第二十八話
セラフィーナが早退した翌日から、後期中間考査が始まる前までのこと。
マルティナがパルヴィン侯爵領に戻ってる間にも、セラフィーナに対する嫌がらせは続いていた。
ただし、マルティナを含む数名の令嬢が一度に休みを取ったことから、皆、表立ってはしなくなったようだった。
後期中間考査を受けるため、直前で学園寮に戻ったマルティナは、翌日から始まる試験勉強をしながら、ふと父親の言葉を思い返していた。
『いいか、マルティナ。今後のことも考え、しっかり和解しておくのだぞ。上手くいけば、お前の義姉になるかもしれないのだからな』
両口角を上げた父親の顔が脳裏に浮かぶ。
マルティナは手を止め、大きく息を吐いた。
(あのバカが私の義姉になる、ですって? そんなの、耐えられないわ。でも……そうなれば、ダニエルかルドルフが私の――)
四侯爵家の中でもレイナイト侯爵家は飛び抜けて美形揃いだ。
幼い頃から交流があり、見慣れていたマルティナはあまり意識していなかったが、学園に入ったことで彼らの容姿がどれほど異次元なのかを思い知った。
それもあって、どんな縁談も前向きになれず、最終学年まできてしまったというところもある。
それに父親からはルドルフが学園に入ったら釣書を送る、と言われていたため、別に焦って決める必要はないとも思っていた。
ダニエルはその時すでにグランディ公爵令嬢セラフィーナと婚約していたし、ルドルフとはマルティナが学園に入ってからは会っていなかったため、二年ぶりに再会したルドルフの大人びた姿に息を呑んだ。
今までは姉弟のように思っていた感情が婚約者候補となったことで突然、変わり始めた。
容姿端麗で成績優秀。
そんな彼が自分の幼なじみであることをマルティナは誇らしく思っていたのだが、ルドルフと直接話せる機会はなく、もどかしい日々を送っていた。
前期が終わり、楽しみにしていた夜会でルドルフがエスコートしている令嬢がいることに愕然とした。
それも、あのバカで我儘なセラフィーナを。
(何で? ……そうか、ルドルフは優しいから未来の義姉の我儘を聞いてあげているのね……!)
そう思ったのだが、視線の先にいるルドルフはマルティナが今まで一度も見たことがない微笑みを浮かべ、楽しそうに、そして優雅に踊っていた。
誰かのダンスを美しいと思うのは初めてだった。
その後、マルティナが声をかける間もなく、ルドルフはセラフィーナと会場を去っていき、その場には呆然としたダニエルだけが残されていた。
彼の様子から何かあったのは一目瞭然だった。
夜会後の休暇で領地に戻っていた間に、グランディ公爵令嬢の婚約者がダニエルからルドルフに変更されたと聞いた。
あの夜会で見たダニエルの姿が思い起こされ、胸が痛んだ。
(すべて――あのグランディ公爵令嬢のせいだわ!)
そんな最悪な印象の令嬢が、後期から学園に通うという。
(自分の我儘で周囲を振り回すなんて……許せない! 私が学園での規則を叩き込んであげるわ!)
こうして、あの紅茶事件が起こり、マルティナは父親から叱責されることになったのだが――
『よくやった、マルティナ』
最終的には褒められ、領地を出発したのだった。
◇
マルティナと入れ違いでパルヴィン侯爵領に入ったノーマンは複雑な表情をしていた。
『マルティナがグランディ公爵令嬢に危害を加えた。早急に戻れ』
王城にある鍛錬場にパルヴィン侯爵家の従者が慌てた様子で手紙を持ってきたのだ。
その内容に血の気が引き、汗も拭かずに領地へと馬を走らせた。
屋敷に着くと、身なりを整えてから父親の執務室へと向かう。
部屋の前に到着し、ノーマンは肩で大きく一つ呼吸をすると、扉を二回叩いた。
「父上、ノーマンです」
「入れ」
執務室に入ったノーマンは、久しぶりに父親と顔を合わせた。
ノーマンは武官をしており、一年の大半は王城の鍛錬場か戦地にいる。
そのため、領地に帰ることはほとんどない。
跡継ぎではあるがノーマンにはその気がなく、マルティナが婿を取ってくれればいいとさえ思っていた。
そのため、今回のこの呼び出しはどこか嫌な予感がしていたのだ。
どうやら、その予感は当たっていたらしい。
マルティナが愚かな行いをしたというのに、その顔には笑みさえ浮かんているのだから。
「マルティナの愚行の責任はパルヴィン侯爵家が取らねばならない」
「……はい、父上」
(もう、関わりたくないと、距離を置いたはずなのに――それすら、許されないのか……)
抗えない運命に、ノーマンは天を仰いだ。




