第二十一話
“身の程知らず”
“バカはどこまでいってもバカ”
“早く婚約を解消しろ”
早退した翌日から、家柄のわかるような堂々とした直接的な嫌がらせはなくなり、物がなくなる、汚される、謗言を書かれるなどの陰湿なものへと変化した。
相手もバカではない。
誰がやったかわからなければ、こちらとしても抗議できないと考えたのだろう。
「…………」
程度が低い。低すぎる。
まず、私は公爵令嬢なのだから、物がなくなったり、汚されたところで金銭的なダメージは受けないし、それが使えず授業を受けられなくなったところで、内容はほとんど理解しているので学習面でのダメージもまったく受けない。
そして、書き込まれた謗言については――
「わざわざ、ご丁寧に証拠を残してくれるなんて――侯爵家からの手紙だけでは足りなかったみたいだ」
隣でニッコリと微笑んだ婚約者様の顔から、恐らく相当怒っていらっしゃることが感じとれた。
「中間考査の結果が出るまで抑えてね」
自分はバカだと公の場で認めてしまったことも少なからず影響しているのだろうから、自分の力で認めてもらうしかない。
ルディをなだめると、仕方がないというようにひょいと肩をすくめ、小さく息を吐いた。
「ルドルフ様」
汚されてしまった物を二人で片付けていると、後ろから声を掛けられた。
「コールダー伯爵令嬢」
「先日、カメリアと呼んでくださいとお願いしたはずですわ」
ルディは柔らかいよそ行きの笑顔を浮かべた。
「お困りのようですわね。そちらがルドルフ様のご婚約者様でいらっしゃいますか?」
「はい。セラフィーナ・グランディと申します」
「私は最終学年のカメリア・コールダーですわ。この学園の生徒会長をしております。前期考査の結果からあなたの婚約者であるルドルフ様に生徒会へ入るようお願いしておりましたの」
ルビーのような瞳。同系色の真っ赤な長い髪を後ろの高い位置で一つ束ね、さながら騎士のような精悍ささえ感じる。言葉遣いこそ令嬢らしく丁寧だが、サバサバした所作や口調がその容姿とよく合っている。
「その話はお断りさせていただいたはずですが」
ルディは柔らかな物腰を崩さず、胸に手を当て小さく頭を下げた。
カメリア様は私たちの手元を見ながら微笑んだ。
「それ、私たちなら力になれると思うけれど」
「あの……どういうことでしょうか」
ある程度片付けも終わっていたため、場所を移動して詳しい話を聞くことになった。
「ここは生徒会に用意された部屋なの」
移動した場所は職員棟の一角にある部屋の一つ。
「ここは生徒会長と副会長用の部屋で、その隣が準備室。そして、向かいの二部屋が一年用と二年用の部屋よ」
生徒会室というより、応接室のような内装で、実際私たちはカメリア様に促され、応接セットのソファに腰掛けた。
「各部屋の鍵は個人で管理してもらっているの。今、一年の役員はいないから私が管理しているけれど」
そういってテーブルの上に鍵を二本置いた。
「例年、一年の役員は前期考査の結果で一人、そして、後期考査の結果で一人選んで、二年になってから本格的に生徒会の仕事を始めてもらうことになっているわ」
「それで、私に声がかかったということでしょうか」
「そうよ。学年どころか学園でトップ。さらに侯爵家令息で家柄も申し分ない。ルドルフ様を選ばない理由なんてどこにもないでしょう?」
確かに。
私が役員を選ぶ立場だったとしたら、きっと彼女と同じようにルディをスカウトするだろう。
「前回は話も聞いていただけずに断られましたので。今回は話だけでも聞いていただきたくてお伺いしたのですが――思いがけず、お力になれそうで良かったですわ。ここまで来ていただくこともできましたし」
「それで――力になれる、というのは?」
ルディが切り出すと、カメリア様はテーブルに置かれた鍵の一つを差し出した。
「自由に管理できる部屋を学園内に用意できる、ということです。ルドルフ様、あなたが生徒会に入ってくれるのであれば」
「しかし――」
「公爵家で仕事をなさっているのでしょう? それで時間が取れないと仰っておりましたわね」
「はい」
そういえば、ルディは学園に入った頃から今まで、ずっと公爵家のタウンハウスから通っていた。
兄の手伝いもしていたけれど、ほとんど私の愚痴を聞きながらお茶していたようにも思える。
「先ほどご説明させていただいた通り、一年に任せる仕事はほとんどないのです。鍵の管理と補助的な仕事だけ。それに後期考査の結果が出るまではあの部屋を一人で使えるのですよ? どんな用途で使おうと国家の法律違反や学園の規則違反でなければ自由に使っていいですわ」
(すなわち――私の隠れ家を用意してくれた、ということ? 学園内で良くない噂のある私にいったいどうして……?)
私が目を丸くしていると、ばちりと視線が合う。
「私は優秀な人材を生徒会役員にしたいのですわ。……どうかしら?」
私はチラリと横を見た。
顎に手を掛け、真剣に悩むルディの姿が目に入る。
「わかりました。お受けします」
「ありがとう! そう言ってくれると思っていたわ」
そういって、ガバッと立ち上がると、カメリア様はルディの手を握り締め、上下に振った。
「これから、よろしくね。ルドルフ」
真っ赤な瞳と唇が、嬉しそうに弧を描いた。




