第十九話
学園に早退届を出し、タウンハウスへ帰ってすぐに湯浴みした。
家に帰るだけだし、私と一緒に早退する必要はないと言ったけど、ルディはまったく聞き入れてくれず、側を離れなかった。
それは――まあ、仕方がない。
着替えてサンルームまで来ると、ルディはテーブルに分厚い書類の束を広げていた。
「どこにも怪我はなかったか?」
「うん、大丈夫」
掛けられたのが紅茶だったこともあり、服の下に火傷を負っていないかを心配していたようで、馬車の中でも何度も確認された。
湯浴みした時にしっかり確認したから問題ない。
私の返事にルディはホッとしたようにふぅと大きく息を吐き出した。
「それで? どの家門か、覚えてるんだろ?」
「もちろん」
私が書類の束から三枚の紙を抜き取った。
「なるほどな」
「何か思い当たることでもあるの?」
「ああ」
今度は手紙の束をテーブルに置く。
ルディはその中から三通を選び、私に差し出した。
「釣書だ、俺宛の」
「え……? ってことは――」
「ああ。婚約者の座を奪われたことによる腹いせの可能性もある。つまり――俺のせいだ。ごめんな」
ルディはいつもそうやって私に謝ってばかりだ。
自分は何も悪くないのに。
何だかムッとした私は眉間にシワを寄せ、唇を横に引き結んだ。
「何でいつもルディが謝るの?」
「え?」
頭を下げるように俯いていたルディが私の言葉に顔を上げる。
私はルディの両頬をギュッと摘んだ。
「ルディは悪くないでしょ? ルディには関係ないのに、何でいつも私に謝るの?」
「…………」
「今まではダニエル様のことで謝って、今は彼女たちがやったことに謝ってる。どちらもルディがやったことじゃないでしょ? それともルディが指示してやらせたの?」
「――ッ、そんなわけないだろ!」
「じゃあ、謝らないでよ」
頬を摘んでいた指に力が入ってしまう。
「……いひゃい」
「あ、ごめんね」
慌てて離すと、その両手を掴まれた。
「俺は――フィーが傷ついてるのを見たくないんだ。だけど、俺には何の力もなくて。今までだって傷ついたフィーの話を聞いたり、励ますことしかできなかった。今回もそうだ。怪我がなかったから良かったものの、もしフィーに何かあったらと思うと――結局、俺自身が許せなくて……」
「ルディ……」
そこまで大切に思ってくれていたなんて。今まで、全然気がつかなかった。私は自分のことだけで精一杯だったのに。ルディはいつも私のことを考えてくれていたのだ。
それなのに、私は――ルディには関係ないのに、なんて酷いことを言ってしまった。
「ごめんなさい」
「え、何で?」
「私のことを思って言ってくれてたのに、関係ないなんて言って」
「いや……うん、わかった」
「……?」
私が謝ったことで、何かを理解したようにルディが頷いた。
「悪く思っていない相手に謝られる気持ちが」
「あっ……」
「ふっ、ははっ」
お互いに謝罪し合っていたことが何だかたまらなく可笑しく思えてきて、二人で吹き出してしまった。
ひとしきり笑い合うと、ルディは一つ咳払いをしてテーブルの書類を手に取り、目を落とした。
「悪いのは危害を加えた令嬢方だ。家に直接抗議文を送ってやる。学園の外では身分がすべてだと思い知る良い機会だしな」
にやりと片方の口角を上げる。
「その顔、学園の皆様が見たら卒倒するわよ?」
「場所は選んでる。フィーの前でしかしないだろ?」
そう言っていつものようにニカッと笑ったルディも、きっと私しか知らない。
ルディの特別を知っているのは私だけだということに何だか優越感を抱いた。
◇
「それは――許せないね」
「護りきれず、申し訳ございませんでした」
「いや、ルディは悪くないだろう? 悪いのは相手だ。公爵家からも手紙を書かせてもらうよ」
「はい」
セドリックは報告書に記載された名前をジッと見つめた。
「もしかしたら、他の理由もあるかもしれないな」
「え……?」
「“パルヴィン侯爵家”」
この国の四侯爵家の一つ。
ルドルフの家門であるレイナイト侯爵家と、セドリックの妻レティシアの家門であるアデライト侯爵家。そして、シュルマン侯爵家と――パルヴィン侯爵家である。
「彼の家とはいろいろとあったから」
「彼?」
「ああ。パルヴィン侯爵令息ノーマンは、私とレティシアの同級生だ」
「そう、ですか……」
セドリックの様子からあまりいい関係ではなかったことが伺われる。
ルドルフはこれ以上突っ込んで聞いてもいいのかどうか、判断しかねていた。
しかし、これから学園でセラフィーナを護るためにも詳しく知っておいたほうがいいだろう。
「何があったのか、詳しく聞いてもよろしいでしょうか。セラフィーナを護るために」
セドリックがセラフィーナに弱いことはわかりきっている。彼女の名前を出せば、大抵のことは許されてしまうのだから。
「そうだね、ルディには話しておくよ」
セドリックはソファに腰掛けると彼らが学生時代のことを話し始めた。




