第七話
ダニエルが学園の寮に戻ったようだ。
あの日以降、会っていないから、詳しいことは知らないけれど、予定より随分早かったとのことだった。
レイナイト侯爵はそんなダニエルの様子を前向きに捉えたようで、周囲に影響されて、次期侯爵としての自覚が芽生えたと大層喜んでいる、という。
すべては――ルディからの情報だ。
定期的にレイナイト侯爵領に帰っているルディが、グランディ公爵家のタウンハウスに戻ってくるなり、早速報告してくれた。
「早めに戻って、前期の復習と後期の予習をしたいんだってさ」
「そう……」
「途中から一緒に勉強してないからな。兄貴がどのくらい修得できてるのか、知らないけど」
ルディはテーブルに用意されていたミートパイを頬張ると、ハーブティーで流し込んだ。
「ゆっくり食べればいいのに」
胸の辺りを軽くトントンと叩いたルディに、ハーブティーのおかわりを用意した。
「そうもいかないんだよ。これから、セドリック様のところに行かないと」
「仕事?」
「ああ。長く休みもらったからな」
今回はダニエルが帰ってきていたから、それに合わせてルディも侯爵家に帰っていた。だから、いつもの定期的な帰省よりも長かったのだ。
ルディは新しく用意されたハーブティーをゴクゴクと一気に飲み干すと、席を立った。
「ごちそうさん」
「お仕事、頑張って」
「おう」
ルディはニカッと笑って、サンルームから小走りに出ていった。
◇
それから月に一度、ダニエルに手紙を送るも、相変わらず返事は来ない。
「人が変わったように勉強し始めて、成績も格段に上がったらしい」
「そう……」
レイナイト侯爵家はダニエルの学習状況や学園での生活態度などを把握しているため、いつもルディ経由で彼の様子を知ることができる。
それでも、本人から直接聞きたいと思ってしまう。
半年に一度しか会えなくてもいい。せめて、手紙でもいいから、ダニエルの言葉で伝えてほしいと望んでしまう。
婚約者、だから。
たとえ契約だったとしても、夫婦になるのだから。
これから先、ずっと一緒に過ごしていくのだから。
半年経って、ようやくダニエルから手紙が届いた。
『セラフィーナへ。進級前に一度、侯爵領に戻る。レイナイト侯爵家で食事でもしよう。ダニエル』
手紙を受け取った私は、急いでグランディ公爵領に戻ったのだった。
◇
「お招きいただき、ありがとうございます」
「よく来たね、どうぞ」
出迎えてくれたダニエルの姿にホッとしながらも、半年前より益々スムーズになっている彼のエスコートに多少の違和感を覚えた。
流れるような所作に慣れを感じる。
「かけて」
促されて腰掛けると、ダニエルは対面に座った。
二人で食事をするのは半年ぶりだ。顔を合わせるのも半年ぶりだけど。
(あれ? ダニエル様って……こんな優しい顔、してたかな?)
半年前に見た時より、随分と柔らかい表情をしている。昔は私の顔を見るなり、眉間にシワを寄せ、目尻を釣り上げていたのに。
「元気にしていたか?」
「ええ。ダニエル様もお元気そうで何よりです」
「ああ、学園生活がとても充実しているから」
「そうなのですね」
食事は和やかな雰囲気で進んでいく。
「――ところで、来年は君も学園に入ると思うが……しっかり準備はできているのだろうか」
「……準備、ですか?」
何か前もって準備しなければならないことなどあっただろうか、と考え込んでいると、ダニエルの表情が一瞬にして曇った。
「次期侯爵である私の婚約者として、恥ずかしくないように準備するのは当たり前のことだろう?」
「ええ、そうですわね」
ダニエルは大きな溜め息を吐くと、大げさに額を押さえた。
「あと一年ある。その間にしっかり準備を整えてくれ。私に恥をかかせないように」
「わかりました」
「君は本当に当たり前のことがわからないのだな。それで次期侯爵夫人が務まるのか?」
「頑張りますわ」
「頑張るだけでは務まらないだろう?」
もうすでに一通りの勉強は終わっているし、公爵家のタウンハウスで妊娠中のレティお義姉様の補佐をしているので、侯爵夫人の仕事もほぼできる。
レティお義姉様がまもなく出産なので、学園に入るまでのあと一年は私がメインで務めていくことになるだろう。
すべて手紙で伝えているはずなのに。
そういえば、前回会った時も、私とルディがタウンハウスにいることを知らなかったようだった。
そもそも、手紙は届いていたのだろうか?
そこまで考えて――私の頭の中にはある人物が思い浮かんでいた。




