宝くじで10億円当たったので、埋めます。
俺とサヤは、
大阪を拠点に活動するユーチューバーだ。
幼なじみ同士という腐れ縁に
甘えてだらだらと友人関係を続けていたら、
その関係のまま、
なぜか二人組のユーチューバーになっていた。
(始めたきっかけはあんま覚えてへんけど……)
で、
今日は、宝くじ100万円分買ってみた、
っていう動画を撮影していたわけですが。
結果。
一等の10億円、当たってました。
なので、いまから山に埋めます。
―― 宝くじで10億円当たったので、埋めます。 ――
さて。時刻は深夜二時、丑三つ時でございます。
若い男女二人、中古の軽に乗って、大阪のとある山奥へ。
どうみても怪しい二人組。
いまから死体遺棄でもするつもりなのでしょうか?
――、いいえ。
10億円を埋めにいきます。深夜に、山奥へ。
「あぁ~。マックのホットコーヒーうめぇー」
助手席に座るサヤが、行きがけに買った、
カップのホットコーヒーを飲みながら独り言つ。
ちなみに。俺もサヤも兵庫県出身だが、
マクドナルドをマクドと呼んだことは一度もない。
だって普通に言いにくいじゃないか。
「なぁ、サヤ。ほんとによかったん?」
「もうその質問は終わり。ふたりで決めた事でしょ?」
「あぁ。……ごめん」
正直、なんでこんなことをするのだろうと思う。
先に否定しておくが、
10億円を埋めてみた!
とかいうくだらん動画を撮るのが目的ではない。
撮影機器の類はすべて家に置いてきた。
いまこの車の荷台に乗っているのは、
札束が入ったボストンバッグとスーツケースがいくつか。
あとは、ホームセンターで買ったシャベルが二本。それだけ。
シャベルとは、スコップの大きいやつだ。
そんなこんなで。
俺たちは、山奥へと向かった。
――
駐車場に車を停めて、
シャベルだけを持って俺とサヤは森の奥へと進む。
10億円は運ぶのが大変なので、
穴を掘り終えるまでは、車の中に置いておく。
いまこの場にたまたま居合わせた車泥棒へ。
もし本当にいたとしたら、ぜひ10億を奪って逃げてみてくれ。
すっごく面白そうだし、ものすごく滑稽。
それで翌日、逮捕されたとニュースになったら、
俺とサヤはこたつで麦茶を飲みながら、
手を叩いて大笑いするだろうな。
みかんの皮で指先を真っ黄色にしながら、
サルのおもちゃみたいに、手を叩いて笑おう。
とか、くだらんことを考えながら数分。
うっそうと木が生えた、真っ暗な森の中で。
前を歩いていたサヤが突然立ち止まり。
「――よし、ここにしよう」
そう言った。
ぶっちゃけ、夜の森なんてどこ行っても同じ景色だけど、
サヤは直感的にこの場所がいいと感じたらしい。
ということで。穴掘り、スタート。
「サヤってさ、穴掘るの得意?」
我ながらくだらん質問をしてしまった。
穴掘るの得意? って。
それにイエスと答えるのは、ドMオークの炭鉱夫だけだ。
サヤは無視。……、話題を変えよう。
「たしかさ、サヤ。このまえ、
スマホ買い換えたいとか言ってなかったっけ?」
「言ったよ?」
「よかったん。当たったお金で買わんくて」
「いや、その質問はバカじゃないですか、あなた。だってスマホって十数万でしょ? 10億円っていう完璧なホールケーキをさ、ちょっとだけかじるっていう下品なことをするようなもんだよ? ならいっそ全部使えってんだ」
「まぁ……、たしかに。そうかもしれん」
ザク、ザク。
ザク、ザク。
夜の森に、穴を掘る音が響く。
もしこの場にさ、たまたま巡回中の警察とか来たらさ、
職務質問とかされんのかな。
人殺して埋めとんのか、って疑われて。
結局、なにもなかったって分かって。
そしたら警察は大きなため息をつきながら帰っていくのかな。
それは、――ふつうに迷惑行為だ。
車泥棒が滑稽な目に合うのは面白いけど、
ただただ仕事をしている警察に迷惑はかけたくないな。
とか言いながら?
べつに、この当たった10億円を
どこかの慈善団体に寄付するわけでもない俺たち。
死んで行く先は天国か地獄。
なら俺たちは地獄行き?
他人に迷惑をかけることはできない臆病者だけど、
だからと言って、他人のために何かしたいわけじゃないし。
それで地獄行きを言い渡されるなら、
納得するしかないと思う。
だって俺もサヤも、善人じゃないし。
あぁ、ダメだ。
こんな夜中に森の中で穴掘ってると、
気が狂いそうになる。
サヤと話そう。
「――なぁ、サヤ」
「ん? なに」
「正直、さ。お金持ちの生活に興味とかないん?」
「それって、家買ったり、車買ったり、時計買ったり?」
「まぁ、偏見やけど。そういうイメージやな……」
「どうやろ。そういう生活もしてみたら楽しいとは思うよ。
でもうちは興味ないかな。――そういうあなたは?
プール付きの豪邸買ってさ、そこに毎日違う女の子を呼ぶとか?」
「……ごめんやけど。
マジで俺、女の子といちゃいちゃする楽しさが理解できん」
「はっ、かまととぶっちゃって。
二十五のオスザルは、ヤることだけ考えとけって」
「え? いま、すっげー悪口言われたんやけど」
「少子化対策ですよ、少子化対策。
あんたみたいな若者のせいで、
この国は高齢化がとまらないんですから」
「……、…………」
「あ、黙っちゃった。ごめんね?」
それからまた少し、沈黙。
どこかで鳥の鳴き声。
ザク、ザク。
ヒュー、ヒュー。
ザク、ザク。
ヒロヒロ、ヒロヒロ。
ザク、ザク。
ザク、ザク。
二人で掘ると早いもので、
穴は、腰くらいの高さになっていた。
せめて懐中電灯は持ってくるべきだったな。
あまりにも暗すぎて、なにも見えん。
ホラゲーの役に立たない初期装備ってイメージだけど、
現実だとけっこう必要なんだよな。懐中電灯。
とかくだらんことを考えていると、
今度はサヤから話し始めた。
それも――
「あのさ、ちょっと真面目な話していい?」
珍しく真剣なトーンで。
「いいけど。なに?」
「うちさ、あなたに言ってない秘密があるんだよね」
「彼氏ができたとか?」
「じゃなくて。……うち、ほんとは未来人なんです」
「未来人? って、あの。未来からきた人?」
「はいそうです、未来からきた未来人です」
「マジで? いつもの冗談じゃなくて?」
「あなたならわかるでしょ、嘘じゃないって。
何年一緒にいたと思ってんのよ」
「まぁ、はい、ですね。……え、マジで?」
「そうなんだよ。しかもさ、
うちの正体、未来のあなたの娘なんですよ」
俺はどうやら、いつの間にか、
ドラえもんの世界に迷い込んでいたらしい。
サヤが未来人で、
しかもその正体は、俺の娘。
なるほど。
……、なるほど。
でもさ、俺とサヤって保育園で出会ったんだよね。
あの時からこの時間軸にいて、……??
ダメだ。こんな状況じゃ、
まともに思考できそうにない。
ていうか、なんでいま明かしたんだよ。
もっといいタイミングとかあったんじゃないですか。
こんな二人、泥まみれでさ。
必死に穴を掘っている時に明かすことじゃないでしょ。
しかもさ、そういう展開ってさ、
二人が高校生の時に、青春の真っ只中で。
じゃないと。
だって、いまの俺たち、
宝くじで当たった10億円を意味もなく
山奥に埋めようとしている職業ユーチューバーだよ?
え? ほんとに?
いまから物語が始まるんですか?
「あの、サヤ。ひとつ気になるんやけど」
俺はガラガラに乾いたのどを絞って、なんとか声を出す。
「どうぞ。なんでも聞いて?」
「その、……母親。……つまり、
俺と結婚することになる人って誰なん? 知ってる人?」
「それ聞いちゃう? ネタバレだよー?」
「……すっげー、知りたい」
「じゃあ、言っちゃうね? うちのお母さんは……、」
「……」
「死んだよ? この世界では」
「ん、ちょっとまって。どういうこと?」
「いや、ほら、いたじゃん。
うちらが高校生の時にさ、同じクラスで自殺した人」
「あ、あぁ。いたけど……、え? あの人?」
「そうなんだよー。だからうち、いまめっちゃ困ってるの。
この世界ではお母さんは死んだはず……なのに、
うちはいまこうして、消えることなく、生きている」
「なるほど……」
「まぁまぁ、真面目な話はこれぐらいにしようぜ。
このままだと朝になっちゃうよ?」
「だ、だな。――掘るか」
それから俺たちは、遮二無二、穴を掘った。
掘って、掘って、掘り続けて。
時々、くだらない話をしながら。
掘って。
掘って。
掘って、そして――
掘った穴に10億円を埋めた。
その日から、数日、数ヶ月が経っても、
俺とサヤの日常が大きく変わることはなかった。
幼なじみであり、友達であり、仕事仲間である。
俺たちの物語は、
いつから始まっていたのだろうか――




