第二十七話
「マルティナ」
先日、パルヴィン侯爵宛に二通の書簡が届いた。
内容は同じ。どちらもパルヴィン侯爵家の令嬢マルティナに対する抗議の文章だった。
パルヴィン侯爵は早急に謝罪文を送り、直接お会いしたいと面会を求めたが双方とも受け入れてくれなかった。
パルヴィン侯爵は事実関係を確認すべく、娘であるマルティナを学園寮から呼び寄せた。
「グランディ公爵家とレイナイト侯爵家からこのような書簡が届いている」
パルヴィン侯爵の執務室に入ってきたマルティナは差し出された書簡に目を通した。
「事実か?」
マルティナが読み終えたのを確認し、パルヴィン侯爵が問いかけると、悪びれた様子もなく「ええ」と頷き、書簡を返却した。
パルヴィン侯爵は小さく息を吐いた。
「お前はこの二年半、学園で何を学んでいたのだ?」
少なくとも侯爵家にいた時のマルティナは上流貴族として一通りのマナーを身につけていたはずだ。
変わってしまったとしたら、学園に入り、寮生活を送るようになってからだ。
「私はただ、入学したばかりの方に学園での規則を教えて差し上げただけですわ」
「御令嬢に水や紅茶を浴びせることが、か?」
「あまりにも御自分の立場を弁えていらっしゃらなかったもので」
パルヴィン侯爵は自分の手中に戻った書簡をぐしゃりと握り締めた。
「自分の立場を弁えていないのはお前だ、マルティナ!!」
突然の叱責に、マルティナは驚きのあまりビクリと肩を跳ね上げた。
「相手は公爵令嬢だぞ!!」
「で……でもっ、学園では成績優秀者と年長者が上で、公爵令嬢だろうと貴族の身分は関係ないと――」
「この、馬鹿者!」
憤ったパルヴィン侯爵は握り締めていた拳をダンッと机に叩きつけた。
かつてこんなに怒った父親を見たことがなかったマルティナは涙で瞳を潤ませる。
「それは学びの上での話だ! 自由に平等に学ぶ機会が与えられているだけであって、決して身分の上下の話ではない。そんなこともわからないのか!」
マルティナは唇を噛み締め、頬には涙が伝う。
「よく考えてみろ。学園を出たらどうなる?」
「…………ッ」
ハッと気がついたマルティナを見て、パルヴィン侯爵は長い溜め息を吐き、肩を落とした。
「直接、謝罪する機会をいただきたいと書簡を送ったが断られた」
「でも――お父様。グランディ公爵令嬢は侯爵家嫡男の婚約者として不適格と判断されるくらいバカなのでしょう? それなのに今度はルドルフと婚約するなんて……私たちパルヴィン侯爵家に対してもバカにしているとは思いませんの?」
娘であるマルティナの抗議に耳を傾ける。
「四侯爵家は侯爵家同士、繋がりを持ってきました。レイナイト侯爵家のダニエルもルドルフも私やお兄様にとっては兄弟も同然なの! そんな二人が公爵家の我儘でバカなお嬢様のために翻弄され、苦しめられるのを見ていられなかったのよ!」
勢いに任せて言い切ったマルティナは肩で息をし、呼吸を整えた。
「マルティナ」
パルヴィン侯爵は冷静さを取り戻し、マルティナがなぜそんな行動を起こしたのか理解した。
だからといって、そのような愚行が許されるわけがない。
それに――グランディ公爵令嬢のあの噂話。
社交界でも話題にはなっているが、果たしてそれは事実なのだろうか。
レイナイト侯爵はもちろん、グランディ公爵の耳にも入っているはず。
しかし、両者とも無言を貫いている。
令嬢自身も滅多に姿を現さないため、自分の目で見て確認することも叶わなかった。
先日のデビュタントには出席していたらしいが、滞在時間が短かったのだろう。
マルティナの一件で直接会って見極めるためのよい口実になったとも思ったが受け入れてもらえず、今回も空振りだ。
(そもそも、なぜそのような噂が立っているのか?)
「グランディ公爵令嬢はバカだ、と誰から聞いた?」
「え……?」
マルティナは首を少し傾け、記憶を呼び起こすように視線を上げた。
「確か――そうだわ! ダニエルよ。彼女の婚約者だったダニエルから聞いたから間違いないわ!」
「何だと?」
「いつも困ったように笑っていて、質問しても答えは返ってこない、相槌ばかりで退屈だ、バカだから学園に入れなかったなんて婚約者として恥ずかしいって、いつも嘆いていたわ」
「そうか、ダニエルが……」
(婚約者本人が言っているなら信憑性があるな)
ただ、そうだったとしてもあのグランディ公爵家と縁が結べるなら侯爵家としては願ったりだ。
グランディ公爵家はこの国唯一の公爵家であり、王家の遠縁でもある。
それに何より――グランディ公爵自身から漂う人を惹き付けて離さない雰囲気。同性の自分ですら幾度となく絆されそうになってきた。
その直系に自分の娘を嫁がせることが出来たなら、と想い描いていたこともあった。
あの時、パルヴィン侯爵家の嫡男であるノーマンとアデライト侯爵家の令嬢レティシアとの婚約が結ばれてさえいれば――。
もう一つの四侯爵家であるシュルマン侯爵家の令嬢は現在王太子妃となっており、このままでは四侯爵家の中で王族の血が流れていないのはパルヴィン侯爵家のみとなってしまう。
親の焦りが子どもの愚行に繋がってしまったのかもしれない。たとえそうだったとしても、今回のことで関係を悪化させることはできない。
(……待てよ? 初恋を拗らせ、いまだ婚約者すらいない嫡男に相応しい嫁がいるではないか)
「ノーマンを呼べ」
「お父様……?」
パルヴィン侯爵は不気味に口角を上げた。




