第二十二話
「本当によかったの? 生徒会に入っても」
公爵家のタウンハウスへ帰る馬車の中でルディに問いかけた。
ただでさえ学園内で気を張っていて、疲れてしまうのに。それに公爵家の仕事の手伝いだけでなく学園の課題だってある。
ルディが全部一人で背負い込んでいるようで心配になってしまう。
そんな私の考えを見透かしたようにルディは片方の口角を上げた。
「学園内に気を抜ける場所ができるんだぞ。願ったり叶ったりだ」
「でも……」
私が眉を顰めると、ルディは私の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「どうせ、後期考査の結果が出た後、もう一つの鍵をもらうのはフィーだろ? それとも他の奴に負けると思ってんのか?」
「まさか。そんなわけないでしょ? 私が学園で一位を取るわ」
「だよな。ま、俺も負けるつもりはないけど」
いつものようにニカッと笑う。
「それに生徒会役員になれば、後々有利だし」
「それなら、なんで一度断ったの? 前は話すら聞かなかった、って言ってたけど」
「ああ、それは……フィーが学園に入ることになるなんて思ってなかったし、あの時はまだ兄貴が後継者だったからな」
「あ、そっか」
今は侯爵家後継者としてダニエルより優秀なところを少しでも見せておきたいということだろう。
私が「なるほど」と納得していると、ルディがジトリとした視線を向けてきた。
「全然わかってないだろ?」
「え? 何が?」
首を傾げると、ルディはふうと小さな息を吐いた。
「フィーと会える時間がなくなるから断ったんだ。今まではタウンハウスでしか、会えなかっただろ」
「あ……」
(そうか。ルディはずっと前から私のこと好きでいてくれたんだった……)
それに気づくと、胸がドキドキと急にうるさく鳴り出した。
私の瞳が左右に揺れるのをルディが見逃してくれるはずもなく。
意地悪そうに微笑んで、私の腰に手を回した。
「これからは学園でもこうしていられるわけだ」
最近のルディは何というか――色気がある。
少年から青年に変わっていく過程で、幼さが抜けてきてドキリとさせられる。
耳元で囁かれる声にしても、そうだ。
いつの間にか低さを増し、身体の芯に響き渡る。
「せっ、節度を守ってください、ね!」
「ぷはっ、あははははっ!」
引きつった唇から裏返った声が出てしまい、ルディにお腹を抱えて大笑いされた。
◇
翌日。ルディが生徒会に入ったことが学園中に知れ渡っており、すれ違うたびに「おめでとうございます」と声を掛けられていた。
『やっぱりね。ルドルフ様は優秀な方だもの』
『予想通りでしたわね。当然です。学年どころか学園で一位なのですから』
『私、ルドルフ様とお近づきになれるよう、後期考査は良い成績を目指そうと思いますわ』
私の耳に届くくらいの会話なのだから、もちろん隣にいるルディにも聞こえているはずだ。
様子を伺うと、優しくて柔らかな笑顔を向けられており、目が合うとさらに瞳を細められた。
「ルドルフはいるかしら?」
突然、響いた声に、視線が集まる。
燃えるように真っ赤な髪が目に入ってくる。彼女の赤い瞳がルディの姿を見つけると、満面の笑みが浮かんだ。
「すぐに生徒会室に来てくださる?」
「セラフィーナと一緒であれば参ります」
「…………いいわ」
(ん……? 今、何で間があったの?)
浮かんでいた笑みが一瞬消えたのも気になる。
やはり私のことを良くは思っていないのだろうか。
力になる、とは言ってくれていたけれど、結局のところ、ルディを生徒会に入れたいために利用した口実だったのかもしれない。
それに本人の許可を得ずに呼び捨てにしてるところも気になる。
学園では身分を問われないとはいえ、これから貴族社会に出ていくためのマナーを身につける立場としては、礼儀こそ重んじるべきだろう。
カメリア様の後ろをついて行き、昨日と同じ部屋に入ると、そこにはすでに三人の生徒がいた。
「紹介するわ。彼は生徒会副会長のジェラルド・アルヴァレス」
濃紺の髪に薄い青色の瞳をした男子生徒が眼鏡のブリッジを中指でくぃと押して、小さく会釈する。
「そして、二年のメイソン・オルドリッチとレジーナ・フォーブス」
榛色の髪に橙色の瞳の男子生徒と桃色の髪に黄色の瞳の女子生徒が頭を下げる。
「彼のことはもうご存知よね? 学園一位だもの」
「もちろん」
「さすが、カメリア様ですわ! ルドルフ様を生徒会に入れることができるなんて……」
「これ以上ない素晴らしい人選です」
三人は羨望の眼差しでカメリア様を拝んでいる。
しかし、隣にいる私が目に入ると、あからさまに態度を変えた。
「なぜ、部外者がここに?」
「あなたには一生縁のない場所ですわ」
「邪魔です。出ていってくれませんかね?」
(まあ、そうだよね。私は生徒会役員ではないし)
私が黙って席を立つと、ルディが手を引いた。
「会長。引き受けた際にお約束いただいたこと、皆様にはお話しになっておられないのでしょうか」
(ん? 約束なんてしてたかしら?)
そういえば生徒会役員になると返事をした後、書類にサインをしなければならないから、と一旦別の部屋に移動していた。
もしかしたら、その時に何か約束をしたのかもしれない。
「ルドルフの婚約者様の身を護ることを最優先とするというのが生徒会に入る条件だったのよ」
カメリア様は苦々しい顔をして、三人に言った。
「私にとって、セラフィーナ以上に優先すべきものはありませんから」
ニッコリと微笑んだルディは、約束を反故されそうだったことに多分、怒っている。
その場の誰一人、それにまったく気づいていない。
ただ“婚約者想いの品行方正な侯爵令息”を目の当たりにして感嘆の息を漏らしている。
「それと、皆様。今後、私の婚約者に対して先ほどのような礼儀を欠いた態度や言動をされないようお願い申し上げます」
恭しく頭を下げ、顔を上げると一層笑みを深めた。
「二度目はありませんから」
その笑顔に皆、ようやく彼が本気で怒っていることに気がついたのである。




