鏡と君
『鏡って不思議だよね。僕達が見えないものを見せたり、こことは"違う世界"と繋がる入口になってるんだってさ。』
彼がよく私に、この鏡を見て言ってたっけ。
私と彼は、学生時代から付き合いのある近所の幼馴染だった。
言ってしまえば、腐れ縁。
小学校も、中学も高校も、私が通っていた学校に、いつの間にか彼も通っていた。
違う学校も選べたはずなのに、彼はいつも調子良く
「家から近いから!それにともちゃんも俺が側にいないと味気ないでしょ!」
と笑って言っていた。
きっと彼はただの冗談で言っていただけだろうし、ふざけていただけだと思う。
けれど、そんなふざけてばかりのお調子者の彼は…ケイタは突然いなくなってしまった。
いつも側にいたくせに、あの日を境に突然私の前から消えてしまった。
もう、会う事も、触れる事も、話すことすらできなくなった。
あの日、いつもと同じ通りの変わらない日。高校の部活が夜遅くになったので、帰っていた時に、アルバイトから帰る途中のケイタとたまたま会って、一緒に帰っていた。
たわいもない、しょうもない話をしながら、ケイタと帰っていると、喉が渇いたので公園自販機でそれぞれ購入したホットココアを2人で近くのベンチに座り、飲んでいた。
星空がかなり遠く、澄んで見えた。
すると、自販機の影から黒い人影が見えた。
『飲みものを買ってる人だろう』
単にそう思っていた。
しかし、その一瞬の刹那。
黒い影が、こちらに向かい迫る。
影はどんどん大きくなり、目の前に迫るのに時間はかからなかった。
静電気の走る時間。そんな感覚。
ケイタは見知らぬ大きな影から伸びる、銀色に光った鋭利な牙で貫かれていた。
滲む紅、夜暗いので浅黒くそれが見えた。
「…ともちゃん!!…早く逃げろおおお!」
貫くコンマ5秒前、ケイタはそう叫び私をベンチから思いっきり横に突き落とした。
私は惨状を見た瞬間、必死に引ける腰を起こして、逃げた。
後ろから僅かにザッと地面を蹴る音がする。
私は、ただ前を見て足が果てるまで走り続けた。
『止まったら、殺される。』
必死だった。
すると、目の前に交番が見えた。
私は、交番の扉を勢いよく開けて交番の中にあった机に思いっきり突っ伏した。
警察の人2人も突然の事に、慌てていた。
「どうしましたか!?何かありましたか?」
「彼が…ケイタが…!友達が知らない男に刺されたんです…!お巡りさん、助けて…!」
その後の出来事は、記憶が曖昧だ。
警察の人に色々聞かれて、ケイタが刺された公園へ一緒に向かい、救急車が来て。
それくらいしか、覚えていない。
今思えば、早くさっさと帰れば良かった。
それなら、ケイタは死ななかった。
あの時、喉乾いたなんて我儘言わなければ、こんな事にはなってない。
そんな私を庇ってケイタは…。
『ごめん、ごめんなさい…ケイタ。』
ただ、謝るしかなかった。
私はあの日の後から、学校に行けなくなった。
外に出るのが怖い。
まだ、ケイタを刺した犯人も捕まっていない。
あいつを見ているのは、私だけだ。
狙って、私を探しているかもしれない。
本当に、怖い…窓から外を見るだけで身体がダンゴムシの様に縮む。
ケイタは私の部屋にある姿見の大きな『この鏡』を見て、そう言っていた。
「…本当に見えないものが見えたら、会えたらいいのに。」
あり得ないことだと思う。
でも、もしあり得るのなら…一度でもいい。
『ケイタにもう一度会いたい』
そう願った。
部屋の澱んだ空気に一時、太陽の光が差し込む。
光が鏡に反射し、部屋に明がりを戻す。
姿見が白く明るく見えた。
すると、薄暗い煙の様なものがゆらりと揺れた。
「ともちゃん!」
気のせいだろう、ケイタの声が近くで聞こえる。
もういないのに、声なんて聞こえる筈がない。幻聴なんだ。
「ともみ、ともちゃん!俺だよ、ケイタ!ここ、ここだって!」
嗚呼、まだ聞こえる。
その聞こえる筈のない声に怒りを感じながら、ふと前をみる。
すると、嘘のような姿が姿見の鏡内にあった。
「え…、ケイタ??」
もう何がなんだか分からない。
頭の中の星屑の様なものが散らばる音がする。
いないはずのケイタが鏡の中にいるんだから。
しかも、あの日の服装で。
「幻覚まで見え始めた…。」
私はおかしくなったんだろうか。
目を擦り、再度見直す。
「幻覚じゃないよ、本物だよ?俺はケイタだよ、間違いないぜ!」
あ、このお調子者の感じ。
間違いない、ケイタ本人だ。
にわかには信じられないが、間違いなくケイタだった。
私は、泣きじゃくりながら姿見にしがみついた。
「ごめんなさい、ごめんねケイタ…私のせいであなたは刺されて…それで」
「大丈夫だよ、気にすんなよ!ともちゃんが無事で本当によかった。それだけで俺は安心だよ。」
フッとケイタは温かみのある笑顔で言う。
私はその笑顔を見て、更に泣いた。
「どうして…?何で鏡にケイタが…?今まで何も無かったのに…」
ケイタは目を丸く見開いて続けて言う。
「それは、俺言ってたじゃん!鏡には見えないものが見えたり、この世とあの世を繋ぐ入口になるんだって。」
そうは言っていたけど、正直信じていなかったし、本当にそうなんて思わなかった。
「じゃあ、今までは見えなかったのは何でなの?見えるならいつ見えても良いじゃない!」
それを聞いて、ケイタはそれを待ってましたと言わんばかりに、得意げに話した。
「それはな、この世の人間とあの世のものがお互いに会いたいと思うと、扉みたいに出てきて鏡を通じて会えるんだよ。不思議だよなあー!」
理屈は分かる、けどあり得ない事象には変わりはない。
けれど、このあり得ない事象に私は今、盛大に感謝したいんだ。
だって二度と会えないと思っていた、ケイタに会えたのだから。
「会いたかったよ、ケイタ。」
「俺もだよ、会いたかった!ともちゃん。」
触れる事は出来ないし、鏡越しだから無機質な感覚しかない。
けれど、見て会えるだけで充分。
私は鏡をぎゅっと抱きしめた。
すると、ケイタが言う。
「俺は、ともちゃんの事が好きだった。側にいるだけで良かった。だからあの日、俺の命を掛けてでもともちゃんを守りたかった。」
「あの日、俺はあいつから刺された時、あいつの顔を見たけど見覚えない男だった。
だけど確かに刺した後に言ってた、"お前らみたいなのが憎い"って。」
「これを、ともちゃんに伝えたかった。やっと伝えられた…気持ちをちゃんと、ともちゃんに。本当にありがとう、大好きだよ。」
私はケイタの顔に手をそっと添えて、唇に静かにくちづけをした。
「本当にありがとう、ケイタ…本当にありがとう。大好きだよ…!」
その言葉を聞いて、ケイタは満面の笑顔で額を寄せてそのまま消えた。
姿見は元の鏡に戻っていた。
ケイタの消えた後の姿見は、やけに輝いて見えた。
ケイタが会いに来てから、3日後。
私達を狙い、ケイタを刺し殺した犯人が逮捕された。
犯人は45歳の公園の近所に住む男だった。
犯行動機は、『イチャイチャ仲の良いカップルを見たら、自分は何故1人なのかと思い、怒りと同時に憎くなったので殺した。』だった。
自分勝手な、掃溜めのような理由だった。
そんな理由で、ケイタは殺されたのだ。
理不尽の他ならない。
私はケイタの亡霊に会った後、姿見の鏡をこまめに綺麗にするようになった。
外にもまだ怖いが、少しずつ出られるようになった。
--また、ケイタに会えるかもしれない。
そうしたら、その日に元気な自分でいたいから。
だって、ケイタ心配するでしょ?
また会えるその日まで、ケイタ。
またね!
初めまして、草里独楽と申します。
この度は、鏡と君をご拝読誠にありがとうございます。
小説を書くのが好きで、趣味で執筆を始めました。
度々、作品を投稿して参りますのでよろしくお願い致します。




