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太陽と月  作者: 夢水四季
3/3

オルフェウス

 覚えているのは、汚いスラム街の臭いだった。


 俺を産んだ親の顔は知らない。


 赤ん坊だった俺が、物心つくまで、どのように育てられていたのかも知らない。


 恐らく、スラム街にいた誰かが哀れに思って、育ててくれたのだろう。




 物の名前や簡単な受け答えができるようになったのは、冬を四度ほど越した頃だった。




 俺の日課は物乞いだった。


 これで何かもらえれば運が良い方だ。優しそうな人に手を差し出し、目を潤ませてやる。食べ物か金を恵んでもらえたら「ありがとう」と欠かさずにお礼を言う。これでリピーターになってくれたら超ラッキーだ。今の所、そんな人物が二、三人はいる。


 多く食料が手に入った時は、スラムの他の仲間にも分けてやる。俺にはリピーターが多い方だったから、周りの奴も助かっていたはずだ。




 ある日のこと。戦利品もなく、今日は飯抜きかと思っていた頃だ。


「こんばんは」


 中年の女だった。初めて見る顔だ。


 そいつは俺を見ると、すぐに「私のお家にいらっしゃい」と言った。


 飯がもらえそうなら、多少怪しくても付いていく。やばくなったら逃げればいい。




 女の家は中流階級が住むエリアにあった。


 金を恵んでもらえた時に買い物に来る店がある。


 普通の一軒家に通されると、俺は久しぶりに水浴びをさせられた。いや、温かい水だったので、正しくは「お湯浴び」か。


 女は何やら良い香りのする、ぬめっとしたもので、俺を洗った。


 俺はされるがままになっている。大人には抵抗しても無駄だ。それに、この女は悪いことをしているようには感じなかった。




 体を洗われた後、今度は白いタオルで全身を拭かれた。


 そして、新しい服を着せてもらった。


 ここまでしてもらったのは初めてだった。


「ありがとう、ほんとうに」


 俺は何かしておらう度に、礼を言うのを欠かさなかった。この女がずっとリピーターになってほしいと思った。




「うん、大丈夫」


 女は綺麗な服を着た俺を、思いっきり抱きしめた。


 とても温かかった。




「そうだ! あんたの名前は?」


 今、思いついたように、女は言った。


 名前、か……。


「な、名前は、わからない……」


 スラムでは「おい」とか「そこのガキ」と呼ばれていて、それで十分だったので、固有名詞は必要なかった。


「そっか、なら私が考えておくね!」


 何故か嬉しいような気がした。


「じゃあ、ご飯作るから、ここで座っていて」


 俺はテーブルの前の椅子に座った。


 女は厨房で何かを作っていた。美味しそうな匂いに、俺の心が躍った。




「できたよ。今日はオムライスだ。さあ、召し上がれ」


「ありがとう。いただきます」




 生まれて初めて、出来立ての料理を食べた。


 世界には、こんなに美味しいものがあるのか、と驚いた。


 美味そうに食べる俺を、ばあさんはニコニコしながら見ていた。


 


「あんたの名前はオルフェウス!」


「おる、ふぇう、す?」


「そう! さっき決めた! 神話の登場人物から取ったのさ」


「おるふぇうす」


「うん! よろしく、オルフェウス!」




  俺とばあさんで、孤児院を作った。


 ばあさんはアップルパイが自慢の料理だから、名前はアップル孤児院。


 俺の名前もオルフェウス・アップルになった。やけにメルヘンだ。





 俺は十六になった。


 士官学校は給料が良かったので、そこに行くことにした。


 ばあさんは「やめてほしい」と言ったが、俺は聞かなかった。




 士官学校の訓練は厳しかったが、スラムよりはマシだった。


 飯が食えるし、寝る場所もある。




 俺には案外、軍略の才能があるように思えた。




「お国のために」とか、そんな高尚な考えはない。自分や仲間が少しでも多く生き残る選択を取る。それが俺の方針だった。あと、なるべく楽して勝つ。勝てそうになければ、負けないこと。上手く逃げること。





 軍に入って二年が経った。


 王様が軍を改革するそうだ。


 俺は、その新チームのリーダーに選ばれた。


 古臭いジジイ共を追い出して、若い力でやっていく。


 面白そうじゃないか。

次は太陽国のオルフェウスの話です。

孤児だったオルフェウスの下剋上物語も、お楽しみください。

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