第二十六話
「嘘だ、ろ……」
成績優秀者の掲載された表の前でダニエルは目と口を大きく開いたまま、身体を硬直させていた。
(あのセラフィーナがルドルフよりも優秀だと!? 嘘だ……そんなこと、ありえない!!)
いつもヘラヘラと笑い、ダニエルから投げかけられた問いにただ首を傾げているようなセラフィーナが、幼い頃から幾度となく比べられ、その優秀さに嫉妬していた弟ルドルフよりも成績が良いはずがない。
しかも、セラフィーナの点数は最終学年で一番優秀なアンネローゼよりもはるかに上だったのだ。到底、信じることはできない。
だからといって、平等と成績を重んじるこの学園で忖度や不正が行われているとも思えない。
(一年の後期から通い始めたセラフィーナはどうしてルドルフと同じクラスに入れたのだ? わずか半年前には学園に入ることもできなかった頭の出来で、一体どうやって――?)
そこまで考えて、ダニエルはふと昔を思い出した。
『そんなことは――将来、侯爵夫人になるのだから、わかって当たり前だろう!』
しまい込んでいた幼い頃の記憶。
今と同じように胸の奥底がムカムカし、どうしようもなく苛立った時のことを。
(確か、あの頃――)
ダニエルの心臓が鼓動を速めた。
すべて思い出したのだ。
三人で授業を受けていたことも、ルドルフが自分に気をつかって答えないようにしていたことも、そして――そんなルドルフよりも、セラフィーナの方が優秀だったことも。
(そうか、あの頃からセラフィーナは……)
脳裏に思い浮かんだのは、どうにかしてダニエルに気に入られようといろいろな計画を立てては、必死に微笑みかけているセラフィーナの姿だった。
振り返ってみれば、紅茶や菓子に興味があった時はティーパーティーを開いていたり、釣りにはまっていた時には公爵領にある大きな池での舟遊びに誘われて行ったこともあった。
(すべて――私のため、だったのだな)
ダニエルにも思い当たる感覚があった。
セラフィーナには抱いたことはないが、アンネローゼには彼女の望むものすべてを叶えてあげたいと常に思っていた。
きっとセラフィーナも同じような感情を自分に向けていたのだろう、とダニエルは理解した。
(そこまで、想ってくれていたなんて……)
ダニエルの口元が綻ぶ。
一時的とはいえ、婚約者以外に目を向けてしまったことは反省している。しかし、誰かに焦がれることがなければセラフィーナの想いに気がつけなかったことも事実だ。
今だから、セラフィーナの気持ちがよくわかる。
あの夜会で、ルドルフに告白されたセラフィーナは明らかに戸惑っていた。
家同士の間で結ばれた婚約がいかに大切なものか、嫌というほど理解しているのはセラフィーナも同じだろう。
(だから――突然婚約者が変更され、想い人と引き離されたら……さぞかし辛かっただろうな。きっと今の私ならセラフィーナの想いを受け止めて寄り添い合うことができるはずだ!)
ダニエルはくるりと方向転換し掲示物に背を向けると、颯爽と歩き出した。
(セラフィーナ自身が優秀であれば、補佐など必要ないではないか!)
「待っていてくれ、セラフィーナ」
盛大な勘違いをしたまま、ダニエルはどうにかして婚約者変更を阻止しようと動き出したのである。




