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断罪確定の悪役令嬢ですが持てるすべてで生き延びます

作者: 重田いの
掲載日:2026/04/18

「悪役令嬢ってわたしか~~~~!」


 叫んで立ち上がったら椅子がゴッと後ろに飛んでいった。

 侍女のアメリアがため息を押し堪えつつ、直しにいった。

 またしょうがないお嬢様の癇癪だと思ってくれたことを祈ろう。


「ごめんひとりにして」

 と言うとアメリアは一礼して部屋を出ていく。翻るメイド服の黒い裾が優雅である。


 わたしはうろうろと室内を動き回った。

 ……ええと。状況を整理しよう。わたしは胸に手を当てて深呼吸する。絶叫の余韻で心臓がコトコトうるさい。


 まず、第一に。

 ここは見知らぬ部屋ではない。ぜんぜん見覚えも愛着もないけれど、知っている部屋だ。天蓋付きのベッド、無駄に大きい鏡台、壁にかかったこれ見よがしの肖像画——全部、知ってる。


 知ってるどころか、何十回も見た。

 画面越しに。

「……ゲームの中だ」


 ぽつりと呟くと、現実味のない言葉がやけにしっくりきてしまって、余計にぞっとする。

 乙女ゲーム『ローズ・オブ・エンパイア』。

 わたしが三周どころか七周はした、あの悪名高い——いや、名作。


 悪徳貴族の庶子に生まれたヒロインが、いじめてくる異母姉を断罪し幸せを掴むまでを描くちょっとえっちなゲームである。


 そしてわたしはヒロインじゃない。もちろん攻略対象でもない。

 鏡の前まで歩いていく。映った顔は見慣れないはずなのに、設定資料集で見た顔そのままだった。


 金髪縦ロール。きつめの目元に赤い目。いかにも何か企んでいそうな毒のある顔。


「……公爵令嬢リリアーナ・ヴァルディス」


 頭を抱えてその場にしゃがみ込む。

「よりにもよってどのルートでも断罪イベント確定の悪役令嬢~~~~!」


 終わった。

 いや、まだ終わってないけど。始まってもないけど。


 ゲーム通りなら、わたし——リリアーナは学園編の終盤で、異母妹のヒロインをいじめ抜いた罪で断罪される。


 国外追放エンドならまだマシ。下手すると公開処刑。普通に死ぬ。


「いやいやいや無理無理無理無理」

 勢いよく立ち上がって、また椅子にぶつかってしまった。椅子はゴンッと飛んで行って壁に穴をあけた。ごめんて。


「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」

 と、とにかく——ゲーム本編が始まるのを回避すべきだ、うん。


 わたしの記憶が正しければ、今のリリアーナはまだ十七歳。

 十八歳になる年に学園入学だから、まだ一年の猶予がある。


「フラグ折らなきゃ……一番いいのは学園に入学しないことだけど」

 でもな~~~~。

 この国、貴族の子女は学園入学が義務だからなあ。もし入学しないと、王国に叛意ありとされてしまう。


 何故なら貴族には【ギフト】がある。

 一人に一つだけ、神様から与えられる特殊能力のことである。

 火の魔法や水の魔法や、はたまた瞬発力とか透視能力とかも。


 これを抑えるすべと、王国への忠誠を学園で学ぶのだ。

 それをすっ飛ばすとね、ホラ、能力ある奴を野放しにするのってどんな国でも嫌がるから……。


「ううーん」

 また、部屋の中をうろうろする。どうしよう? どうする? どうするのが一番、わたしが辛くなくってすむだろう……。


 ああもう、去年亡くなったお母様に相談したい。

 でもお母様はもういないんだから……。ん?


「あ」

 わたしは立ち止まった。

 すると、たちどころに解決策が見えた。


「あっそっか」

 リリアーナの格設定を思い出す。プライドの塊、負けず嫌い、そして――


 唐突にドアがノックされた。

「お嬢様、よろしいでしょうか」

 アメリアの声だ。さっきの落ち着いた調子と変わらない。


「……どうぞ」

 扉が開き、彼女が一歩中に入ってくる。相変わらず完璧な所作だ。


「ご当主様がお帰りです。そして、お客様がおいででございます」

「……お父様の平民の愛人と、わたしと同い年の異母妹ね。はあ、ハイハイ」


 アメリアはちょっととまどった顔を一瞬、した。そりゃね。

 リリアーナってば直情的で短絡的な子だから、こんなことを知ったら知った瞬間手が付けられないくらい怒り狂っていたはずだ、ってことでしょう。


 わたしは肩をすくめた。

「これでも公爵令嬢よ、わかるわよ」

「……失礼いたしました、お嬢様」


 それで、応接間にずんずか進んでいった。令嬢らしく、裾さばきのシュッシュと勇ましく。


 応接間の扉の前で、わたしは一度だけ足を止めた。

 深呼吸。

 いよっしゃ。

「——リリアーナ、参りましたわ」


 扉を開ける。

 中にいた三人の視線が一斉にこちらへ向いた。


 まず、お父様。相変わらず無駄に威厳だけはある。口髭が片方ひん曲がっている理由は考えまい。


 その隣に、柔らかく微笑む女性——あれが愛人、つまりヒロインの母。

 うおっ、すげえ色気あるメリハリボディ。さっすが愛人。ヒュウ。


 そんで、二人の間にいるのがその愛娘。

「……」

 視線が合った。


 薄い金髪に、空色の瞳。やわらかな空気をまとった美少女。

 しとやかにソファに腰かけて、にこにこ控えめに微笑んでいる。


 どっちも綺麗な女性たちだ。でもその目つきはなんていうか――さもしい。


 うん、それだ。見てくれはとても麗しい女たちだけれど、目だけはしっかりとこちらを見ているところとか、室内の装飾を値踏みする感じがすごく、嫌らしい。


(まあこんなもんよね、平民の愛人だし)

 きっと目に映るものすべてがとんでもなく高価で貴重に見えて仕方なく、自分たちがその中で暮らすということが嬉しくて仕方ないのだろう。


 はあ、やれやれ。心の中はとりあえず置いといて、一礼する。

「はじめまして。わたくし、リリアーナ・ヴァルディスと申します」


 空気が止まった。

 ……あれ?

 お父様がわずかに眉をひそめる。


 愛人の女性も、予想外といった顔。

 そしてヒロイン——未来の断罪トリガーさんも、ぱちぱちと瞬きをした。


「……リリアーナ?」

 お父様が低い声で言う。


「はい、お父様」

「随分と……落ち着いているな」


(そりゃそうでしょ。これから何が起こるか知ってるもんね)

 とは言えないので、にこりと微笑む。


「お客様の前ですもの。礼を欠くわけには参りませんわ」

 我ながら完璧な模範解答。


 いえーいアメリア見てるう? わたし今めっちゃ優雅。


 すると、愛人の女性がほっとしたように微笑んだ。

「ご立派なお嬢様でいらっしゃるのですね。うふふ」

 うお。化粧が一部ひび割れた。思ったより年取ってるんだなこの人。


 父は髭を撫でながら告げた。

「この二人はお前の母と妹になる。決定事項だ」

「つまりお父様はお母様のご存命中から愛人を囲い、子供まで産ませていたということですのね。はあ。殿方ってほんと」


 ま、このくらいは言わせてくださいよ。

 愛人が困った子ね、と言いたげに鼻を鳴らした。なーんでそっちがヤレヤレする側なんですかね。


 ヒロインに向き直る。

 ちなみにゲーム知識によると、この初対面でリリアーナはやらかす。こんな女どもは認めない、家から出ていけとわめきちらし、嫌味を言って、マウント取って、完全に敵対フラグを立てる。


 つまりここが最初の分岐点なのだ。

 わたしは柔らかく少女に微笑みかけた。異母妹はわずかに身を固くすると、父に擦り寄った。


 わたしは彼女へそっと手を差し出した。

「お名前伺ってもよろしくて?」

 少女は戸惑いながらも、小さく頷いた。

「……はい。エリシア、と申します」


「そう。ごめんなさい、まだうまく受け入れられるかわからないけれど。よろしくね、エリシア」


 父がうむうむと満足気に笑っている。愛人はほほほと似合わないカン高い笑い声を漏らす。エリシアは花が開くような笑顔を浮かべた。


「はい。こちらこそよろしくお願いします、お姉様」



 ***



 というわけで夜中。

 よっしゃ決行。


 あ、言い忘れていたけれどもわたしの【ギフト】は【怪力】である。ぶい。


 廊下を音を立てないように進む。ドレスなんて着ていられないので寝間着の裾をカーテンのタッセルで結んだ。


 腐っても公爵夫婦の寝室には立派な鍵がついているが、

「ふんっ」

 と指先でアレしてやれば外れる。文明レベルが近世だか魔法世界だかわからん乙女ゲー設定に感謝。


 父と愛人は一戦交えたあとらしかった。空気がかすかに魚市場臭い。

 わたしはするすると彼らに近づき、ぐわし! っと両手で二つの頭蓋骨を掴む。


 目覚めても状況を認識させる暇はやらん。

「ぬうううんッ!」

 と両手に万力の力を籠めた。

 二人ぶんの頭が砕け散った。ざまあ。


 血臭。噴水のように血が飛び散る。

 わたしの顔から胸もとからドス黒い血に染まる。おえっ、なんかねばねばしてるー!


 飛び出した脳味噌がぐちゃぐちゃのかたまりとなり、リネンでは吸い込み切れないドロドロの血液が絨毯まで伝う。


 二つぶんの死体がビグンビグン踊るように痙攣した。

 それを見てもわたしは何も感じなかった。麻痺していたのかもしれなかったし、これから迎えるかもしれないエグいバッドエンドへの恐怖が勝ったのかもしれなかった。


 それにしても【怪力】、便利な【ギフト】だな。

 厳密には魔法じゃないから【探知】とか【結界】とかに阻まれなくてすむし。

 ゲームのリリアーナがこれを使ってればわたしのように一発で解決だったんじゃないか? 無理か。リリアーナ、プライド高くて肉体労働嫌いだもんな……。


 庭師の息子と見せかけて実は亡国の王子である攻略対象の仕事を嘲笑ってヒロインと対立するイベントまであるもんなあ。


 手を拭きながらはす向かいの部屋へ。同じように錠前を破壊して中に入ると、金髪の海に包まれるようにして眠る美少女がいた。月明かりに照らされて、それはそれは綺麗だった。


 わたしは思わず、彼女の額を撫でた。うっとり。こんなに綺麗なのに、わたしの敵なんだもんなあ。


「んっ……。あんっ、誰え……? えっ。お姉様?」

 うっすら目を開けたヒロインちゃんが、きょとんとわたしを見上げる。

 わたしは微笑み、そのまんま彼女の頭の上半分を粉砕した。


 べこっ。と頭蓋骨が陥没し、白い両足がばね仕掛けのように真上に跳ね上がる。

 じたばたじたばた、脳が潰されているのに身体は必死に息をしようとして足掻いていた。

 口は白いあぶくを吹いて大きく開閉し、鼻は赤ちょうちんを膨らませながら鳴る。


「ぶごーっ。ぶごーっ。ぶごーっ」

「あ、ごめん。苦しませるつもりはなかったの」


 悪いことした。

 慌てて首の骨を折ってあげる。しばらくして、静かになった。


「さて」

 処分完了。


「これで断罪回避ね!」

 わたしはガッツポーズした。


 ***


 で、まあ当然捕縛されるわけだけど。

 別に殺されるわけじゃないので取り調べにも正直に答えた。


 普通、貴族同士の犯罪だったら高等法院の取り調べ官吏の仕事だが、わたしの場合は王室直属の法務官じきじきだった。


 後手に縄で縛られていること、暗く冷たい牢屋、粗末な食事は辛かったが、耐えきれないほどじゃない。

「なぜこんなことを?」

 と聞かれたときは、

「はあ。まあ。嫉妬、ですかねえ。父はわたしと母のこと好きじゃなかったのに、あの子はなんで……って思ってしまいまして」

 とか適当ぶっこいといた。


 取り調べにとうとうゲームで見たことあるモブがやってきたとき。

 そいつとそいつの腹心の部下、わたし、だけがいる、拷問器具が並べてある脅し目的の石牢。


「で? 陛下はヴァルディス家の直属部隊のうちどれほどをご所望ですか?」

 と聞いた。

 モブの顔色が明らかに変わった。彼は王の間諜で、見聞きしたすべてを王に知らせる役目を持っている。つまり陛下はわたしに興味があるというわけだ。


「ご存知の通りヴァルディス公爵家は三百年に渡って王家の影としてお仕えしてまいりました。当主はわたしのせいでもういませんが、技術と人員を失うにはあまりに惜しい。少なくともわたしは、誠心誠意陛下にお仕えする所存でございますことよ。――と、お伝えください」


 モブたちはうろたえながら出ていった。

【ギフト】は貴重である。【怪力】は失われて久しかった【ギフト】だった。

 最後に発現した者は百年も前のことだ。そして彼は王のそば近くに付き従い、その戦争を支えたのだ。

 わたしは伝説の再来だ。そりゃ、乙女ゲームではヒロインの前に立ちはだかり、自身の愚かさゆえに【怪力】を暴走させ筋肉ムキムキの化け物になって成敗されるような役どころだったけどさ。


 わたしはわたしだから。リリアーナであり、わたしでもあるから。

 わたしは殺されない。死にたくない。決して、死ぬような愚は犯さない。もう二度と。


 わたしはあまりに貴重で、高貴である。


「ふふっ」

 平民とは違うんだよ。

 わたしは暗い中一人で笑った。


 ***


 で。

 釈放されたのは半年後だった。


 今、わたしは攻略対象の一人である王太子直属の影となった。ヴァルディス家も彼の傘下に入った。

 これまでヴァルディス家の忠誠は王家そのものに捧げられてきた。それが、一個人に向けられることになるわけだ。

 これから大陸の歴史は激しく動くだろう。


 目下のところ、悩みとしては。

「おい犬。餌だぞ」

「だからわたしはリリアーナだって言ってるでしょ!」

「犬? 喋っていいと誰が言った? ア?」

「――うぅー、わんっ」


 投げられたクッキーをわたしは走って取りに行き、口に咥える。

 奴は爆笑しやがる。くそー。


「アハハハハハハハッ、いいぞいいぞ、手を使わず食べろ」

 そういや王太子って、ドSのヤンデレキャラだったわ。とほほ。こんなことになるんなら事前に陛下にだけでも話を通しておくんだった。


 わたしの首には【封印】として金の首輪が嵌められている。魔法学園では、人前に姿を現すことが許されない。人間以下の扱いである。

 とはいえ、やらかしがやらかしなだけに文句も言えない。


 口の中の水分を全部奪っていくクッキーをもごもご食べていると、横合いからすっとハンカチが出てきてこぼれるかけらを受け止めた。

 ありがと、アメリア。わたしは目で言う。幼馴染のメイドはふっと微笑む。


 そう。意外なことに、ヴァルディス家の面々のうちわたしについてきてくれた者たちが、けっこうな数、いた。

 我が父、意外と家の中でも評判悪かったらしく、あのざまあはわたしにとってもざまあだが、使用人たちにとってもざまあだったらしいのだ。


 貴族生まれでなくても【ギフト】を持ち、迫害され、王家の影として生きながらえてきたたくさんの人々。わたしが保護すべき人々。

 彼らを巻き込んでしまったことに気づいたのはずいぶん最近になってからである。

 わたしとしても申し訳ないところだ。

 いつかなんとか償いができたらいいのだが。


「おい犬。護衛」

「げろー。――うう。わん!」

 王太子はマントを肩にかけてどこかへ出かける様子だった。わたしはため息をこらえつつ、その後ろに従う。


 現状、幸せか? と言ったら微妙なところだけれど。

 少なくとも断罪は、まぬかれた。


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― 新着の感想 ―
物理で解決とは恐れ入りました。
ハッピーエンド……? とりあえずいずれこの王子もやっちゃおう!
プッツンしたらチャンスがあるまでひたすら従順に犬やって油断させて、隙見て王家の頭全部潰すか、下半身ミンチにして(子を遺させない)逃亡してもいいんじゃないですかねコレ。 というかよく怪力もちを犬扱いでき…
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