北辰一刀流 秘奥之剣 【シナリオ形式】
城介:武士だが、商人育ちで、おっとりした外見の人物。(仮称であり物語中に
名前は出ません)
藤兵衛:城介の敵となる男。筋肉質で、いかにも貧乏武士という雰囲気。(仮称で
あり物語中に名前は出ません)
周作:千葉周作。この時代の三大名人の1人の剣術家。スラリとした体格だが、
柔らかさと力強さを兼ね備えた雰囲気、かつ優しい表情。
○道場
防具を付けて激しく叩き合う稽古が行われている。
○道場の玄関口
周作が出てきたところ。
周作「お待たせしました。道場主の千葉周作です。」
看板に「北辰一刀流 玄武館」の文字。
城介、突然ガバッと敷石に土下座。
城介「千葉先生! 今日中に私を剣の達人にしてください!」
周作「・・・・・・・は?」(汗)
○座敷
二人が向かい合って座っている。
城介「実は私は商家の生まれなのです」
周作「御家人の株を買って養子になった、と?」
城介「はい。なので、剣術を学んだことがありません。」
城介、苦悶の表情を浮かべ
城介「ですが…肩の触れた触れないから言い争いになり……朋輩の手前、引くことが
できず、明日、果たし合いをすることに…」
周作「ふむ…」(考え込んでしまう。)
城介「それで、剣術の名人・千葉先生におすがりするしかないと!」
城介、必死に頭を下げて、
城介「相手も一刀流の使い手……先生、なんとか死なずに助かる方法がありませんで
しょうか。」
周作、しばらく考えてから
何かに気がついたように城介を一瞥。
しかし、表情を暗くし、ポツリと。
周作「だめだな。死ぬしかない。」
城介、絶望の表情。
城介「やはり……」
城介、泣きながら。
城介「剣術の修行には何年もかかる…一日で達人に、なんて考えた私が馬鹿でした。」
周作「いや……なれないこともないがね、一日で達人に。」
城介「え!!」
周作「ただ……あんたも死ぬだろう」「死ぬ代わり、その男に勝つことはできる。」
城介「せ、先生! ぜひ教えて下さい!」
周作「死んでもいいのか?」
城介「同じ死ぬなら……彼奴に勝って死にます! それで思い残すことは
ありません!」
城介の顔は、涙でぼろぼろ。
周作、その顔をまじまじと見詰めてから微笑して、
周作「……いいだろう、教えよう。北辰一刀流・秘奥の剣を。」
(場面転換)
○草っ原
夕方。風が吹きぬけていく。
藤兵衛と城介がにらみ合っている。
藤兵衛「いざ。」
藤兵衛、すらりと刀を抜く。
城介「……。」
城介、刀に手はかけ身構えるが、抜かない。
藤兵衛(心の声)「ム…居合か?」
城介、目をつぶっているかのような表情。
藤兵衛(心の声)「こいつ、剣は学んでなかったはず…なにか小細工を?」
藤兵衛、正眼に構えたまま顔が焦ってくる。
城介、目をつぶっている。
藤兵衛、構えを八双に変えてじり、じり、と近づく。
藤兵衛(心の声)「いや……覚悟しただけかも……」
城介、ふと目を開ける。
藤兵衛「!」
藤兵衛、思わず飛び下がってしまう。
藤兵衛(心の声)「いかん、焦ったら負ける!」
両者の睨み合いが続く。
トクン、トクン、と心音が響き始める。
藤兵衛、ググッ、と睨み付ける。
城介も次第に目を見開いてくる。
藤兵衛(心の声)「ええい、らちがあかん!」
キェーーーッ、と絶叫を上げ、藤兵衛が突進。
城介は歯を食いしばった表情となるが、刀に手をかけたまま、まだ抜かない。
藤兵衛、城介の肩に刀を振り下ろそうとする。
城介も必死の表情。(まだ抜かない)
藤兵衛、大きく目を見開いて。
藤兵衛、後方に大きく跳ぶ。
藤兵衛(絶叫)「参ったッ!」
藤兵衛、刀を捨てる。城介は汗だくだがまだ抜いてない。
藤兵衛(必死)「貴殿っ、どこで何を学んできたッ!」
城介は呆然。息も荒く、かろうじて喋れるという感じ。
城介「ほ…北辰…一刀流…ひ、秘奥の剣…」
藤兵衛「ほ、北辰一刀流・秘奥の剣!?」
○座敷(翌日)
道場から、竹刀の音が響いて来ている。
城介と藤兵衛が周作の話を聞いている。周作はおだやかに話している。
周作「この方は『死なずに助かる方法はないか』と言った。だから…」「相手の
刃が自分の肌に触れる直前まで絶対に刀を抜くな、触れるその刹那に抜いて、
すべてを忘れ渾身の力で斬れ…と教えたのだよ。」
藤兵衛「たしかに、その近さでなら必ず仕留められますが……自分も死ぬのでは?」
周作「だが貴殿は手を退いた。そして死なずに助かった。」
藤兵衛「た、たしかに……。」
周作「そういうことだよ。じゃ、私は道場に出るから……」
周作、立ち上りかける。
城介「先生!」
城介、必死に頭を下げ、
城介「この剣を、もっと学ばせていただくことはできませんか!?」
ハッ、とする藤兵衛。こちらもあわてて両手をつき、
藤兵衛「私も! ぜひ、先生のご門弟に!」
周作、振り向いて、黙ったまま二人を見る。
周作、二人に背を向けて廊下を立ち去りながら
周作「……何年もかかるぞ。」
二人は座敷内で平伏。
城介&藤兵衛「はいっ!」
キャプション「後に二人とも、免許皆伝を得て剣の達人になったと伝えられる。」
植木の枝に、鳥の声が響いている。
-終