第二十三話
一年用の生徒会室が私の避難部屋として、すっかり定着してきた頃。
「いいかい、セラフィーナ。 私が戻るまでこの部屋から絶対に出てはいけないよ」
まるで幼い子どもに言い聞かせるように忠告するルディに思わず眉をハの字にしてしまった。
昼前の授業がマナーのレッスンだったため、ルディはこの生徒会室で私の側にいると言ってきかなかったのだが、どうやら生徒会役員が出なければならなくなり、呼びに来たジェラルド様に強引に連れて行かれてしまった。
昼食はここでいただくことが多いし、学園で使うものやなくなっては困るものなどもこの部屋で保管している。
空き時間をここで過ごすのにも慣れてきて、一人でいても何の問題もなく過ごせると思う。
「えっと、今日は――」
今の授業時間で学んでいるであろう箇所に一通り目を通していると、突然ノック音が聞こえた。
(誰だろう? 全員授業中のはずだけど……)
とすると、教師だろうか。
先生方には授業を受けない理由を説明し、与えられた課題をこなすという条件で出席を免除されている。
訪ねてきた相手が教師だとすれば、私がここにいることを知っているのだから、居留守を使うことなどできない。
「はい」
「入ってもいいかしら?」
「……カメリア様?」
「ええ」
「どうぞ、お入りください」
意外な相手に驚いていると、入室の許可を得たカメリア様は部屋に入るなり、慣れたようにソファに腰掛けた。
「私、まどろっこしいのは嫌いなの。だからはっきり言わせてもらうわね。セラフィーナ・グランディ公爵令嬢。ルドルフとの婚約を解消してくれないかしら」
「……え?」
(今、なんて?)
驚きすぎて開いた口が塞がらないでいると、言っている意味を理解できないと思われたのか、はぁと小さく溜め息を吐かれた。
「そんなことも理解できないの? あなた、ルドルフが侯爵家の後継者になったからといってダニエルとの婚約を解消して、無理やりルドルフを婚約者にしたのでしょう?」
(うーん。それはどこで得た情報なのだろう?)
むしろ私自身、事後報告で何にも知らなかったわけだし。
「ルドルフは誰にでも分け隔てなく優しいから、義姉になるはずだったあなたのいうことを無碍にできずにいるのよ。だから、あなたから言うべきだわ。自分でも今の状況がわかっているはずよ。侯爵家にとって、何が良いことのかくらいわかるでしょう?」
何だかどこかで見たことのある光景。
「つまり、カメリア様は私がルドルフ様と婚約を解消することが“当たり前”だと仰いたいのでしょうか」
「そのとおりよ」
「なぜでしょう?」
やっと理解してくれたのねとばかりに肯定した後、私が理由を尋ねると、なぜわからないのかとばかりに眉間にシワを寄せた。
それは、こちらの台詞だ。もう、我慢ならない。
「まず、グランディ公爵家とレイナイト侯爵家で結ばれた婚約に他の家から口を挟まれる筋合いはないかと思います」
「なっ、なんですって!?」
カメリア様は唇を噛み締め、両手を握ってわなわなと震えている。
「当主同士の話ならまだしも、一令嬢が口を挟むなど以ての外ですわ」
それができるなら、もっと早くにやってたし。
私に反論されたことが相当お気に召さなかったようで、カメリア様は声を荒らげた。
「あなたのように頭の悪い方が侯爵家次期当主の妻になれるわけないでしょ! ダニエルが婚約者だった時は補佐を付ける予定だったそうだけど、ルドルフは自分がいるから必要ないと言ったそうね。今だってこうしてあなたのことでルドルフを煩わせているじゃない。あなた、どれだけルドルフに負担をかければ気がすむの?」
まあ、確かに今の状況がルディの負担になっていることは明白だ。その点は相違ない。
カメリア様は多分、あの夜会に出席していたのだろう。直接ではなくても、誰かからあの時の会話の内容を聞いたようだ。
「確かに自分で自分のことをバカだとは言いましたが……ではなぜ私はルドルフ様と同じクラスにいるのでしょうか。学園は私が公爵家の令嬢だから忖度したとお考えですか? 何の試験も受けずに学園に入れた、とでも?」
「…………ッ」
「私の頭が悪いという証拠があって、そのようなことを仰っておられるのですよね? 事実かどうか裏付けをすることは“当たり前”のことなので、もちろんご存知かと思いますが」
カメリア様の顔色が赤から青に染まっていく。
「私、今から中間考査の結果が楽しみでなりませんのよ? カメリア様もそうでしょう?」
ニッコリと微笑んで見せる。
「どちらの言い分が正しいのか、一緒に検証してみましょう? 生徒会長をしているカメリア様でしたら、良い成績なのは“当たり前”でしょうし」
そういえば、最終学年で一位なのはダニエルと一緒にいたあの女子生徒だったと聞いたけれど、彼女は生徒会に入れなかったのだろうか。
(えーと、名前、何だったかしら?)
ルディの話を思い出す。
名前は聞いていなかったけれど、確か田舎の男爵家の出身だとか。
(なるほど、そういうことね。表向き身分は関係ないとしていても推薦制ではどんなに優秀でも身分が高いほど有利なわけね……)
実際、カメリア様がルディをスカウトしてきた時も「家柄も申し分ない」と言っていた。
それであれば、公爵家の令嬢であり、成績も優秀だということさえわかれば、生徒会に推薦せざるを得なくなるのではないか。
「カメリア様」
青を通り越して、真っ白になったカメリア様に私は微笑みかけながら、提案した。
「私が後期中間考査で一位を取りましたら、この部屋のもう一つの鍵をいただけますでしょうか?」
「な、何を言っているの……!」
「あら、おわかりになりませんか? この学園では、成績優秀者が上だと先輩方に教わったものですから。それに先日、カメリア様からも伺いましたわ。後期考査の結果で生徒会役員をもう一人を選ぶ、と」
「そ、それは……」
「まさか! お忘れになったのでは……?」
「忘れるわけないでしょ!!」
私は目を細めて、微笑みを増した。
「では、何の問題もございませんわね? 成績優秀で家柄も申し分ない者が生徒会に入ることは」
最初の勢いがまるで幻だったかのようにカメリア様は力なく頷いた。




