第三話
ついに、ダニエルと外出を約束している日がやってきた。
私は鏡の前で何度もくるりとまわり、頭からつま先まで、全身をチェックした。
切れ長の瞳に、スラリとした高身長。兄と同じ金色の髪に、紫色の瞳。
十四歳という年齢の割に大人びて見えるため、年相応の可愛らしい格好は私には似合わない。
それでも、ダニエルの機嫌を損ねないよう、何とかして幼く見えるように取り繕う。
(ああ、本当はあれが着たかったのだけど……)
私はクローゼットの前に掛けられたまま取り残されている濃紺のワンピースをジッと鏡越しに見つめた。
鏡の中の私はダニエルの瞳と同じ淡い青色のふわりとしたシルエットのワンピースを纏っている。
「そちらのワンピースは今度、ルドルフ様とお出かけの際にお召しになったらいかがですか」
幼い頃から私に付いてくれている侍女アンナが私の視線と表情から察して、そう提案してくれた。
でも――私は小さく首を横に振った。
「それはできないわ。だって、ルディとは二人きりで出かけることはないもの」
そうできたら、きっと楽しいだろう。
しかし、どこでどんな噂が立つかわからない。侯爵家や公爵家の敷地内であればまだしも、それ以外の場所に一緒に行くことは互いの不利益にしかならない。
「ダニエル様がお見えになりました」
「ありがとう。今行くわ」
私はルディの瞳と同じ色のワンピースに背を向け、ダニエルの待つ玄関ホールへと向かった。
◇
(ダニエル様の瞳と同じ色のワンピースだと、気づいてもらえるかしら?)
今日はダニエルから誘ってくれたのだ。それも私を連れて行きたい場所がある、と。
(どこに連れて行ってもらえるのかしら?)
期待と不安でドキドキと胸が高鳴る。こんなこと、初めてだ。
玄関ホールまで来ると、半年前とは違い、少し大人びたダニエルの姿があった。
「久しぶりだね、セラフィーナ」
「お久しぶりでございます、ダニエル様。お待たせして申し訳ございません」
「いや、構わない。さあ、行こうか」
当たり前のようにエスコートの手を差し出したダニエルに、私は少々驚いた。
以前のダニエルなら、まず遅かったことに謝罪を要求し、エスコートなどすることなく一人でどんどん先に進んでしまっていた。
この半年でここまでできるようになっているとは――正直、思ってもいなかった。
やはり、親元を離れて寮生活を送っていると、自然と身につくのだろうか。
「わざわざ王都近くのタウンハウスまで来てもらってすまない」
「……いえ、問題ありませんわ」
そもそも、私とルディは半年前から公爵家のタウンハウスにいたのだから。
今、兄はここで公爵領にいる父からの報告や資料を元に領地の管理をしながら、王城で文官の職に就いている。
兄と義姉は学生時代、このタウンハウスから学園に通っていたし、二年後には私もここから学園へ通うことになるだろう。
(私の送った手紙、読んでいないのかしら? それとも、学園生活が忙しくて忘れてしまったとか?)
もちろん、私がタウンハウスにいることはダニエルにも手紙で知らせてある、はずだったのだが。
まるで、公爵領にいた私がダニエルの手紙を受け取ってから急いでこちらへと移動して来たかのような言い方に、少々疑問を抱いた。
「君はなかなか領地から出ないだろう? だから、将来のため、事前に王都の街を見ておくのもいいかと思ってね」
「まあ……お心遣いありがとうございます」
「婚約者として、当たり前のことだよ」
確かに、普段なかなか領地や敷地内から出ることはない。現にこの半年の間も、こんなに王都の近くにいたというのに、街には行っていない。
それもこれもすべては――過保護なあの人のせいだろうけど。
何はともあれ、王都の街を散策できる機会を作ってくれたダニエルには感謝だ。
楽しみで綻びそうになる頬をキュッと引き締めると、馬車の窓から見える景色に視線を移す。
徐々に近づいてくる王都の街並みに、私はドキドキと心を踊らせていた。




