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【連載版】あなたが『当たり前だ』と仰ったので。  作者: 夕綾 るか


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第五話


「うーん。やはり、おかしいな……」


 執務室の窓からそよそよと流れ込む風に、サラサラと金色の髪を靡かせながら、珍しく大きな溜め息を吐いたセドリックに、ルドルフは首を傾げた。


「何か問題がありましたでしょうか」


 グランディ公爵家で実践的な経営を学び始めてから約半年。

 もうほとんどの業務が滞りなくできるようになったと自負していたルドルフは、従事しているセドリックの態度から、何か大きな間違いをしてしまったのではないか、と内心焦った。


「大ありだよ」

「……っ! 申し訳ありません! 今すぐ修正いたします。どちらの書類でしょうか」


 ルドルフが急いで席を立ち、セドリックのデスクへ駆け寄ると、片肘をつけ書類に目を落としていたセドリックが視線を上げた。


「ルドルフ、君は本当に気づいていないのか?」

「…………」


 セドリックの手元にある書類に視線をやると、自分が作成したものではないことがわかった。


「それは――先日の報告書、ですね」

「ああ」


 セドリックはその紙を手に取り、ひらりとルドルフの前に差し出した。

 ルドルフは黙って受け取ると、一通り目を通す。


「様子を伺わせてはいたし、報告書には特に気になる記載はなかった。君はどう思う?」


 ルドルフは口元に手を当て、最近の出来事を思い返した。


「確かに――気がついておりました。ティータイムのセイボリーも残していましたし。大好物のポルチーニ茸とクリームチーズのキッシュだったというのに」

「やっぱり、そうだよね……」


 セドリックは深く長い息を吐いた。


「フィーの様子はおかしいよね? 明らかにダニエルとの外出から帰ってきてからなんだよ。昨日だって大好きな肉料理を一切口にしなかった。一番お気に入りの牛フィレ肉とフォアグラのロッシーニ風を、だぞ! ルディも見ただろう? それに――苦手な甘い物ばかりを無理やり口に頬張って……」


 セドリックはもう完全に仕事モードをオフにしてしまっている。

 両手で顔を覆うと、「聞いても教えてくれないし」と嘆きモードに突入した。

 普段のキリッとした姿からは想像もできない。


「私からもセラフィーナに聞いてみます」

「頼んだよ、ルディ」

「はい」


 ルドルフの返事に力なく微笑んだセドリックの顔から急に表情が消える。


「まあ、原因がダニエルだったとしても、そうでなくても――どちらにしても彼に残された猶予はあと二年もない。可愛い妹が苦しんでいるのを間近で見ていることしかできず、こちらもずっと我慢してきたんだ。君の父上には然るべき対応をしていただかなければならないね」

「申し訳ございません」


 ルドルフが頭を垂れると、セドリックの表情がふと緩んだ。


「君がフィーの婚約者だったらよかったのに」


 ルドルフは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに小さく笑った。


「ええ。私もそう思います」





「はあ……」


 最近はお気に入りのサンルームにいても、全然気分が上がらない。


(ダニエルはきっとその友人のことが好きなのだわ。自覚はしていないのかもしれないけど)


 友人のことを話している時の、あの優しさに溢れた笑顔。私には今まで一度も向けられたことのない微笑みだった。

 淡い青色の瞳の奥にいるのは、目の前に座っている私ではなく、その友人だったのだ。


「バカみたい……」


 自分の好きなワンピースではなく、似合いもしないのに彼が好みそうなワンピースを着ていったことも。

 自分の好きな色ではなく、気づいてももらえないのに彼の瞳と同じ色にしたことも。


(――いったい、どんな人なのかしら?)


 私が何年かけても手に入れられなかった婚約者の心をたった半年で奪ってしまうなんて。

 学園に行くようになれば、きっと会えるのだろう。


(それまで、あと一年半もあるのね……)


 それだけ時間があれば、ダニエルも自分の気持ちに気がつくはずだ。今は自覚していなくても。


「はあ……」


 あの日から、もう何度目の溜め息だろう。


(私は、どうすればいいのかな……)


 貴族間の婚約は契約であるし、そう簡単に破棄できるものではない。

 彼もこの婚約が両家を結ぶ大切な契約だということはわかっているはずだ。

 それにダニエルだって、半年前よりずっと成長し、短気を起こすこともなく、そのうえ私のデビュタントのことまでしっかり考えていてくれた。

 万が一、自分の想いに気がついたとしても、心の中だけで留めておいてくれるだろう。


 でも。


 心の奥に自分以外の誰かがいる人と結婚するということは――私の夢はもう叶わないということだ。


『愛されているっていうことをいつでも感じられて、私は嬉しいわ』


 幸せそうに笑ったレティお義姉様が思い浮かび、兄に溺愛されていることを初めて羨ましいと思った。


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