だが……そうだな普通の人間でも魔王以下眷属以上にはなるだろう。尤もその強さ故に毎日最低一人は殺さなければ身体が崩れ去ってしまうがな。」
魔神はとても楽しそうに演説を続けています。
「さて、肝心要の発症条件だが……」
魔神はそこで一拍溜めます。
「ランダムだ。」
その瞬間。私には完全に世界が凍りついたのが感じ取れました。
「それでは今後も頑張ってこの世界で生きていってくれたまえ。」
そうして、魔神はその場から虚空へと体を溶け込ませて去っていきました。
私の頭の中で魔神の言葉がゆっくりと反芻されていきます。そして事態の重大さを理解し、自分が今何をするべきかを考えます。
その結論は、
「リョウお嬢様。」
「何……?」
「まずは『白霧と黒沼の森』に帰りましょう。全てはそれからです。」
クロキリの下に戻るというものでした。
クロキリは魔神と敵対する意思があります。そして今もそのための研究を進めているはずです。だから、クロキリの下に戻れば何か打てる手があるはずです。
それに……
「ええ、そうね。ホウキも骨ぐらいは持ち帰ってあげないとね……」
ホウキさんの遺骸も返してあげなければいけません。
■■■■■
イズミたちは今『魔聖地』の中に来ています。『絶対平和を尊ぶ神官』さんに招かれたからです。
「ここが『魔聖地』ネ。」
「でも噂に聞いていた程の活気は無いねぇ。まああんな事を言われた直後だからしょうがないだろうけどさ。」
『魔聖地』の中にいる人々の顔はどこか陰があります。でも、魔神があんな事を言った後ではしょうがないと思います。
「着きましたわね。」
と、いつの間にかイズミたちは大きな神殿の前まで来ました。
「本当に大丈夫なんですね。イズミ。」
「うん……。」
イチコ姉ちゃんがイズミに確認を取ってきます。
イズミが神官さんにイモムシにされて地面に転がされている間に、イズミは神官さんから色んな事を聞きました。
魔神の事。魔王がどうやって生まれるのか。何故イズミたちの邪魔をしたのかを。そして去り際に詫びとして神官さんはイズミたちが行きたい場所まで遠距離転移陣で送ってくれると約束してくれました。
だから、イズミたちは今、神官さんの普段居る神殿まで来ました。
「ああ皆さん来てくれましたか。」
神官さんが神殿の中から出てきて、イズミたちに挨拶と自己紹介をしてくれます。
そしてまるで何かを振り払うかのように熱心にリョウお姉ちゃんとイチコ姉ちゃんが交渉を行い、あっという間に話をまとめて東へと飛ばして貰えるように神官さんと交渉をしました。
「それではご機嫌よう。また会える日が来るのを……楽しみにするべきかしないべきかは分かりませんが、また会えるのを待っています。」
「ん……分かった。」
それからイズミたちは神官さんの手によって『魔聖地』から東へと飛ばされ、そこからさらにクロキリ兄ちゃんとイチコ姉ちゃんの協力によってイズミたちは『白霧と黒沼の森』に帰還を果たしました。
そして、帰ってきたイズミたちの前には眼帯を付けたクロキリ兄ちゃんが立っていて、ただ一言。
「お帰り。」
とだけ言いました。
次話で2章は完結予定です。
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