↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕に翼を描いてくれた君へ  作者: メンニリ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/1

第一話: 夢の始まり

こんにちは、小説を書くのは今回が初めてです。皆さんに読んでいただけたら、とても嬉しいです。


私は外国人なので、ウェブサイトの使い方に戸惑うこともあり、少し苦労しました。どうぞよろしくお願いします。




私はずっと、病院という場所は、病気を治すために人がやって来るところだと思っていた。


自分自身が、ここで過ごさなければならなくなるまでは。


入院して、もう三か月になる。


三か月と聞けば、それほど長くないと思うかもしれない。


でも、毎日、廊下を走るワゴンの音で目を覚まし、消毒液の匂いを嗅ぎ、看護師さんから決まってこう聞かれる生活を送っていると、


「今日は体調どうかな?」


たった三か月でも、外の世界が今どんな季節なのかさえ忘れてしまいそうになる。


「――できた!」


私はスケッチブックを高く掲げ、窓から差し込む日差しに照らしながら、自分の描いた絵を眺めた。


そこには、パステルピンクの長い髪に、澄んだ青い瞳。そして、朝露のようにきらきらと輝く透明な羽を持った、小さな妖精が描かれていた。


その背後には、どこまでも続く青空と白い雲、そして地平線まで広がる花畑。


私は頬杖をつき、首を傾げた。


「うーん……左の羽、ちょっと大きすぎたかな?」


もう一度ペンを手に取り、慎重に線を描き直す。


あと少し。


もうちょっとだけ。


「よし、完璧!」


ペンに蓋をして、私は満足げに背もたれに体を預けた。


実は、この妖精を描くのは今回が初めてじゃない。


何度も何度も描き直してきた。


羽をもっと大きくしてみたり、髪を長くしてみたり、小さな王冠をかぶせてみたり。


でも、今回は違う。


ようやく、自分がずっと思い描いていた妖精を描けた気がした。


「私にも羽があったらいいのにな……」


ぽつりとつぶやき、窓の外に目を向ける。


今日は、なんていい天気なんだろう。


白い雲がゆっくりと流れ、日差しが街の建物を淡い金色に染めている。


遠くでは鳥の群れが、雲の間をすり抜けるように飛んでいた。


私は、その姿を目で追った。


いいなあ。私も飛べたらいいのに。


飛行機も、電車の切符も、誰かに連れていってもらう必要もない。


ただ翼を広げて、自分の行きたい場所へ飛んでいく。


雪に覆われた山々を越えて、透き通った青い海に囲まれた島へ。


本でしか見たことのない、小さな町にも行ってみたい。


それに、魔法まで使えたら最高だ。


怪我をした人を治したり、困っている人を助けたり。


誰も行けないような場所にも、私なら飛んでいける。


みんなを助ける妖精になるんだ。


……なんか、かっこよくない?


私は一人でくすくすと笑った。


「もう、ヒナってば、想像力豊かすぎでしょ」


スケッチブックを胸に抱え、ベッドの上で足をぶらぶらさせる。


私の名前はヒナ。十四歳。


おとぎ話が好きで、魔法のある世界や、不思議な生き物に憧れている。


もし自分の生きる世界を選べるのなら、私はそんな世界に行ってみたい。


もちろん、そんなものが想像の中にしか存在しないことくらい、わかっている。


でも、いいじゃない。


想像するだけで、こんなにも楽しいんだから。


「ヒナ、何してるの?」


お母さんが部屋に入ってきた。


私はすぐさまスケッチブックを掲げる。


「お母さん、見て見て! できたんだよ!」


お母さんはベッドのそばまで来ると、身をかがめて絵をのぞき込んだ。


「わあ、きれい! いつの間に描いたの?」


「朝からずっと! 何回も描き直したんだよ」


私は隣のページをめくり、以前描いたラフを見せた。


「これが最初ので、こっちが二番目! でも、羽があんまりきれいじゃなかったから描き直したの。あっ、見て! 羽が水晶みたいに光を反射したら、もっときれいだと思わない?」


夢中になって話す私を、お母さんは微笑みながら聞いてくれた。


「ヒナは、この妖精が本当に好きなのね」


「うん! 私も本物の妖精になれたらいいのに!」


「もし本当に妖精になれたら、何がしたい?」


私は迷わず答えた。


「世界中を飛び回るの! 行ったことのない場所に行って、いろんな人を助けて、それから帰ってきて、お母さんにいっぱいお話しする!」


私は満面の笑みを浮かべた。


お母さんは私の頭を優しく撫でた。


「じゃあ、お母さん、ヒナのお話を楽しみに待ってるね」


「約束だよ!」


私は小指を差し出した。


お母さんは笑いながら、自分の小指を絡めた。


「うん、約束」


私は嬉しくなって、スケッチブックをぎゅっと抱きしめた。


あのときの私は、これから先、何度でもお母さんにそんなお話を聞かせてあげられると思っていた。


その約束を果たすことが、いつかこの世で最も遠い夢になってしまうなんて、思いもしなかった。


お母さんに妖精の冒険の続きを話そうとした、そのときだった。


廊下から、お父さんの声が聞こえた。


「ちょっと、こっちに来てくれないか?」


お母さんが振り返る。


「どうしたの?」


「ヒナの容体について、話したいことがあるんだ」


私は顔を上げた。


お母さんは私に振り返り、そっと微笑んだ。


「少し休んでてね。お父さんとお話しして、すぐ戻ってくるから」


「はーい!」


私は何も考えずに頷いた。


扉が閉まる。


私は再びスケッチブックに目を落とした。


けれど、しばらくすると、廊下から両親の声が聞こえてきた。


最初は気にしていなかった。


自分の名前が聞こえるまでは。


「先生の話では、あの子の容体は悪くなっているらしい」


お父さんの声だった。


私は手を止めた。


「でも、ほかに方法はないの?」


お母さんの声には、焦りがにじんでいた。


「手術という選択肢はある。でも、成功率は……」


お父さんは少し黙った。


「わずか、〇・一パーセントだ」


私の手の中で、ペンが止まった。


〇・一パーセント。


自分の病気については、以前から聞かされていた。


とても重い病気であること。


これまでの治療では、期待したほどの効果が得られなかったこと。


だから、その数字を聞いても、驚きはしなかった。


ただ……。


「手術をしなかったら、どうなるの?」


お母さんが尋ねた。


「今までどおり、治療を続けながら経過を見守るしかない」


「でも、手術をすれば可能性があるんでしょう? だったら、やってみるべきじゃないの?」


「俺だって、ヒナを助けたい! でも、手術であの子にこれ以上苦しい思いをさせて、それでも助からなかったらどうするんだ!」


お父さんの声が震え始めた。


「最後の最後まで、あの子に苦しんでほしいのか?」


「じゃあ、あなたはこのまま、あの子が苦しんでいるのを黙って見ていろっていうの!?」


お母さんの声が詰まった。


私はベッドの上で、じっと座っていた。


膝の上には、開いたままのスケッチブック。


そこでは、きらきらと輝く羽を持った妖精が、何も知らずに微笑んでいる。


私はうつむいた。


本当は、ずっと前から気づいていた。


お父さんもお母さんも、私の前ではいつも笑顔でいてくれること。


お母さんが、私が眠ったと思ってから、こっそり涙を拭いていること。


お父さんが、病室に入る前、廊下で長い間立ち尽くしていること。


二人が怖がっていること。


そして、私も怖いと思っていること。


ただ、それを口に出したことがなかっただけ。


私はスケッチブックの中の妖精を見つめた。


どこへでも自由に飛んでいける妖精。


魔法で、誰かの傷を癒やせる妖精。


便利だなあ。


もし本当に魔法が使えたら、私の病気も治せるのかな。


……ううん。


私は小さく首を振り、かすかに笑った。


こんなときまで、ばかなことを考えちゃって。


もう、自分の時間があまり残されていないことくらい、わかっている。


自分の体が少しずつ弱っていることも。


これから先の日々が、思っていたほど長くはないかもしれないことも。


誰よりも、私自身がわかっている。


それでも、私は知らないふりをしたかった。


お母さんに「今日は楽しかった?」と聞かれたら、笑って答えたい。


お父さんに、どうでもいいような話を聞いてほしい。


友達には、「もうすぐ学校に戻れるよ」って言いたい。


みんなが私の前で、心配せずに笑っていられるように。


そして、私自身も、普通の女の子みたいに笑っていたかった。


だから、私は目元をぬぐい、ゆっくりと息を吸って、スケッチブックを閉じた。


お父さんとお母さんが戻ってきたら、また笑おう。


そう決めた。


もう、ずっと病室の中で過ごすのは嫌だった。


両親がその場を離れたのを待って、私はスケッチブックを抱え、静かな場所を探しに病室を出た。


病衣の上に薄手のカーディガンを羽織り、腰まで伸びた淡いピンク色の髪を、後ろでゆるく結んでいる。頬の両側には、何本かの髪がこぼれ落ちていた。


もともと目は青く、明るい色をしている。


でも最近は、鏡を見るたびに、以前より顔色が悪くなったように感じていた。


それが、少し嫌だった。


けれど、今日はこんなにいい天気なのだ。


今は、そんなことを考えるのはやめよう。


私はスケッチブックを胸に抱き、窓の外を見上げながら歩いた。


本当に羽があったらいいのにな。


この場所から飛び出して、屋根を越え、もっと高く飛び上がって、街全体を見渡すことができるのに。


そんな想像に夢中になっていたせいで、向こうから人が歩いてくることに気づかなかった。


そして――


ドンッ!


「きゃっ!」


誰かにぶつかってしまった。


手からスケッチブックが滑り落ち、中の紙がばらばらと廊下に散らばる。


「す、すみません! ごめんなさい!」


私は慌ててしゃがみ込んだ。


けれど、私より先に、一つの手が紙を拾い上げた。


「これ、君の?」


私は顔を上げた。


そして、その瞬間。


返事をすることさえ忘れてしまった。


目の前に立っていたのは、銀白色の髪をした青年だった。


年を重ねて白くなった髪とは違う。


月の光を思わせる淡い銀色に、ほんの少し青みが混じったような色。


少し長めの柔らかな髪が額にかかり、窓から吹き込む風に揺れている。


透き通るような白い肌に、高い鼻筋。そして、おとぎ話に登場する人物を思わせるほど整った顔立ち。


けれど、私が一番目を奪われたのは、その瞳だった。


淡い青灰色。


静かで、澄んでいて。


その奥には、簡単には見通せない何かがあるような気がした。


明るい色のシャツに、飾り気のない落ち着いた上着。


芸能人や映画の登場人物のような派手さがあるわけでもない。


それなのに、目の前に立たれると、どこを見ればいいのかわからなくなってしまう。


……顔、よすぎない?


私は慌てて首を振り、心の中で自分を叱った。


ヒナ! 人が拾ってくれてるんだから、ぼーっとしてないでちゃんとお礼を言いなさい!


「あっ……は、はい! ありがとうございます!」


私は両手でスケッチブックを受け取った。


「ぶつかってしまって、ごめんなさい。前をちゃんと見ていなくて……」


「大丈夫だよ」


思っていたよりも、優しい声だった。


彼はもう一枚、床に落ちていた紙を拾い、私に差し出した。


「これも、君のだね」


「ありがとうございます」


私はそれを受け取り、散らばった紙を慌ててまとめた。


彼は、スケッチブックに描かれた絵をちらりと見た。


「これ、君が描いたの?」


「はい!」


私はすぐに元気を取り戻した。


「今朝、描き終わったばかりなんです! この子、私のお気に入りの妖精なんです。羽の形も、何度も描き直したんですよ!」


私はスケッチブックを開き、彼に絵を見せた。


青年は少し身をかがめ、絵を眺めた。


「きれいだね」


「ほ、本当ですか?」


「うん。この羽なら、本当にどこへでも飛んでいけそうだ」


私は目を丸くした。


「そうなんです! まさに、それが私の描きたかったものなんです!」


ぱっと笑顔になる。


「自由に空を飛べたら、最高だと思いませんか? いろんな場所に行って、魔法で困っている人を助けるんです! もし私が魔法を使えたら……」


そこまで言って、私はぴたりと口を閉じた。


どうして初対面の人に、こんなに話しているんだろう?


私は慌ててスケッチブックを閉じた。


「あっ、すみません! 私、しゃべりすぎちゃって……」


けれど、彼は私を笑わなかった。


ただ、不思議なくらい優しい目で、私を見つめていた。


「気にしなくていいよ。今の話、すごく素敵だと思う」


私はぽかんとした。


それから、なぜだか頬が熱くなった。


そのとき、彼がふいに私の名前を呼んだ。


「ヒナ」


私は固まった。


……え?


勢いよく顔を上げる。


「ど、どうして私の名前を知ってるんですか!?」


青年は私を見つめた。


一瞬、何かを言いかけたように見えた。


けれど、結局、彼は微笑むだけだった。


「なんとなく、かな」


「なんとなくって、どういうことですか!? 私たち、初めて会ったんですよね!?」


私は疑わしそうに彼を見つめた。


彼は答えなかった。


ただ、廊下を吹き抜ける風が、彼の額にかかった銀色の髪をそっと揺らした。


「ヒナ!」


背後から、お母さんの声が聞こえた。


私は振り返った。


お父さんとお母さんが、こちらへ歩いてきていた。


きっと、病室に戻ったら私がいなかったので、探しに来たのだろう。


「こんなところで何してるの? 休んでいなきゃだめでしょう?」


お母さんは私のそばに来ると、肩にかかったカーディガンを優しく整えてくれた。


「ちょっと、お散歩してただけだよ」


「でも、あまり無理しちゃだめだぞ」


お父さんが、少し心配そうに言った。


私はうつむいた。


「……ごめんなさい」


再び振り返ったとき、青年は一歩、後ろに下がっていた。


彼は両親に目を向け、それから最後に私を見た。


「じゃあ、僕はこれで」


「あっ……はい」


私は彼の名前を尋ねる間もなく、彼が背を向けて歩き出すのを見送った。


けれど、廊下の角を曲がる直前、彼はふと足を止めた。


「ヒナ」


私は顔を上げた。


彼は少しだけ横を向き、顔の片側に日差しを受けながら言った。


「自分のやりたいことを、忘れないでね」


私はきょとんとした。


「……え?」


彼は説明しなかった。


ただ、静かに微笑んだ。


「また会えたら、僕を助けに来てくれる?」


そう言い残すと、彼は歩き去っていった。


私はその場に立ち尽くし、スケッチブックを胸に抱えたまま、彼の背中が廊下の角に消えていくのを見つめていた。


自分のやりたいことを、忘れないで。


どういう意味なんだろう?


それに、どうして彼は私の名前を知っていたんだろう?


何一つ、わからなかった。


「ヒナ?」


お父さんの声に、私ははっと我に返った。


「何を見てたんだ?」


「あっ……なんでもないよ」


私は慌てて振り返った。


お母さんは、青年が去っていった方向を見た。


「お友達なの?」


「ううん。初めて会った人だよ」


「そうなの? じゃあ、どうしてお話ししてたの?」


私は少し考えた。


「……私にも、よくわかんない」


両親は顔を見合わせ、不思議そうにしていた。


お母さんは私の頭を優しく撫でた。


「さあ、お部屋に戻りましょう。あまり長い間、外にいたらだめよ」


「うん」


私は素直に両親の後についていった。


でも、病室に戻る直前、どうしても気になって、もう一度だけ廊下を振り返った。


そこには、誰もいなかった。


銀髪の青年は、まるで一瞬の夢だったかのように、跡形もなく消えていた。


私は手元のスケッチブックを見下ろした。


開いたページでは、小さな妖精が今も微笑んでいる。


私はそっとつぶやいた。


「……いったい、あなたは誰なの?」


### 日本語版・第2部


その日の夜になっても、私はあの青年のことを考えていた。


本当に不思議な人だった。


偶然出会っただけなのに、私の名前を知っていて、意味深なことをいくつか言い残して去っていった。


それなのに、どうしても忘れられなかった。


「ヒナ、どうしたの? 何を考えてるの?」


私はびくっと肩を震わせた。


隣に座っていたお母さんが、小さなスプーンを手に私を見ていた。


「な、なんでもないよ!」


私は慌てて首を振った。


「明日は何を食べられるのかなって、考えてただけ!」


お母さんはくすっと笑った。


「明日、何を食べられるかは先生に聞いてみないとわからないのに、もう明日のことを考えてるの?」


「だって、楽しみがないとつまんないもん!」


私はにっと笑った。


反対側のベッド脇に座っていたお父さんも、つられて笑った。


「それで、ヒナは何が食べたいんだ?」


「ラーメン! 半熟卵がのってるやつ! それから、プリンも!」


「一度にそんなに食べるつもりか?」


「だって、もうずーっと入院してるんだよ!」


私は不満そうに頬を膨らませた。


「退院したら、おいしいものをいっぱい食べるんだから。それから、公園にも行きたいし、花火も見たい! あっ、紅葉だって見に行きたいな!」


両親は私を見つめた。


やがて、お母さんが私の髪を撫でながら、優しく言った。


「そうね。元気になったら、みんなで行きましょうね」


「本当?」


「本当よ」


私は小指を差し出した。


お母さんが自分の小指を絡める。


お父さんも、最後には笑いながら指を差し出してくれた。


三人の小指が絡み合う。


それだけのことなのに、私はいつまでも笑っていた。


その夜、両親はいつもより長い時間、私のそばにいてくれた。


私たちは、たわいもない話をした。


お父さんはひどくつまらない冗談を言い、私はお父さんを喜ばせるために、わざと大げさに笑ってあげた。


お母さんは、私が小さい頃、好きな飴を買ってもらえなかっただけで怒ってしまった話を持ち出した。


「そんなことしてないもん!」


私は必死に否定した。


「したわよ。お店の前で泣いてたじゃない」


「もう、その話はしないでよ!」


お父さんが大声で笑う。


私も一緒になって笑った。


病室いっぱいに、温かな笑い声が広がった。


こんなふうに家族で過ごす夜は、本当に久しぶりだった。


その間だけは、自分が病院にいることさえ忘れそうになった。


誰も医師の話をしなかった。


治療の結果についても話さなかった。


明日のことさえ、誰も口にしなかった。


私は、この時間がずっと続けばいいと思った。


明日も今日と同じだったらいい。


その次の日も、そのまた次の日も、ずっとこんなふうに過ごせたらいい。


そんなことが叶わないかもしれないとわかっていても、その夜だけは信じていたかった。


「あっ! 忘れるところだった!」


私は突然思い出し、枕元に置いてあったスケッチブックを手に取った。


「お父さん、お母さん、これ見て!」


私は妖精の絵が描かれたページを開き、二人に見せた。


「これが完成版だよ! 羽を何回も描き直したんだけど、今回は一番きれいに描けたと思う!」


お母さんが身を乗り出した。


「本当ね。とってもきれい」


お父さんも頷いた。


「さすが、俺の娘だな」


私は得意げに笑った。


「でしょ? この妖精、本当にいたら、きっといろんなところに飛んでいくと思うんだ!」


私は絵を眺めながら、想像を膨らませた。


花畑を飛び越え、高い山々を越え、遠くの街へと羽ばたいていく妖精。


「私も、こんなふうに自由に空を飛べたらいいのにな……」


ぽつりとつぶやく。


そして、再び笑顔になった。


「もし魔法が使えたら、たくさんの人を助けるんだ。困っている人のところへ行って、怪我をした人を治して、それから……」


そこで、私は言葉を止めた。


突然、喉に違和感を覚えた。


私は口元に手を当てた。


次の瞬間、激しく咳き込んだ。


体を折り曲げ、必死に息を吸おうとする。


「ヒナ?」


お母さんの声が聞こえた。


私は、大丈夫だよ、と言いたかった。


ただ咳が出ただけだと。


けれど、顔を上げたとき、お母さんの表情が一変していることに気づいた。


お父さんが勢いよく立ち上がった。


「ヒナ!」


何が起きているのか、私にはわからなかった。


ただ、突然体がひどく重くなり、目の前がぐらぐらと揺れ始めた。


手からスケッチブックが滑り落ち、ベッドの上に落ちる。


私は必死に両親を見つめた。


どうして、そんな顔をしているの?


さっきまで笑っていたのに。


お母さんは、私のことを褒めてくれたのに。


お父さんは、元気になったら一緒に出かけようと約束してくれたのに。


聞きたいことがたくさんあった。


心配しないで、と伝えたかった。


けれど、声が出ない。


そして、いつの間にか、赤いものが私の体にまとわりついていた。


私はただ、両親を見つめることしかできなかった。


残されたわずかな意識を、必死につなぎ止めながら。


「ヒナ! お母さんを見て! ヒナ!」


お母さんが私の手を握った。


私は、握り返そうとした。


本当に、必死だった。


けれど、もう手には力が入らなかった。


視界が、少しずつぼやけていく。


私は救急処置のために運ばれていった。


周囲では、慌ただしい声が飛び交っていた。


お父さんとお母さんがすぐそばを走っているのがわかった。


でも、二人の顔はもう、はっきりとは見えなかった。


お母さんに伝えたい。


私はまだここにいるよ、と。


お父さんにも伝えたい。


まだ行きたくないよ、と。


銀髪の青年のことだって、まだ話していない。


彼の名前も知らないまま。


どうして私の名前を知っていたのかも、聞けないまま。


紅葉を一緒に見に行くという約束だって、まだ果たしていない。


どうして、こんなことになったの?


私は、ちゃんと頑張ってきたのに。


笑顔でいようとした。


ご飯だって食べようとした。


お父さんとお母さんに心配をかけないようにした。


みんなに言われたことを、ちゃんと守ってきた。


それなのに、どうして私は生き続けられないの?


死にたくない。


本当に、死にたくないよ。


明日が見たい。


もう一度、あの青い空を見たい。


自分の人生を、自分で選べるようになりたい。


ただ、それだけなのに。


私の願いは、そんなに欲張りだったのかな?


どれくらい眠っていたのか、わからない。


もしかしたら、とても長い時間だったのかもしれない。


夢の中で、私は再び病院の屋上に立っていた。


風が髪を揺らし、頭上にはどこまでも青い空が広がっている。


少し離れたところに、あの銀髪の青年が立っていた。


私は彼に駆け寄ろうとした。


誰なのか聞きたかった。


どうして私の名前を知っていたのかも。


また会えるのかどうかも。


けれど、どんなに頑張っても、彼のところまで歩いていくことができなかった。


彼はただ、静かな青灰色の瞳で私を見つめていた。


そして、そっと微笑んだ。


彼が何を言ったのか、よく聞こえなかった。


ただ、その唇がわずかに動くのが見えた。


――また会おう。


私は答えたかった。


私も、また会いたい。


そう伝えたかった。


けれど、言葉を発する前に、夢は消えてしまった。


私は、まぶしい日差しに目を覚ました。


「……ん」


小さく身じろぎし、手をかざして光を遮る。


今日の日差しは、昨日よりも穏やかだった。


空気も澄んでいる。


いつもの消毒液の匂いもしなかった。


何かがおかしい。


ひどく、おかしい。


私はゆっくりと目を開けた。


目の前には、真っ白なシーツに覆われた、大きなベッドがあった。


見上げれば、精巧な装飾が施された高い天井。


長いカーテンの隙間から差し込む光が、ぴかぴかに磨かれた床に落ちている。


私は周囲を見回した。


大きな木製のタンス。


花瓶に生けられた色鮮やかな花。


棚には、きちんと並べられた本。


まるで、おとぎ話に出てくるお城の一室みたいだった。


……待って。


おとぎ話?


私は勢いよく起き上がった。


「ここ、どこ!?」


口から飛び出した声に、私は凍りついた。


自分の声じゃない。


私は自分の両手を見下ろした。


細く、長い指。


雪のように白い肌。


手首も華奢だけれど、少なくとも、私が知っている自分の小さな体とは違っていた。


違う。


そんなはずない。


私はすぐさまベッドから飛び降り、部屋の隅にある大きな鏡へと駆け寄った。


そして、鏡の中にいる人物を見て、息を呑んだ。


そこに映っていたのは、見知らぬ少年だった。


肩を越える長さの銀白色の髪。


青灰色の瞳。


漫画の登場人物かと思うほど整った顔立ち。


私は恐る恐る頬に手を当てた。


鏡の中の少年も、同じように手を当てる。


髪を引っ張ってみる。


鏡の中の少年も、髪を引っ張った。


口を開けてみる。


鏡の中の少年も、口を開けた。


「きゃああああああっ!?」


私は悲鳴を上げた。


うそでしょ!?


誰、この人!?


なんで鏡の中に男の子がいるの!?


どうして、私がこんな顔になってるの!?


私は慌てて頭を触り、何か手がかりがないか探した。


すると、指先に何かが触れた。


頭の両側から、何かが突き出している。


髪をかき分ける。


そこには、長く尖った二つの耳があった。


私は固まった。


…………。


………………。


……………………。


エルフ!?


私、エルフになっちゃったの!?


私は後ずさり、その場にぺたんと座り込んだ。


ありえない。


こんなの、絶対にありえない!


私、死んじゃったの?


そうだ。


病院にいたことは覚えている。


お父さんとお母さんが手を握ってくれていたことも。


何かを伝えようとしても、声が出なかったことも。


それなのに、どうして今、私はここにいるの?


どうして、知らない誰かになっているの?


私は頭を抱えた。


「落ち着いて……落ち着くのよ、私……」


必死に自分を落ち着かせようとした。


きっと、これは夢だ。


目を閉じて、もう一度開ければ、きっと元に戻っている。


私はぎゅっと目をつぶった。


一つ。


二つ。


三つ。


目を開ける。


部屋は変わらず、そこにあった。


私は床に座り込んだまま。


頭の上の尖った耳も、消えてはいなかった。


「……夢じゃ、ないの?」


私はうつむいた。


どれくらい、そうしていたのだろう。


気づけば、頬を涙が伝っていた。


お父さんとお母さんは、どこにいるの?


会いたい。


お父さんとお母さんに会いたいよ。


おうちに帰りたい。


こんなところにいたくない。


誰か別の人になんて、なりたくない。


私は、ヒナでいたいだけなのに。


おとぎ話が好きで、魔法のある世界に憧れて、自由に空を飛べたらいいなって想像していた、普通の十四歳の女の子。


私は、生きたいと願った。


それなのに、目を覚ましたら、こんな見知らぬ場所にいるなんて。


コンコン。


突然、扉を叩く音がして、私はびくっと体を震わせた。


「殿下? お目覚めでしょうか?」


扉の向こうから、落ち着いた男性の声が聞こえてきた。


殿下?


私は顔を上げた。


「殿下?」


もう一度、ノックの音が響く。


「失礼いたします」


扉が開いた。


入ってきたのは、執事服を身にまとった男性だった。


きちんと整えられた黒髪に、真面目そうな顔立ち。そして、洗練された物腰。


私が床に座り込んでいるのを見るなり、彼は慌てて駆け寄ってきた。


「殿下! いかがなさいましたか!?」


私は彼を見つめた。


彼も私を見つめている。


何を言えばいいのか、まったくわからなかった。


結局、私は自分自身を指さすことしかできなかった。


「……私?」


男性はわずかに戸惑った様子を見せた。


「はい、殿下」


私はごくりと唾を飲み込んだ。


「……人違いじゃありませんか?」


男性はしばらく黙っていたが、やがて小さく息をついた。


「殿下……。いったい、どうなさったのですか? まだ朝早いので、夢と現実の区別がついていらっしゃらないのでしょうか」


彼は困ったように微笑み、それから丁寧に頭を下げた。


「では、改めてご説明いたしましょう。殿下のお名前は、エルニエル・アヴァロン・リサンダー。アステリア王国の第一王子にして、王家に伝わる聖剣の継承者であらせられます」


「…………え?」


「そして、私は殿下の執事長兼専属護衛を務めております、シラスと申します」


彼は私をまっすぐ見つめた。


「シラスですよ、殿下。そろそろ思い出されましたか?」


私は呆然とした。


エルニエル。


アヴァロン。


リサンダー。


アステリア王国。


聞いたこともない名前が、次々と並べられていく。


どれ一つとして、私には意味がわからなかった。


ここがどこなのかも。


エルニエルが誰なのかも。


どうして私が、この人の体にいるのかも。


何もわからない。


でも、一つだけ、はっきりとわかることがあった。


私はもう、元の世界にはいない。


そして、おそらく二度と、お父さんとお母さんに会うことはできないのだろう。


私はうつむき、両手をぎゅっと握りしめた。


泣きたかった。


叫びたかった。


目の前の男性に、あなたは人違いをしていると伝えたかった。


私は王子なんかじゃない。


遠い世界から来た、ヒナという普通の女の子なのだと。


けれど、言えなかった。


何が起きたのか、私自身にもわからないのだから。


私はただ、ゆっくりと顔を上げ、窓の外に目を向けた。


空は、どこまでも青かった。


昨日、病室から見上げた空を思い出すほどに。


私は、自由に空を飛べたらいいと願った。


魔法を使って、たくさんの人を助けたいと願った。


そんなものは、女の子が夢見る、ばかげた空想にすぎないと思っていた。


それなのに今、私はおとぎ話の中でしか見たことのない生き物の耳を持ち、見知らぬ世界に立っている。


これが贈り物なのか、それとも呪いなのか。


どうして運命が私をここへ連れてきたのか。


今の私には、何一つわからない。


それでも、もし本当に、もう一度人生をやり直せるのなら。


今度こそ、自分の進む道を自分で選びたい。


もう、窓越しに空を眺めているだけの自分ではいたくない。


自分の足で外へ出たい。


この世界を、自分の目で見てみたい。


どうして自分がここに来たのか、その理由も知りたい。


窓の外では、風が白いカーテンをそっと揺らしていた。


私は、ゆっくりと深呼吸した。


昨日、私は、待ち望んでいた明日を見ることができなかった。


けれど今日、私は別の明日を手に入れた。


その先に何が待っているのか、まだ何もわからない。


それでも――。


私は、自分自身の力で答えを見つけると決めた。


もう二度と、ただ空を見上げているだけでは終わらせない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。